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のどかな風が駆け抜ける平原をガタゴトと音を立てながら一台の荷馬車が車輪によって踏み固められた道を進んでいる。
その荷台の後ろに――
「……うっぷ。気持ち悪っ」
「はははっ、まぁ誰だって揺れる荷馬車で寝ていれば、酔いもするさ」
俺は、揺れる荷馬車の荷台に横になっていた。
荷物を載せた荷馬車の隙間に入り込むようにして寝ていた俺は、体を起こして、御者を務める男に返事をする。
「それなら少しは揺れないように気をつけてくれ」
「無理だな。元々、道が石だらけで踏んだら揺れる」
ガハハッと笑いながら荷馬車を操る中年男の笑い声を聞いて、寝起きで痛む頭を押さえる。
揺れる荷馬車による乗り物酔いと寝起きと軽い脱水症状の気持ち悪さに眉間に皺を寄せ、それを紛らわすために、俺は荷物から革袋と取り出して温くなった水を煽れば、少しだけ気分が落ち着く。
「はぁ~、落ち着いた。……はぁ」
最初の吐息とは全く違う種類の息の吐き出し方をした俺が気になったのか、御者の男性が俺に話しかけてくる。
「なんだい、目付きの悪い兄ちゃん。辛気臭い溜息吐いて余計に怖い顔して」
「俺ってそんなに感じに見えるか?」
「そりゃ、人を睨み殺せそうな感じだぞ。まぁ俺っちは商人だ。人は見かけで判断しねぇよ。気分を晴らすために吐き出しちまえ! 言葉も胃の中身も」
「何だよ。それ……まぁ、聞いて貰うか」
男性の言葉に促されて、自分の事情を語る気になったが、だが何から話していいか分からずにしばらく無言になる。
そして、頭の中で話す内容を組み立て、俺は、御者の男性に背を向けたまま語り始める。
「俺の親父が騎士団の魔法剣士をやってるんだよ」
「ほぉ、そうなのか。そうなると結構、いいとこの坊ちゃんなのか?」
「冒険者上がりの名誉貴族って奴だ。一代限りの貴族なんだよ。だから俺は、普通の平民なわけだ」
この国の騎士団。その中でも魔法と剣の両方を一定水準以上扱える人間は、貴族平民問わず、一定の地位を与えられる所謂、精鋭集団と言える。
「ほぅ、そうなると自分の将来のことは自分で決めねぇといけないよな」
「そうなんだ。小さい頃は、親父やその仲間から冒険者の技能とか剣の扱い方とか教えられたけど……才能が、【加護】が、絶望的に戦いに向いてないんだよ」
俺は、自分で言いながら自分の言葉に軽く傷つき、深い溜息を吐き出す。
「ほぅ、珍しいなぁ。親子で才能の違いが大いにあるが、【加護】は遺伝し易いって聞いたが?」
「俺は、養子なんだよ。だから、親父とは血の繋がりもないんだよ。それに、俺の加護は、体が頑丈になるだけなんだよ」
はぁ、と大きな溜息を吐き出して、一度口を閉ざす。
体が頑丈になる、と端的に言ったが、厳密には違う。
それでも他の人間から見たら、体が頑丈なだけで何になる、という評価が下された。
この世界は、全ての人種に神から【加護】が授けられる。
【加護】とは、その人間の資質であり、才能であり、特殊技能であり、役割であったり色々だ。
そして、【加護】は、一人の人間につき、一つから三つ授けられる。
俺の義父の場合には、【剣術】と【炎術】の二つの加護を持っており、一つから三つの加護が授けられると言っても複数の加護を持つ人間は圧倒的に少ない。
そんな偉大な精鋭騎士の養父に対する養子の俺が持つ加護は、一つだけだ。
それもとても地味で分かりにくい加護だ。
「なんだ? 偉大な親父さんと比較されて嫌気でも差したのか?」
「いや、親父は、偉大だけど嫌いじゃないさ。まぁ、気になる悪癖とかはあるけどな」
「けど、お前さん自身平民なら、親父さんと関係なく自由に生きればどうだ? 冒険者なんかは手っ取り早いぞ! なんせ目付きが悪いんだ! そこいらのゴロツキも絡まねぇだろ!」
