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2-3


「レスカ、着替えが終わったぞ」

「そ、そうですか! なら、朝食を食べながら今日の仕事を説明しますね!」


 俺の上半身の半裸を見たことをまだ引き摺っているのか上擦った声を上げるレスカに対して、俺は気付かないふりをしつつ、レスカと共に朝食の席に着く。

チラチラとこちらを窺うような視線を感じるが、俺は、その視線から逃げるように朝のテーブルに並ぶ豪勢な食事に意識を向ける。


焼き立てのパンと器に乗せられたバターの塊、卵と牛乳を使ったスクランブルエッグ、陶器の器に盛られた乳白色のトロッとした物はヨーグルト。

飲み物は、果物を絞ったジュースとリスティーブルのミルク。

 その他にも生野菜のサラダやベーコンなどのおかずが俺の目を楽しませる。


「レスカ。この食事って……」

「そ、そうです! 全部、この牧場町で採れたものを使っているんです」


 俺が一言、凄いな、と口にすると先ほどまでの動揺が収まり、逆に自分の町が褒められて、ほんのりと顔を赤くして嬉しそうに微笑む。


「それじゃあ、いただきます」


 これだけ色んな種類の食べ物が食べられ、それでいて騎士としての体を維持するために必要な量も揃っている。

 早速、一口ずつバランス良く食べれば、その味に感動を覚える。


「旨いな。レスカの料理はどれも美味そうだな。こんな豪勢な朝食は初めてだ」

「コータスさんは、大袈裟ですよ。でも、私の料理を食べてそう言ってくれるのは嬉しいです」


 大袈裟ではない。と伝えようとしたが、テーブルに置かれている朝食が俺とレスカで同じだけの量が置かれていることに気が付く。

 それに手を着けるレスカを見て少し不安に思い尋ねる。


「……なぁ、レスカ。少し無理していないか?」

「ほぇっ? 無理ってなんですか?」


 大きな口を開けて幸せそうにバターの塗ったパンを齧りつこうとしたレスカがそのままの体勢で手を止める。


「その……俺と同じ量の食事を食べて大丈夫なのか? 食べ過ぎは、健康に悪いぞ」


 俺は、騎士という仕事をしているために体を動かすことが多いために多く食べる。また、【頑健】の加護による怪我の修復では相応の栄養を必要とし、余剰した栄養は、《養分貯蔵》として体内に蓄えられる。

そのために俺は、俺よりも体格が優れている騎士より食べる。

 そんな俺と同じだけの量を普通の女性は食べるのは無理だと思うと指摘すれば、レスカは、今度は別の意味で顔を赤くする。


「ち、違うぞ! そ、その、この町の多くの人は、牧場の仕事に従事しているんだ! だから、体が資本でみんなよく食べるんだ! そ、それに私は、食べるのが好きでいつもこのくらいの量をたべて……で、でも太っているとかじゃないんだからな!」


 またレスカの口調が変なことになっている。

 パタパタと空いている方の手を振って余計なことを口にしているような気がするが、俺は聞かなかったことにして、落ち着くようにそっち果物のジュースをレスカのコップに注ぎ、飲むように勧める。

