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俺は、畑の手伝いができるようにシャツにズボン。そして、自分の装備で作り変えられた鍬とスコップを担ぎ、マチェットをベルトに吊るした格好でレスカの案内する畑の前までやって来る。
「ここが畑なのか……」
「そうですよ。見て分かりますよね?」
納税のための小麦畑やその他の自給自足をするための畑が広がっている。
そこは、町で貸し出している区画であり、俺たちは、そんな畑を横目に畑のとある一角に辿り着く。
「さぁ、美味しい料理を食べるために野菜を育てるのを頑張りましょう!」
「おー」
レスカが、ぐっと可愛らしく拳を握りしめるので、それに合わせて俺も掛け声を上げると、レスカは恥ずかしそうに咳払いする。
「それじゃあ、早速耕してもらいましょうか」
目の前に広がる畑はどこにでもありそうな何の変哲もない普通の畑だ。ただ場所が少しだけ牧場などから離れて遠いと感じる。
心のどこかでは、牧場町なのだから畑も何か特殊なものかもしれない、と身構えたが、小麦畑には変なところはなく、どこかほっとしている。
野菜の畑の方も害獣対策の囲いがしてあるだけで、一見して普通の畑だ。
ただ、等間隔に野菜が植えられているために、どこを耕せばいいのか分からない。
「なぁ、レスカ。俺はどこを耕すんだ? 耕すと言うのは名目で開拓作業か?」
魔物が出現する肥沃な土地と知られる魔の森の開拓事業。それならありえると一人納得する俺に対して、レスカがこの畑の前で手を叩く。
「全員、起きてください! 時間ですよ!」
パンパンと乾いた音の合図と共に、囲いの内側に存在する植物が一斉に地面から飛び出す。
スポン、と綺麗に地面から飛び出した野菜たちは、自分たちの根を足にして、畑の端っこの方へと歩いていく。
自立行動した大根は、撤去が大変な石の上に日向ぼっこするように寝っ転がり、動き出したニンジンは、他の野菜を追い回すように駆けている。
またカブとジャガイモは、互いに体当たりしては、転んでいる。
「あれ? 野菜って、こんなのだったかぁ?」
「これは、魔の森で魔物化した野菜を栽培する畑なんです。魔物化した野菜は、他の植物より生命力が強く、雑草にも負けず、病害虫にも強いんです」
そう説明している間にも、害獣対策の柵の間から入り込んだネズミを鞭のように体を振ったゴボウが叩きのめし、蔓のように伸びた豆の木がネズミを締め上げて窒息させ、自分たちが飛び出してぽっかりと空いた穴に詰め込むようにしてネズミの死体を畑に捨てる。
「…………」
「ああやって、小さい害虫や害獣程度なら自衛できますから」
ごめん、普通の畑と思ったら違った。いや、あれは、野菜とは別の何かだろ。と思いながら、そんな夢のような野菜がある一方、管理をすると言うからには相応のデメリットが存在するはずだ。
「それで、あの魔物化した野菜の欠点はなんだ?」
「そうですね。元々は人間が美味しく食べる植物だから、味はいいんです。それが魔物化して更に良くなっているんですけど、その美味しさに魔物が寄って来ます。だから、こんな畑の一番遠いところで作っているんです。それに普通の野菜に比べて土地の空気を一気に吸い上げるからすぐに堅くなるんです」
そう言って、魔物化した野菜の生えていた畑へと入り込むと、土がガチガチに堅くなっている。
「野生化している動く野菜は、魔物に食べられて個体数は増えませんけど、栽培すると、ドンドン畑の空気を吸いますから、コータスさんには定期的に耕して貰いたいんですけど、いいでしょうか?」
「なるほど、不思議な畑がこの世の中には存在するんだな。わかった、任された」
「ありがとうございます。やることは、畑の土を解して空気を含ませるだけです。もし石が出て来たら、拾ってください」
レスカから簡単な指示を受けるが、俺が思っていた農場生活と違うものに早々に直面して困惑していたが、何時までもこうしている訳にはいかないと動き始める。
「まぁ不思議な畑だけど、やることは地味な仕事だな」
左遷されて初めての仕事が畑を耕すことか、と思いながら、俺は、肩に担いだ鍬を両手に握り締め、畑の端から鍬を地面に振り下ろす。
ガッ、と鈍い音と共に、地面に三本爪の鍬が突き刺さるが、硬い手応えが返って来るだけだ。
「……凄い硬いな。全然、畑に鍬が入り込まないし、土が持ちあがらない」
