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振り返った俺とレスカの視線の先に居たのは、一通の手紙を大事そうに抱え、猫型の火精霊であるミアを肩に載せたジニーだった。
「助けた渡り鳥の魔物に、【羽根生え薬】が必要って、本当なの?」
子どもらしい純粋だが、芯のある瞳に俺やレスカは、気圧され言葉が出てこない。
そんな俺たちの無言をジニーは、肯定だと感じ取り近づいてくる。
「あたし、お礼を言いに来たの」
「お礼?」
「そう! あの商人さんたちを助けてくれなかったら、お父さんとお母さんからの手紙が届かなかったから!」
そう言って、俺たちに見せつけるように大事そうに抱えていた手紙を掲げる。
手紙の配達とは、だいたいが各ギルドに預けられ、各地を巡る商人や冒険者たちに預けられ、目的地に近いギルドに運ばれる。
そうやって渡り歩いてきた手紙であるが、時に、魔物や盗賊の襲撃に巻き込まれる時がある。
商人の場合には、手紙の配達は、採算性の低い積み荷であり、大抵は襲われた時、真っ先に切り捨てる荷物に含まれ、ヒッポグリフの攻撃を唯一受けた荷馬車に載せられてたらしい。
「だから、無事に手紙が届いたのは、助けてくれたダーダル・スワローのお陰だから、お礼を言いに来たら、さっきの二人の話が聞こえた」
「そうだったのか」
自分の手紙を運ぶ使命を果たせず、他人の手紙が無事に運べた。
保護したダーダル・スワローにとって、救いになるか、皮肉になるか分からない。
「あたし、会って話がしたい。ちゃんとお礼を言いたい。それと元気になれるようにあたしもできることしたい」
「……ジニーちゃん。わかりました」
俺は、大丈夫だろうか、と心配になるが、保護したダーダル・スワローは、人慣れしている。
レスカがジニーを牛舎で休むダーダル・スワローの元に案内される。
「こんにちは」
『…………』
無気力そうな様子でちらりと俺たちの方を見たダーダル・スワローは、再び牛舎の窓の外を見上げる。
ジニーが近寄り、しゃがみ込み語り始める。
「あたしは、お礼を言いに来た。あの商人の荷馬車を助けてくれて、ありがとう。お前のお陰でお父さんとお母さんの手紙が無事に届いたんだ」
無言のダーダル・スワローは、ジニーの話を聞いているのか分からないが、それでもジニーは語り続ける。
「手紙には、お父さんたちが最近なにをしたとか、どこにいるとかが書いてある。日付は一ヶ月以上も前だけど」
『…………』
「今は、どこにいるか分からないから手紙を出すのは難しい。けど、手紙が届くのは嬉しいと思う」
ジニーの言葉に、窓の外を見上げていたダーダル・スワローが少しだけ首を動かす。
「お前の手紙を待ってる相手がいるなら届けて欲しい。あたしが、ちゃんと飛べるようにするから」
『…………ツピー』
微かな鳴き声を上げるダーダル・スワローは、先程までの悲観し、無気力な目をしていたが、それが少しだけ活力が戻ったように見える。
「ちょっと、元気になったみたいですね。ジニーちゃん、ありがとうございます」
「ジニー、ありがとう」
俺とレスカがお礼を言うが、ジニーは首を横に振る。
「ううん。コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん。また飛べるようにするのは、これから――【羽根生え薬】を作る必要がある」
そう言ったジニーが立ち上がり、俺たちを見上げてくる。
レスカが言っていた、今はない薬のことだと理解して頷く。
「用途は、ストレスや皮膚病で羽根が抜けちゃった鳥の羽根の生える変わる時間を早める魔法薬」
「でも、リア婆さんのところには無いんだろ? 素材が足りないとか季節性の物なのか?」
俺の疑問に、ジニーは真剣な目で答える。
「ランドバードがストレスや皮膚病で羽根が抜けちゃった時に使うから一年を通して作れる。材料も殆どが牧場町で集まる」
「じゃあ、作れるのか――『でも』――」
安堵した俺に声を被せるジニーは、【魔の森】の方を見つめる。
「唯一、ルーヴィクスの花だけは、【魔の森】に行かないと採れない。それに使用期限もあるから作り置きはしない。だから、採りに行く」
「待て、待て! 採りに行くって【魔の森】にか!?」
ジニーの言葉に、俺が慌てる。
「大丈夫、ここから1日の場所に生えるってお祖母ちゃんが言ってた。それに生えやすい場所の特徴も知ってる」
「それは、ジニー自身が知らないだろ! それに往復で考えたら二日を【魔の森】で過ごすことになる。それなら俺が採りに行く」
「コータス兄ちゃんは、ルーヴィクスの花を見たことあるの!? それに素材の処理法や生える場所の特徴は!?」