 そのコップを受け取り、ゴキュゴキュといい飲みっぷりのレスカは、少し落ち着いたようだ。


「……その、ごめんなさい」

「いや、いい」


 何とも、気まずい雰囲気の中、ちょっとした悪戯心が動き出す。


「……体重とか気にしているのか?」


 ボソッと呟くような言葉に、今度は泣きそうな顔になるので、慌てて否定する。


「冗談だ。レスカは別に太ってない! むしろ、素晴らしい体型だ! ほら、ベーコンと野菜を挟むとうまいぞ」

「ううっ……おいひい」


 俺が涙目のレスカの片手に持っていたバターの塗られたパンの上に重ねるように自分のベーコンと野菜をパンで挟むように乗せる。

 それをレスカに食べるように勧めると大きく口を開けて涙目ながら、美味しそうにもぐもぐしている。

 何と言うか、小動物のリスが頬張るのを見ているような癒された気分になる中で、俺もレスカの用意してくれた朝食に手を着ける。

 香りが漂うパンを口に含めば、日持ちするように考えられた硬くてボソボソする長パンや独特な酸味のする黒パンとは違い、ミルクの香りが強い甘くて柔らかい食感が楽しめる。

 また、焼き立てであるために、バターを塗れば、パンの温かさで自然とバターが溶け、そこにベーコンを挟んで食べる。やや甘めのパンもベーコンの塩気と合わさり、程よい感じになる。

 そして、レスカも大分落ち着いてきたところで普通に会話を始める。


「レスカ。このバターやヨーグルトって……」

「気付きましたか。バターは今日絞り立てのリスティーブルのミルクを金属瓶に入れて分離して作ったんです! ヨーグルトは、三日前に仕込んでおいたもので上手にできていますよね?」


 自信満々に答えるレスカに俺は、相槌を打ちながらそれらをもう一度味わう。

 騎士一筋の人生だったために料理に関しては、野営料理や生物の解体方法とその可食部位、食べられる野草程度の知識しかない俺だが、自家製の乳製品とは凄いのではないか、と思う。


「それは、凄い大変じゃないのか?」

「おいしい物を食べるためです! これくらい平気です」


 キラキラと輝くような視線を俺に向けてくるレスカは、先程のやり取りから相当食事に拘っているようだ。それと質と量を共に。

 だが、今度はその部分は指摘しないと思いながら、ヨーグルトの酸味を味わい、溶き卵に少しのミルクを加えられたスクランブルエッグも美味しく頂く。

 俺とレスカの他に、朝食の場には、オルトロスのペロがおり、食卓のテーブルの下に用意されたオルトロスのペロ用の食事は、平皿にホットミルクと魔獣用の生肉だった。それを左右の頭が器用に食べている。

そんなちょっと量の多い朝食を食べながら、レスカから今日の仕事の説明を受ける。


「コータスさんは、今日が牧場仕事初日ですから、一番簡単な畑を耕すことから初めて貰おうと思います。その間に、私は別の仕事をしていますから」

「畑を耕すことはしたことがないが分かった。すぐに仕事に向かうのか?」

「その前に、やることがあるんです。ちょっと待ってください」


 俺の反応に苦笑いを浮かべたレスカは、小柄な少女に見合わず、それなりに多めの食事をしっかり食べる。


「さっき、コータスが汲んだ水を確かめないといけませんから」


 そう言って、食後のホットミルクで一息着いてからレスカと共に一度、井戸のある家の裏手に金属製のタンクを持って移動する。

 俺は、水を汲んだ巨大な樽を見上げつつ、レスカに尋ねる。


「なぁ、なぜこの巨大な樽に井戸水を貯めているんだ? 一日に使う水の量を蓄える入れ物としては不適切じゃないのか?」


 井戸水を汲んでいる時は、丁度良い鍛錬になると思ったが、客観的に考えれば、毎日の労働として存在する水汲みは、できれば楽をしたい分類の仕事だ。

それなのに、大量の水を高い位置に運ぶのは真逆の行為に思える。


「そうですね。それに関しては、説明してませんでした」


 そう言って、レスカは、巨大樽の下部に付けられた金属製の蛇口の下にタンクを置いて、蛇口を捻る。

 俺は、自分が注いだ水が蛇口から流れると思っていたが、その予想は裏切られることになる。


「はぁ? なんだ、それは」


 蛇口からにゅっと押し出されるように溢れる透明なゼリー状の物体。

 蛇口と繋がるそれは、革袋のように膨らみ、自重で耐え切れなくなると、タンクの中に落ちる。落ちたゼリー状の物体は、そのまま粘性を失い、ばしゃっとタンクの中に溜まっていく。

