7-4
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風切り羽根が綺麗に生え揃ったダーダル・スワローは、中々牧場町から飛び立とうとせず、町の上空を通り過ぎる同属たちの群れを見送る日々を過ごす。
『ツピー、ツピィ!』
『オンガエシ、シタイ、ラシイ』
野生に帰ることを諦めたのかと思い、コマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴを通訳を頼めば、風切り羽根を生やしてくれたお礼をしたいらしい。
そのために、自主的な恩返しとして牧場町の畑に出現する害虫を食べ、牧場町の上空を旋回して周囲を警戒し、二度【魔の森】から現れた魔物を知らせに教えてくれた。
またレスカの牧場では、チェルナに約束していた飛び方を教えるために、低空でゆっくりと飛び、チェルナに見本を見せていた。
『キュイ! キュイ!』
『ツピー、ピッピー!』
まだ滑空のような飛び方しかできなかったチェルナだが、少しずつ翼の動かし方を覚え、ふらふらしながら低空を維持し続け、ダーダル・スワローが併走して応援する姿に癒やされつつ、雨季が過ぎていく。
そして、今日――
「コータスさん。前に服屋で注文した夏服やタオルとかが届きましたよ!」
「ああ、レスカ。ありがとう」
牧場の軒下で休憩し、小雨の中、チェルナとダーダル・スワローの飛行訓練を見守っていた俺にレスカが話し掛けてくる。
以前、服屋で注文した新しい衣服が届き、自分の分を受け取り尋ねてくる。
「それで、二人は、何をやっているんですか?」
牧場の軒下には、小さなテーブルが引っ張り出され、ジニーが便箋に羽根ペンを走らせ、何かを書いているのをヒビキが見守っているので、レスカに状況を説明する
「なんでも、ダーダル・スワローに渡す手紙を書いているんだ」
「ダーダル・スワローにですか?」
「あいつの雄姿を送り主に伝えるためらしい」
ダーダル・スワローが牧場町に荷物を運んでいた商人を助けたこと
その所為で、怪我を負い、風切り羽根が抜けて空を飛べなくなったこと。
商人を助けた結果、町に手紙が届いたこと。
無事に北まで辿り着いたら、労って欲しいこと。
そうした手紙の内容や文字をジニーが色々と考えて書いている。
「ん、手紙ができた」
「じゃあ、ちゃんと書けているか確認するわ」
手紙を書き終えたジニーは、その手紙をヒビキに渡して確認してもらう。
その手紙に目を通すヒビキは、相槌を打つように頷く。
「うん。問題ないわ」
「よかった。手紙って初めて出すから緊張した」
そうしてホッとするジニーを微笑ましく思う俺は、呟く。
「手紙かぁ。俺も親父に出した方がいいかな」
「コータスさんのお父さんにですか?」
不思議そうに尋ねるレスカに、俺は養家族について軽く説明する。
「正確には養家族の方が正しいかな。親父は、何というか細かいことを気にしない人だから、便りがないのがいい知らせ、とか言ってるだろうが、義母や義弟くらいには現状を伝えないとな。あとは世話になった人には送るのもいいかもしれん」
「私もお父さんとお母さんに手紙を出したいんですけど……調教師として各地に荷物の運搬とかして一箇所に定まってないので送れないんですよねぇ」
そう言って、困ったように微笑むレスカ。
「確か、叔父もいるだろ? そっちの方は手紙は送らないのか?」
「あー、叔父は中々忙しいみたいです。前に、魔物研究機関に就職したけど、研究と平行して学生に魔物の生態とかを教える先生の仕事も任されているみたいで……」
互いに、家族に近状を伝えるのも良さそうだ、などと話していると、レスカが、何かを思い出したようだ。
