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食後、夕食を食べた俺たちは、食堂に残りのんびりと過ごしていた。
日が落ちた直後、屋根を雨が打つ音にペロが窓辺に前足を乗せて外を見上げ、その背中によじ登るチェルナも同じように眺めていた。
俺たちは、レスカが作ってくれたリスティーブルのホットミルクを受け取り、それを飲みながら過ごし方をしていた。
「たまには、こうした夜もいいですね」
「そうだな」
レスカの呟きに俺が同意し、暖炉の薪がパチッと弾ける音が響く。
屋根が雨を打つ音の中でジニーは、瞑想による魔力操作と魔力感知、目に見えない火精霊との交信を行っている。
そんなジニーの周りを、ミアが遊んで欲しいが、邪魔してはいけないと迷うように彷徨いている。
精霊としての理性と動物型としての本能のせめぎ合いの姿がちょっと面白い。
ヒビキは、暖炉の前で魔法の明かりを灯し、メガネを掛けて魔力で実体化させた【賢者の書庫】の本を読み、ページを捲る音が響く。
俺も流石にこの空間の中で鍛錬のために腕立てや腹筋で煩くすることもできず、レスカと並んでペロとチェルナの後ろ姿を眺めている。
「なんだか、こんなにのんびりとした夜は、久しぶりな気がします」
「春先からバタバタしていたからな」
「そう言えば、この雨季の時期になると、牧場町の上空に渡り鳥が通るんですよ」
「渡り鳥?」
雨の降る窓を見て、ふと思い出したのか、レスカは季節の話題を振ってくれる。
「はい。南から北に向かって、ダーダル・スワローという魔物が牧場町の上空を通りかかるんです」
「渡り鳥の魔物……それは、危険はないのか?」
町の頭上を魔物が通り掛かるのは大丈夫だろうか、と少し心配になるが、レスカは微笑みながら、その魔物について詳しく教えてくれる。
「ダーダル・スワローは、海燕系の大型鳥類の魔物ですけど、主食は果実や木の実、魚、虫の魔物などで人は、滅多に襲わないんです」
「それなら安心なのか?」
「はい。この時期の上空を通るダーダル・スワローの群れは、綺麗な隊列で空を飛ぶのが見られるんですよ」
「それは、楽しみだな」
綺麗な隊列の飛行とは、それだけで見る価値がある。
真竜を信仰するアラド王国では、ワイバーンに乗る竜騎士が多く、国のパレードで行うワイバーンの隊列飛行は、王都に居る間に度々目にして、感動したのを思い出す。
そんなことを思い出しながら、レスカの魔物うんちくは、続く。
「ダーダル・スワローは、冬場は南の方の温かな地域で過ごすんです。そして春の雨季が来ると、北上してアラド王国よりも更に北の海岸の岸壁を目指すんです」
「そこがダーダル・スワローたちが夏過ごす場所なんだな」
「夏の短い時期をその海岸の岸壁で巣を作り、番いを見つけて、そこで子育てして、冬前の風雨に乗って、子どもと共に南下して、冬の暖かい地域で大人に成長するんです」
「へぇ、そうなのか」
「はい。地域によっては、『嵐を告げる鳥』や『季節を運ぶ聖鳥』なんて呼ばれ方をするんですよ」
素敵ですよね、というレスカの説明に、瞑想していたジニーと本を読んでいたヒビキも顔を上げて聴き入っていた。
「そうなんだ。あたしは、雨好きじゃないけど、そのダーダル・スワローが来るのは楽しみかも……」
瞑想を終えた直後、構って欲しそうにするミアを抱きかかえるジニー。
「ほんと、本を読んで調べるだけじゃ知らないことが多いわ。それに、それを知っているレスカちゃんは凄いわよ! お姉さん、鼻が高いわ」
ヒビキも本をパタンと閉じて、実体化のための魔力を散らして消し、そのままレスカを褒める。
「そんな、ただこの牧場にコータスさんやジニーちゃん、ヒビキさんより長く居るだけですよ。町の人は、みんな知ってますから」
謙遜するレスカだが、左遷された俺やリア婆さんに預けられたジニー、巻き込まれてこの世界にやってきた異世界人のヒビキなどは、春先と言っていいほど最近、この牧場町に来たのだ。
そのために、この地に根差し、この地の良さを知るレスカは、ヒビキが言うように賞賛に値すると思う。
俺も少しずつ、牧場町の基本的な仕事ができるようになったが、一年を通しての牧場町の風景というのは、知らない。
「レスカは、自分の住む牧場町の良いところを沢山知っている。レスカは、偉い。これからもレスカと一緒に、牧場町の四季の様子を一緒に見たりしたら、楽しいだろうな」
俺の言葉に、レスカは柔らかく微笑み、ありがとうございます、と小さく言葉を口にする。
「それでは、ホットミルクを飲んで寝ましょうか。明日も牧場の仕事がありますから。ジニーちゃんは、私と同じ部屋で寝ましょうね」