 少しずつ出てくるゼリー状になった水を見つめる俺に対して、レスカは笑顔で振り返り、タンクに水が溜まるのを待ちながら説明してくれる。


「この巨大な樽は、二重底になっていて下の底にはピュアスライムって魔物が入っているんです」

「……ピュアスライム?」

「そう、汚れや不純物を消化して、真水だけを体に溜め込む性質のあるスライムなんです」

「じゃあ、このゼリー状の物体は……」

「ゼリー状の物体が、ピュアスライムの一部。こうして重さで千切れた部分は、安全な真水になるって原理なんです」


 大体が、料理の水は、このピュアスライムの浄化水を使っているそうだ。


「実際に飲んでみれば、井戸水との違いが分かると思うんですけど、飲みます?」

「貰おう」


 俺は、蛇口から出ているゼリー状の水の下に手で器を作り、水を受け止め、そのまま口元に持っていく。

 ごくごく、と喉を鳴らしながら飲む浄化水は、冷えてはいないが爽やかな喉越しを覚える。


「こう、月並みの言葉しか出ないが、うまいな。激しい鍛錬の後で飲んだ水以外で美味しい水というのは、珍しい気がする」


 野営の訓練で山の中で見つけた水源の水とはまた違った美味しさがある。そして、俺の言葉にピュアスライムが褒められたことが、自分が褒められた以上に嬉しいのが非常に饒舌になる。


「おいしいですよね! だけど、美味しいだけじゃないんです! 確かにピュアスライムは弱い魔物ですけど、餌は水に含まれる汚れや不純物だし、たまに蓋を開けて日光浴させるだけで管理が簡単なんです! だから、凄い衛生的なんですよ!」


 力説するレスカの言葉に俺は、ふむふむ、と相槌を打つ。

体の殆どが純粋な水で構築されている魔物を使った浄水装置として発想は、俺としても珍しい物に思えた。


「欠点としては、あまり汚れ過ぎた水を与えると、ピュアスライムがその汚れを食べて別種のスライムに進化する可能性があることと、井戸水を高い場所に運ぶ労力が大変なんです」

「そうか。まぁ、そうだよなぁ。高い場所に水を運ぶ労力と水を煮沸する薪代を比べると、ピュアスライムの浄水装置を使うか」

「うちは薪代わりにコマタンゴの切り落とした手足を乾燥させたものを使いますから薪代はあまり掛かりませんね」


 食べられて、増殖されて、手足を切り落とされて出荷させられる小さいキノコの魔物の姿を思い浮かべ、彼らの不遇に更に燃やされるが追加され、少しだけ彼らに優しくできるような気がした。


「まぁ、安全な水って貴重だよな」


 騎士や冒険者としての知識は一応あるために、行軍時の給水の重要性や限られた場所でも飲料水の確保方法は知っているが、それに比べるまでも無く安全性は高い。


「そうですね。それに、ピュアスライムが生きている限り水の鮮度は保たれます。料理に使ってもいいですし、お酒造りにも使えます、薬屋さんでお薬を作る時にも使われるんです。私の他にもピュアスライムの浄水装置の水を配達する仕事は、この牧場町の一般的な副次収入なんです。私の場合は、薬屋さんにタンク一つを運ぶ契約を結んでいるんですよ」