もう一度、振り下ろすと先程よりも深く入り込むが、持ちあがる土は塊のままだ。
「あとは頼みます。私は、ピュアスライムの浄化水を配達してきます。あとで、昼飯も持って来きますから楽しみにしてください」
そう言って、レスカは浄化水の配達のためにリアカーを引いて行き、俺を一人畑に残される。
「……まぁ、やるとするか」
俺は、レスカの後ろ姿を見送った後、一人黙々と畑を耕すが――
「ちょ、お前ら、なんで俺に攻撃するんだよ!」
作業してしばらくして、野菜たちの一部が俺に攻撃をし始める。
ゴツゴツしたイモは、石のように体を硬化して体当たりを行い、ゴボウのような野菜は、鞭のように体をしならせ、空気を切り裂く快音と共に足を打つ。他にも、尖端が二股に割れた根菜類の野菜から蹴りを喰らったり、引き留めるように足に蔓が巻き付く。
「邪魔くさい……」
そんな動く野菜たちの妨害に悪戦苦闘しつつ耕す俺だが、背後から子供の甲高い笑い声が聞こえて振り返る。
「あはははっ、兄ちゃん、そんなんじゃダメだよ!」
「そうだよ。もっとしっかりと耕さないと!」
「まだまだ土が硬いよ」
そう言って、畑の外から動く野菜たちに攻撃されている俺を笑う子どもたち。
男の子が二人に女の子が一人の組み合わせに、この奇妙な畑に慣れていると言うことは牧場町の子どもだろうか。
とりあえず、耕す手を止めて、野菜たちに尋ねる。
「そうなのか?」
俺が足元に纏わりつく野菜たちに尋ねると、理解したなら良し、とでも言わんばかりに俺から離れて再び自由に遊び始める。
そして、俺は、牧場町の子供たちに近づく。
「兄ちゃん、一昨日町に来てレスカ姉ちゃんの牛に撥ねられたヘッポコ騎士か」
「左遷されたダメ騎士?」
「期待されてない目付きの悪い騎士?」
「うぐっ、確かに事実だから否定できない」
口々に言う子どもたちの悪意なき言葉の刃が胸に突き刺さる。
暴走した魔物の突撃を受け止めて、一応生還しているんだ。そこは評価して欲しい、と思う俺だが、子どもの言葉にムキになるつもりはない。
それよりも10歳前後の年齢の子どもを見ると親父の血の繋がった子どもである義弟を思い出して親しみを覚える。
「それで、子どもが何のようだ? 俺は一応仕事中なんだけどな」
「仕事? 畑仕事? 下手すぎるから声かけた!」
「そのままだったら美味しい野菜は育たないし、みんなが迷惑するから」
「私たち、出来る子? 兄ちゃん、出来ない子?」
「一応、今まで剣一筋で生きて来たからな。鍬なんて持ったことないから大目に見てくれ」
子どもにダメな子扱いされて、渋い表情を作る。
「兄ちゃん、そうやってただ闇雲にやっても土は柔らかくなんねぇぞ!」
そういってズカズカと俺の耕したばかりの畑に入り込む子どもの一人は、畑から土の塊を拾い上げて見せる。
「こんな硬い土の塊が残ってるし、表面しか混ぜられてないだろ!」
足で深く掘った地面には、深さ、五センチほど下の湿った土の層が見える。
「表面だけ乾いて湿った部分まで混ぜられてねぇんだよ。貸してみてくれ」
鍬を渡すように要求されたので、子どもたちの中心になっている子に鍬を渡せば、柄を短く持って地面に振り下ろす。
俺よりも体格も筋力も劣っている子どもなのに、俺よりも深く土を掘り返している。
「兄ちゃんみたいな振り方だと怪我するよ!」
「小さく小刻みに鍬で耕していくんだよ。間隔広すぎて土の塊が残って硬いままだし、深く掘れてないんだよ」
「それに塊を鍬で崩してやったり、足を揃えるんじゃなくて開いて腰を落として、どっしりと構えるんだよ!」
子どもたちが口々に教えてくれる畑の耕し方に、俺はふむ、と顎に手を当てて理解を深める。
再び返された鍬を持ち、子どもたちの手本を元に、しっかりとした姿勢で土を耕す。
確かに、先程耕した場所と大分土の細かさや柔らかさが違う。湿り気と空気を含み、靴裏で踏むと柔らかく沈む。
どうやら、俺は、無駄な力を使っていたようだ。
畑を耕すということは、背中の筋肉と腕の上げ下ろしの運動、体がブレないように低くした重心と様々な違いが感じることができる。
そのまま何度か畑に鍬を振り下ろして、子どもたちの方を見る。
「これでいいのか?」
「兄ちゃんは、まだまだだぞ! うちの爺ちゃんが言ってた! 畑を耕す仕事ってのは、重労働だって! だから、無駄な力を使わずに耕せて一人前だって!」
「明日筋肉痛になって動けなかったら、それは無駄な力を使っている証拠らしい」