そう言ってレスカは、窓辺のチェルナで抱き上げ、ジニーに声を掛ける。
「あ、あたしは、別に一人部屋でも平気だし! 冒険者は、どこでも一人で寝れるものだし!」
「あらぁ、それって、夜、私がこっそり入っても……いいってことかしら?」
見栄を張るジニーに対して、ヒビキが背後に回り、そっと両肩に手を乗せて耳元で囁く。
その言葉に、反射的に背筋を伸ばしたジニーは、弾かれるようにレスカの影に隠れる。
「や、やっぱり、レスカ姉ちゃんと寝る! 変質者が来るかもしれない一人部屋なんて危ない! 冒険者は、危険は避けるべき!」
「ねぇねぇ、レスカちゃん。私もレスカちゃんの部屋に行っていい?」
レスカの部屋で寝る宣言をしたジニーだが、ヒビキは、諦めないようだ。
「ひっ!? ヒビキ姉ちゃんは、来なくていいから!」
「別に変なことしないわよ。ただ、女の子同士でおしゃべりするだけよ。男子禁制のトークとか楽しそうじゃない?」
クスッと笑うヒビキに、レスカは、やんわりと断る。
「明日もお仕事はあるんですから夜更かしは、ダメですよ」
「レスカちゃんにそう言われちゃったら、ダメね。今回は諦めましょう」
ジニーは、ヒビキが諦めたことにほっと安堵の吐息を漏らしている。
「それじゃあ、寝ますね。コータスさん、お休みなさい」
「ん、コータス兄ちゃん、お休み」
「私は、もうちょっと本でも読んでから寝るわ。お休み」
レスカとジニーは、ペロとチェルナを連れてレスカの部屋に向かい、ヒビキも自室に入っていく。
俺も食堂に居続ける必要がないので自室に戻り、ベッドの上に座り、体内に感じる赤い魔力の繋がりに意識を向けて行けば、念話が頭の中に響く。
『いつもの話だ。話せ』
低い男性の声で響く声の主は、俺をチェルナの保護者と認めた真竜・アラドだ。
こうして夜にアラドとの念話で定期的にチェルナの様子を報告するのも、既に日課となっている。
「特段、変わりはない。ただ、雨季で雨が多いために外出を控えている」
『大事な暗竜の幼子に過保護になるのは構わん。だが、チェルナとて真竜族の一種だ。幼子と言えど、雨程度でどうにかなることもあるまい』
そう言って、真竜の子育てなどやったことのない俺は、こうして状況報告をすると共に時折、アドバイスを貰う。
「なら、それについては頭の隅に入れておく」
『他に、何か報告はないか?』
「食事は、ミルクや離乳食のような物だが、少しずつ固形食に近いものを食べ始めた。最近だと、クッキーなども食べることができる」
『やはり早いな。【育成】の加護が影響しているのか、それとも【願望反映】の影響か』
チェルナの成長具合に関して、レスカの持つ【育成】の加護が作用しているのか、それともその内包加護である【願望反映】によりチェルナが俺たちと同じように食べることを望んだためにそのように成長しているなど、色々と考えられる。
『成長が早い分には問題なかろう』
「そうだな。ただ、少しずつ離乳食のような食事を離れている。それでもリスティーブルのルインの乳から直接ミルクを飲んでいるのは――」
『その辺りは、個体ごとの好みの問題だろう。矯正する必要はあるまい』
その言葉に、最初に出会った時は、互いの立場や状況で、存在で傲慢な真竜かと思ったが、こうして念話を重ねると意外と話の分かる竜だと思う。
「アラドは、意外と普通だな」
『……貴様。我を馬鹿にしておるのか?』
若干、苛立ちと怒気の込められた念話が送られてくるので、慌てて否定する。
「いや、そんなつもりはないんだが……」
『はぁ、わかっておる。貴様のような愚直な男にそのような気持ちなどないだろう』
直後に長い溜息のような念話が響くが、こちらのことを良く見ている、と思うが、愚直と表現されるのは、あまり嬉しく思わない。
せめて、真面目と言って貰いたいが……
『まぁ、よい。それよりチェルナは、我に対して何か言っておったか?』
「チェルナは、まだ念話は使えないが……」
『最近は、貴様らの牧場に人語を理解し、念話を話せる魔物が傍におるだろ』
「マーゴのことか?」
『名前などどうでもいい。そやつ経由でなにか、我に関して言ってなかったか?』
どこかそわそわとした様子のアラド。
完全に親戚のおじさん状態の真竜に対して、チェルナの言葉を訳したマーゴの言葉を思い出すが……
「すまんが、ないな」
『そうか……ないか』
なんだか、可愛そうなほど気落ちした真竜の巨体を幻視する俺は、その日の念話による定期報告を終えて眠りに就く。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。