「そうなのか」

「だから、自分で使う分も含めて三日に一度くらいは満タンにしないといけないんです」


 と苦笑いしながら、ぽんぽんと巨大樽を叩くレスカは、樽の反響する水音に違和感を覚える。

 そして、怪訝そうな顔をして巨大樽の注ぎ口まで駆け上がり中を覗くと目を見開く。


「コココ、コータスさん! まさか、あの量を一人で!?」

「ああ、いい鍛錬になった。ただ毎日の必要がないのはちょっと残念だ」


 俺が答えると、バタバタと巨大樽の周りに組まれた足場を駆け下りて、俺の両手を握り締めるレスカ。


「コータスさん、凄いです!」

「そ、そうか?」

「これだけの水があれば、いつもは水の量を気にして作れなかったパスタとか作れます!」


 握られる手の柔らかさを感じながら、自分の体の鍛錬になり、更にレスカに喜んでもらえたなら良かったと思う。

 だが、君はまたご飯の事か……内心、苦笑する。


「むぅ、コータスさん。今、変なこと考えなかった?」

「なにも考えてないが」


 一瞬、俺の考えが読まれたのかと思ったが、表情は動いていないはずだ。

 レスカは、まあいいです、と深く追求しないために内心で安堵したが、レスカの次の言葉に俺は、一瞬理解できずに、上擦った声を上げる。


「そのですね。コータスさんは、私のところに来る気はありませんか!」

「はい?」

「そ、その深い意味はありませんよ! 勘違いしないでください! 私の牧場に就職しませんかってお誘いです!」


 自分の言葉が勘違いされる要素があることに気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てて言葉にするが、その慌てた姿に、またもや可愛いな、と思い頭を自然と撫でる。


「……な、何で撫でる!?」

「すまない。つい……」

「ついってなんだ! ついって!」


 俺の突拍子もない行動に怒ったレスカだが、その怒りも長く続かず、何度も深呼吸を繰り返して落ち着いたところで改めて俺への就職の話を切り出す。



「騎士としての身体能力や戦闘能力も高い! 怪我してもすぐに治る牧場向きの加護! それに、こうした仕事を楽しんでくれる精神! 私の説明に嫌な顔をしない魔物牧場への理解!」


 最後の理由は、理由になっているのか? と内心首を傾げながら、レスカの話を聞いている。

 そして――


「コータスさんがよければ、一緒にこの私の魔物牧場を発展させませんか!」

「いや、しないから――」


 俺は、反射的に断ってしまい、全く迷いがない俺の言葉にレスカが肩を落とす。

 その余りの落胆ぶりに、慌ててきちんとした理由を説明する。


「国に所属する騎士が新しい仕事に誘われたからってホイホイと職務を放り出すことはできないんだよ」

「あ、あははっ、そうですね。ごめんなさい、なんか一人で興奮しちゃいました」


 乾いた笑いを浮かべるレスカ。


「だけど、この牧場町に左遷された騎士として牧場の手伝いをすることはできる。それにレスカの魔物の話は面白いから俺は好きだ」

「……っ!? い、今更褒めても、遅いんですからね!」


 慰めようという思いもあるが、偽りのない俺の本心を伝えたはずなのだが、レスカに怒られた。


「……でも、ありがとうございます」


 レスカの小さな呟きに俺は、とりあえず、無言を貫く。

 正直、左遷された騎士の将来に展望がないために、惜しいことをしたかもという気持ちが湧いてくる。

 だが、俺のような国に所属する騎士が辞める場合には、相応の理由による除隊、もしくは各部署への根回しが必要になってくる。

 町の衛兵程度なら、その辺はルーズなのだが、流石に新米といえども騎士だと厳しい。

 万が一に、戦争が起きて敵国から仕事の勧誘と言う名の引き抜きを受けたので辞めますでは、国の騎士としての機能が働かない。

 まぁ、左遷されるような騎士は、割と辞めて貰いたいから左遷する訳だから、申請すれば通りそうだな、と思ってしまう。

 ピュアスライムの浄化水が金属タンクに溜まり俺は、それをリヤカーに乗せていくレスカを手伝う。


「まずは、コータスさんに耕してもらう畑を案内したら、私は、薬屋さんにこの水を配達してきますね」

「ああ、頼んだ」

「それじゃあ、行きましょう」

『『――ワァン!』』


 双頭の魔犬の頭が同時に吼え、中型犬のオルトロスがリアカーを引き、その横にレスカと一緒に歩いている。


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