「毎日、辛い仕事を楽にするような、農家の知恵、って奴!」
中心にいる子どもが自分のことのように胸を反らせて誇らしげに口にする言葉には、俺を納得させる重みがある。
「そうか。つまり、畑を耕すことは最小限の力で最大限の威力を生み出すトレーニングなんだな」
独自の解釈をして嬉々として畑を耕し始める俺を見て、子どもたちがぽかん、と口を開けてその動きを見ている。
この畑を耕す行為は。体への負担を掛けると共に、無駄な動きをなくして洗練された動きを実現する訓練の一種。
騎士が木刀で素振りを繰り返して美しい剣の振り方を目指すのは、同じように最小限の力で最大限の斬撃を生み出すためだ。
それと同じ効果。いや、畑を耕すというのは、農作物の生産に寄与する行為であり、またこの世界最強の存在である大地へとぶつかり稽古にもなる。
筋肉トレーニングの訓練や稽古、動きの洗練化、生産活動という一石二鳥ならぬ三鳥もの効果がある。
「くくくっ、そうか。そんな素晴らしい訓練だったとは……畑仕事恐るべし」
「うわっ、なんか兄ちゃん気持ち悪い」
「不気味だね、笑い方が邪悪」
「変人なの~」
子どもたちに酷い言われようだな、と思いながらも特に俺の邪魔をする様子は見られないのでそのまま放置する。
ザクザクと空気を含ませるように柔らかくしたことで、動く野菜たちも安心したのか、俺の妨害をすることなく再び思い思いに動き始める。
そんな中、一人の子どもが暇なのか俺に話を求めて来た。
「なぁ、騎士の兄ちゃん。なんか、面白い話聞かせてくれよ!」
「面白い話? そうだなぁ……この国、【アラド王国建国記】とかか?」
「そんなの小さい頃から何度も聞かされてるよー」
俺の提案に文句をいう子どもに対して、一緒に居た友達も同調してくる。
【アラド王国建国記】は、王祖である青年と一匹の真竜の関わりから建国までの物語だが、子どもたちには不評なようだ。
「そうだよ。例えば、村の青年が精霊に恋をした話とか、神狼が人間の娘に恋をする話とか、そんなのばっかり!」
「もっと別の話ないの! 町のギンユーシジンが語る流行りの話とか!」
子供たちは、俺に何を求めるのだ。
まぁ、確かにこうした辺境の町だと歌や物語を語る吟遊詩人と言った流れの人間は、稼ぎ辛く、立ち寄らないことが多い。
それに子どもたちの話を聞くと、異種族婚姻譚の昔話や童話、または人間と異種族のハーフの英雄の話が多いらしい。
「それじゃあ、これは一人の人間がAランク冒険者になるまでの話でもするか?」
「なにそれ! 面白そう!」
早速、俺の話に食いつく子どもたち。
この話は、俺の養父で元Aランク冒険者――現アラド王国自由騎士団の団長【紅蓮剣】ラグナス・リバティンのお話だ。
養父の友人であり、師の元冒険者上がりの騎士たちに面白おかしく聞かされた話を子どもたちに語ってやる。
時に、魔物との戦いや町中でのどうしようもない依頼の話、死にかけた話、その他にも短時間では語り尽くせないほどの話はある。
それでも触りの部分。言うなれば、立志編とでもいうべき内容くらいまでを聞かせれば、娯楽に飢えた子供たちは、瞳を輝かせて俺を見上げていた。
「すげぇ! 冒険者ってそんなこともするのか!」
「あははっ、Aランク冒険者でもそんな変なことしてたんだ!」
「副団長の【氷槍】って人との出会いってすげぇ!」
酒の席で冒険者上がりの騎士たちが子どもだった俺に対して、面白おかしく語ったものだったが、やはり子どもたちには受けがいいようだ。
まぁ、親父殿やその副団長のシャルベルさんは、苦虫を噛み潰したよう表情に毎回なるんだけどな。
そんな話をしながら畑を柔らかく耕せば、いつの間にか太陽はほぼ真上に差し掛かり、お昼時になる。
そう言えば、俺のお昼どうなるんだっけ、と考えながらも根気よく作業を続けるとふと顔を上げると子供たちの向こう側に小さな人影を見つけた。
大きめの麦藁帽子に白のワンピース姿の女の子だ。
やや勝気そうな猫目でじっと遠くからこちらを見つめていた。
「それじゃあ、兄ちゃん! 俺たちそろそろ家に帰るな!」
「また遊ぼうね!」
「今度もまた話を聞かせろよー!」
そんなことを言いつつそれぞれの家に戻り始める子供たちに気を取られて視線を外すと、遠くから見ていた女の子は、俺たちの方に背を向けて走り出す。
「なんだったんだ?」
まぁ、町の子どもなら、レスカが知っているだろうと思い、頭の隅に記憶しつつ、畑仕事に意識を切り替えることにした。