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俺は、ランドバード牧場の直売所でお菓子を選んでいたレスカとジニーと合流する。
「すまん。待たせたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それほど待ってませんから」
そう言って、お店の端の休憩場所でレスカとジニーは、少しの間、ランドバード牧場の牧場主の奥さんと世間話をしていたようだ。
ついでに、幾つかの試作品のお菓子も貰い、嬉しそうにしている。
「さて、帰ったらヒビキさんと一緒に食べましょうね」
「そうだね。あたしも食べるの楽しみ」
ジニーも甘いものが好きな女の子であるために、普段より子どもっぽい笑みを浮かべている。
そして、俺たちが牧場に戻ると留守番をしていたペロが駆け出して俺たちを出迎え、その二つの頭に擦り付けてくるので、荷物の食材を持っていない片方の手でペロの頭を交互に撫でて褒める。
そして撫でられたペロは嬉しそうに目を細めてレスカに付き従う中で、突如としてレスカの牧場の敷地内に入ると、白い腕が地面から伸びてくる。
「なっ!? マーゴの菌糸の腕!」
地面から伸びる細長い菌糸の腕は、すぐに火精霊のミアを捕まえようとするが、猫特有の俊敏さで避けつつ、逆に体から炎を噴き出し、菌糸の腕を焼き切る。
それにより菌糸の腕は炭化して崩れ落ちるが、その直後地面から無数のコマタンゴとその上に乗っかるマーゴが姿を現わす。
『オマエ、キニイラナイ、クルナ!』
『ニャニャニャッ!』
互いに嫌うような雰囲気のマーゴとミアを見て、俺は困ったように溜息を吐き出し、レスカが微苦笑を浮かべ、ジニーがオロオロとしている。
「はぁ、まぁ生物として生理的に受け付けない存在はいるし、仲良くしろ、とは言えないよな」
マーゴにとって火とは天敵であり、菌糸という繋がりを破壊し、自身の領域を侵す存在である。
そのために火の中級精霊のミアには強い敵対心を持っている。
ミアの場合は、死という概念が薄い精霊であるが、知性を持つ存在であるために、敵意を向けられれば、反発心も抱くだろう。
「お前たちが争っても不毛なだけだろ」
マーゴの愛らしい妖精の姿は、菌糸で形作られた仮初めの体であり、ミアの体も魔力で実体化しているに過ぎない。
魔力を使い果たして一時的に消えるがジニーと《仮契約》を結んだことで再びジニーからの魔力の供給を受けて実体化することができる
なので、互いに傷つけ合っても、倒すことは困難なのだ。
「マーゴは、ミアを嫌っているのはどうしてなんですか?」
レスカがマーゴの傍にしゃがみ込み尋ねると、マーゴが念話で答えてくれる。
『コイツ、イタラ、ワタシノシゴト、ウバワレル!』
「仕事……って?」
『ワタシ、ヌレタモノニツク、ドウゾク、オサエコム。アイツ、キン、コロス!』
つまり、洗濯物の部屋干しで発生する匂いは、マーゴの菌糸魔物で押さえ込んでいるけど、火精霊のミアは、『陽光熱』による洗濯物の乾燥ができる。
そこからマーゴの仕事、ひいてはレスカに頼られる存在意義に危機を感じているのかもしれない。
「私は、マーゴのお仕事を奪うつもりはないんですけど……」
『デモ、アノネコノ、シゴト、ホメタ』
「どうやら、聞かれていたな」
マーゴの本体は、地中深くの菌糸核であるが、繋がる菌糸同士で本体に情報が送られ、それが末端のコマタンゴたちにも共有される。
なので、マーゴの命令にコマタンゴは忠実に実行し、逆にコマタンゴたち末端菌糸魔物たちが見聞きした内容は、マーゴに伝わる。
「不審者発見には、最高の監視者なんだがなぁ」
「なんだか、私たちの私生活の情報が筒抜けだと、少し考えてしまいますね」
暗竜の雛のチェルナを守るためには心強い仲間ではある。
だが、何よりマーゴは、コマタンゴから妖精化した個体であるために、まだ精神年齢は幼く、私生活の情報を預けるのには、別に意味で不安になる。
そして、今回のように暴発した。
『ワタシノ、シゴト、ウバウヤツ、ユルサナイ!』
『フシャァァァァッ!』
マーゴが小さな体でファイティングポーズを取り、ミアもそれに釣られて威嚇する。
この状況をどうやって収集したらいいか、と悩む俺たちに母屋の方から顔を出したヒビキが背中に声を投げかけてくる。
「いいんじゃない? どっちも滅多に死なないんだから徹底的に争わせれば」
「ヒビキ。何を言ってるんだ」
俺は、振り向き胡乱げな目を見つめるが、あっけらかんとした様子でヒビキが答える。
「むしろ、人間社会に使役されていると言ってもマーゴは魔物だし、猫精霊……いまは、ミアって呼んでたわね。知性はあってもやっぱり動物型の精霊よ。上下関係を白黒付けさせれば、後腐れ無いわよ」
「そんなこと、許すわけ――『いえ、私は、いいと思いますよ』――レスカ?」
「ヒビキさんの提案した方法が、多分一番短時間で穏便に済むはずです」
それに、とレスカは、一呼吸置いて自分の考えを口にする。
「マーゴの暴発は、自身の仕事を奪われる可能性を理由に言っていますが、マーゴの仕事はそれだけじゃありません。
多分、私に見放されることへの恐怖があるのかもしれません。なので、ここで戦うことで改めてマーゴ自身が存在価値を示して満足してもらえれば納得すると思うんです」
現に、賢者のヒビキなど、強力な火魔法を使えるし、ジニーも弱いながらも種火のような火魔法を使える。
同じ調教魔物のオルトロスのペロは、今は中型犬の大きさでいるが、一時的に大人の姿になり、炎などを生み出すことができる。
身近な火としては、暖炉や調理の火などがあるが、それらを嫌う様子や排除しようとする様子がないので、何らかの形でマーゴが妥協や納得をさせる必要があるようだ。
ミアに関しては、売られた喧嘩は買う状態になったが、これはこれでジニーの精霊魔法使いとして火精霊のミアに指示を出す訓練になりそうだ。
まぁ、リア婆さんから鍛錬の許可は、一応出ている。
『ウニャニャ! ニャッ!』
「うん。ミアも一度やって上下関係を白黒はっきりしたいみたい」
「いまならちょうど、雨が降って地面や牧草が湿ってるから弱めの魔法を使っても炎上の心配もすくないし、なにより必要なら私が結界を張っておくわ」
レスカとジニーが納得し、コマタンゴの妖精のマーゴと火の中級精霊のミアも戦う気満々である。
「仕方がない。少しだけだからな」
俺は、そっと溜息を吐き、とりあえず荷物だけ片付けて、両者が戦う準備をする。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。