「魔物と言えば、コータスさんとジニーちゃんたちが【魔の森】で遭遇した大蛇の魔物ですが、その正体がわかりました」
「そうか。それで、どんな魔物なんだ?」
「名前は、リーンカル・スネークという大蛇の魔物だと思います。周囲の色に擬態して、尻尾先を疑似餌にして獲物を襲う大蛇の魔物でCランクでしょうか」
「それは、珍しい魔物なのか? 町への脅威は?」
俺は、騎士としての立場でそれを尋ねると、レスカは微苦笑を浮かべながら、気にするべきことではないと伝える。
「リーンカルスネークは、下位の毒蛇からの進化でしか誕生しない魔物なんです。一代限りの突然変異でしか現れない魔物なので、二匹目や三匹目が現れることはまずないでしょうね」
「それは、よかった」
あんな魔物が数匹も現れて、牧場町を襲ってくれば、俺とバルドルだけでは物的被害を出さずに倒すのは難しい、と思ってしまう。
「そう言えば、ジニーは、そのリーンカル・スネークの毒液を確保していたよな。あれはどうしたんだ?」
「ん? あれは、お祖母ちゃんが薬にしてくれてる。本来は、進化前の毒蛇の毒を使う薬だけど、進化後の方が効能が高いらしい」
「ジニーちゃん、それはどんな薬なんですか?」
レスカが尋ねると、ジニーは、簡単にだが毒液の使い道を教えてくれる。
「ただ、強いお酒と混ぜておいておくだけだって。時間が経つと毒性が弱まって薬効の方が強まる。それが薬になる。ちょっと風邪気味の時に飲むと血の巡りが良くなって凝り固まった体が解れるらしい」
「そうなのか」
俺が感心すると、ジニーは相槌を打ちつつ、補足を入れる。
「うん。でも、強い薬酒だから人間用じゃない。使うのは、ルインみたいな大型畜産魔物が夏バテした時に飲ます……らしい」
これからの雨季が終わり、本格的に暑くなり夏がやってくれば、そうした夏バテに利く薬は、需要が高まるのでありがたいらしい。
図らずも、コーヴィクスの花以外で非常に有用な薬の素材を手に入れることができた。
「さて、ジニーちゃん。ダーダル・スワローを呼んで手紙を預けましょう」
「う、うん。ちょっと、こっちに来て!」
小雨の降る牧場の敷地内を低空で飛んでいたチェルナとダーダル・スワローたちをジニーが呼ぶと軒下の俺たちの許に飛んでくる。
ダーダル・スワローは、華麗に軒下のテーブルの端に着地する中、チェルナは、遅れてふらふらと俺の腹に飛び込み、甘えるように体を擦り付けてくる。
ただ、雨の中を飛んでいたために濡れた鱗が俺の衣服で磨かれ、服が少し染みる。
早速、先程レスカが持ち込んでくれたタオルを一枚取り出し、チェルナの体を綺麗に拭いて、水気を取っていく。
「さぁ、ちょっと足を貸してね。手紙を入れたいから」
ヒビキは、ダーダル・スワローの足に着けられている金属筒を開けて、その中に小さく畳んだ手紙を入れて、再び密閉する。
ダーダル・スワローの風切り羽根が生え揃った後、いつでも飛び立てるように治療のために外していた手紙の入った金属筒を取り付け直し、その中に入れた。
『……ツピー』
「うん? どうした?」
そして、ダーダル・スワローは、ゆっくりと俺たちを誘うように牧場の柵の方に飛んでいき、そこで止まる。
「なにか、あるのか?」
「行ってみましょうか」
俺とレスカ。そして、ジニーとヒビキが小雨の降る晴れた空の下に出ると、姿勢を正すように向き直る。
『ツピー! ツピー!』
そして、翼を広げて、空に向かって甲高い鳴き声を上げた直後――
「きゃっ!? 風!」
「レスカ、大丈夫か?」
突然の突風に俺がレスカの体を支え、空を見上げる。
雨季の南風に乗って飛ぶ渡り鳥の編隊飛行。それもここ数日の中では最大の規模が広がっていた。