ジニーの強い言葉に、俺は言葉が詰まる。
確かに俺は、冒険者としての知識はある。だが、薬屋のような専門家には遠く及ばない。
「それにあたしなら大丈夫。今なら、ミアがいる」
『ニャァ~』
任せろ、とばかりに主張するように鳴く火精霊にミアだが、不安しかない。
「ジニー、落ち着け。頼むから少し時間を待ってくれ」
「梅雨の時期が過ぎたら、渡り鳥の移動に間に合わない!」
「それはそうだが……でも少し待て」
「コータス兄ちゃんは、遅すぎる!」
ジニーに怒鳴られ、そして牧場町の方に走って行ってしまう。
そんなジニーの後ろ姿を見つめながら、俺は溜息を吐き出す。
「レスカ……俺は間違えてるか?」
「いえ、どっちも間違えてませんし、どっちも正しいですよ」
レスカの言葉に、少し感情的になってしまったことを後悔して顔を撫でる。
「……レスカ、少し牧場仕事を休みたいがいいか?」
「はい。マーゴやコマタンゴたちも居ます。コータスさんの好きにしていいですよ」
振り返り、レスカの顔を見れば、優しい微笑みを浮かべている。
俺は、とりあえず直近の牧場仕事の手伝いを終えて、牧場町の様々な場所に足を運び、準備を行う。
俺のような人間は、感情では動けない。根回しや準備をしっかり行い、行動計画を立てる。
ただ、そして――
「すまんな。こんなこと頼めるのは、お前だけだ」
『キニシナイ。ソレナ、シゴト』
俺は、レスカのコマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴにジニーの行動をこっそりと監視させた。
牧場町に張り巡らされた菌糸や点在するコマタンゴが情報を収集して、瞬時にマーゴに伝えられる。
「もし、ジニーが勝手に【魔の森】に行きそうになったら、教えてくれ」
『ワカッタ。レスカカラモ、タノマレタ』
頷くマーゴに俺は、【魔の森】に入る準備を行う。
まずは、バルドルに会って事情を説明し、ジニーと【魔の森】に出かけることを伝える。
ダーダル・スワローを群れに戻すために【羽根生え薬】を作るための素材が必要なこととそれに必要な休みだ。
その際――
「気にするな! 元々、俺一人や自警団がやってたんだ! お前が数日休みを取ったって変りはしない!」
「すまない。恩に着る」
「その代わり、一日だけ俺も休みくれ。シャルラとちょっと気晴らしに出かける時間が欲しいんだ」
こっそりと俺に伝えてくるバルドル。
現在同棲している婚約者のシャルラとの時間を確保したいという惚気に、俺は無表情で頷く。
続いて、ジニーの保護者であるリア婆さんにも、事情を説明し、ジニーが暴発しそうなことを説明すると――
「なんだい。そんなことか! いいよ、むしろ連れて行きな!」
「……ここは、反対するところじゃないのか?」
「あたしは、自分の息子が冒険者になるのを反対したら、出て行っちまったんだよ。その孫娘が冒険者になる、って聞いた時は、最初から信頼できる人に預けると決めてたんだよ」
俺は、こめかみを押さえ、頭が痛い、という姿勢を取るとリア婆さんが近くから一枚の紙を取り出し、サラサラと何かを書く。
「多分、ジニーが言った【羽根生え薬】の詳しい話が欲しかったんだろ?」
「ああ、事前に知るか、知らないかで変わることもあるかもしれないからな」
俺の言葉に、嬉しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべるリア婆さん。
「やっぱり、あんたがジニーに着いてくれると助かるよ。火精霊と契約できたけど、まだまだジニーは、子どもだからね」
「ああ、できるだけ教えるつもりだ」
「とりあえず、ジニーが採取しに行くなら、野営訓練ってことで外出は許可するよ」
そうしてリア婆さんは、ニヤニヤと未来のジニーの苦労を笑う。
俺は、最大の関門だと思っていたリア婆さんから許可を貰う。
次に、野営などに必要な保存食や寝具、その他、細々としたサバイバル道具、バックパックなどを購入する。
続いて、【魔の森】に入る狩人やランドバード牧場に訪れ、この時期の【魔の森】に関して教えてもらうなど、準備に丸一日を要した。
夜には、日中集めた道具の状態と自身の装備を確かめる。
「武器は、ミスリルの長剣がある。それに、圧縮木刀は杖代わりになるか」
他に、農業で使うスコップは、必要か考えを巡らせる。
「採取だから、使えるか。持って行こう」
そうして荷物を選別していると、ふと、ジニーが火精霊と契約できた記念に渡そうと思っていた万能ナイフを手に取る。
「これも持って行こう」
そして、準備を整えベッドに入り眠りに就く。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。