「うわっ! すごいよ! コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん!」
「そろそろ雨季が終わるから、これから飛び立つんだろうな」
『ツピー』
俺の呟きに、頷くダーダル・スワローは、左の翼を胸に寄せるように頭を下げる。
その優雅な仕草は、やはり人を見て真似たものだろう。
『キュイ、キュイ!』
『ワフ!』
『ジャアネ……』
チェルナやペロ、マーゴも別れの挨拶をし、俺とレスカが声を掛ける。
「無茶はするなよ」
「また、今年の秋頃の編隊飛行を楽しみにしていますね」
俺は短く、レスカは丁寧な挨拶を送る中、ジニーだけは中々言葉を口にできない。
「その……」
「ほら、ジニーちゃん。速くしないと時間がないわよ!」
『ウニャッ!』
何を言えばいいのか、言葉が出ないジニーにヒビキと雨の中権限した火精霊のミアが背中を押すように声を掛ける。
『ツピー!』
時間が来たのか、大きく羽ばたき、頭上を飛行するダーダル・スワローの群れに加わるために上昇していく。
弾けるように空を見上げたジニーは、反射的に大声で――
「もし、移動の時に疲れたら! あたしたちのところにまた、来てね!」
ジニーが大きな声を上げて、上昇するダーダル・スワローに別れの言葉を掛けると、ちらりと一瞥して、そのまま頭上を飛ぶ渡り鳥の群れに加わり、そのまま北を目指して飛んでいくのを見送る。
「……行っちゃった」
「……そうだな」
ぽつりと呟くジニーに俺は、ジニーの頭を軽く撫でると、少し擽ったそうに身を捩る。
その様子にレスカがクスクスと小さく笑うと、ハッと気がついたように俺から距離を取る。
「その、コータスさん、すみません!」
「あ、いや……俺も悪い」
突風にふらつくレスカの体を支えたままであったために、遅くではあるが互いに距離が近づき、密着したことで恥ずかしさに黙る。
「ほらほら、二人とも雨の中突っ立ってると濡れちゃうわよ。いくら、気温が高くなってきたからって風邪引くかもしれないんだから、お風呂入りに行きましょう!」
そのまま何時までも互いに固まったままになりそうな空気をヒビキが盛大に壊してくれることにありがたく思う。
「そ、そうですね! お風呂行きましょうか!」
レスカは、恥ずかしさを隠すようにパタパタと小走りで母屋に向かい、その跡をチェルナを乗せたペロが着き、続いてジニーとヒビキも母屋に戻る。
「……温かくなってきたな」
肌寒かった雨季が終わり、温かい日差しを感じる空を見上げる。
恵みの夏は、すぐそこまで来ていた。
魔物図鑑
【リーンカルスネーク】
討伐ランク――C
平べったい頭を持つ大蛇の魔物。
毒を吐き出すという特徴的な行動を持つが、あくまでも威嚇行動であり、通常の毒蛇と同じように噛み付き、毒を体内に送り込むことも可能。
毒を遠くに飛ばすために、毒液は非常に粘性が低く、サラサラとして気化しやすく、放置していれば数分で無毒化してしまうが、その分、即効性に優れている。
毒を吐き出すには、体内にある毒液を大量に生成しなければならないので、一度使うとしばらくの間使えない特徴がある。
膨らんだような尻尾先と丸い模様は、もう一つの頭部があるように見えることから疑似餌や背後にも目があるように見せるための模様だと思われる。
リーンカルスネークは、毒蛇系の下位の魔物から突然変異する一代限りの存在であるために、繁殖では増えることができない。
また、繁殖能力がない一代限りの突然変異の魔物は、大抵が長命になりやすい礼に漏れず、リーンカルスネークは、推定寿命150年。最長300年生きた個体もいたとされている。
その最長の個体は、【森鱗のアンフェナ】と呼ばれる推定B+の魔物だったと記録に残っている。