そう言って笑う御者の男に対して、俺は引き攣った笑みを浮かべる。
一応、この目付きの悪さで苦労したこともあるし、自然にしているつもりなのに、生意気だ、と思われて嫌がらせも受けた。
「さっきも言った通り、才能がないし、【加護】も絶望的に向いてない。不安定な冒険者をやるよりも安定した給料の貰える騎士を選んださ」
「ほぉ、若いのに安定した生活を選ぶのも大したものだが、ちゃんと騎士になれたのも凄いじゃないか」
「まぁ、一応は騎士になれたんだけどな――」
俺は、御者の男に愚痴を吐き出した。
「さっきも言ったけど、冒険者上がりの精鋭騎士の義理の息子の俺が騎士をやるのが気に入らない連中もいるわけだ」
言っていて悲しくなるが、実力で入団したつもりだが、そうとは捉えない連中もいるし、自分でももしかしたら、養父のコネで押し込まれたようにさえ思えてくる。
まぁ、養父は冒険者上がりの叩き上げだから、身内だからって中途半端な実力の者を騎士団に押し込むなんてことはしないはずだ。
一応は、騎士の入団条件には達していると思う。
「ほう、それで挑発を受けて貴族騎士でも殴ったとかか? それとも決闘か?」
片方の眉を上げて面白そうに聞き返してくる男に、俺が苦笑いを浮かべながらどちらも否定する。
「そんな根性ある奴らだったら嫉妬する前に訓練してる」
そう、俺は直接のトラブルは起こしていない。
「親の権力だとかその親がしゃしゃり出て、俺は、この先の町に派遣されたんだ」
まぁ、派遣先の町が辺境にあり、出世街道から外れるために、騎士人生の墓場と呼ばれているらしいのは噂で知っている。
「ああ、あの町に行くからこの馬車に乗って来たのか」
「そうだ。だから、ホトボリが冷めるまで左遷ってことにして逃げた。だから、状況が冷めるまで居座らせてもらうわ」
「かかかっ! 確かに、こんな辺境の田舎町なんて騎士として武功を上げたい奴らにとっては墓場みたいなもんだけど、面倒な貴族の相手をするよりずっと賢いし、達観しているな」
大笑いを浮かべる御者の男だが、ふっと笑い声が消えたので、俺は、不思議に思い背中を向けていた男の方に顔を向ける。
「まぁ、あの町はちょっと特別っぽい場所だけど、兄ちゃんならやっていけるかもな」
「特別?」
俺は、これから向かう町に対して、騎士の墓場という情報以外に情報を持っていないために少しでも情報が欲しくて尋ねる。
「まぁ、対外的には辺境の町だけど、あの町にしか扱っていない商品とかがあるから悪い町じゃねぇよ! 最悪、そのまま住みついちまえばいいぞ! 兄ちゃんは若いから労働力になる」
「特産品でもあるのか。なら、ちょっとは期待だな、ありがとうな」
その時は、深く考えずに御者の男の話を受け止め、悪い意味じゃないことに安心感を覚えながら、荷馬車に揺られる。
人と話していたことで酔いも少し落ち着き、しばらく馬車の荷台から外を眺めていた俺は、丘を一つ越えたところで町を目にする。
「あそこが俺の左遷先か……広さは、王都並じゃないか」
辺境の町が眼前に広がっていた。
小高い丘から見渡す範囲全てが町の範囲を示すように木製の囲いがなされている。
町の向こう側に広がる平原を隔てて魔物が住む【魔の森】が広がっているのを見て、魔物が出没する町にこれほどの規模で更に頑丈な城壁がないことが信じられない。
「それより、これはほんとに町なのか」
町中には、街路樹とは思えない緑の密集地が存在しており、その部分だけ魔の森が生まれているように見える。
町の建物は、魔の森から採れる良質な木材の木造建築がなされている他、通常の町よりも各家の間が大きめに取られ、町外れには何件もの風車塔が風を受けて回っている。
「なんか、変な町だな。もっと、小さくて纏まっている町かと思っていた」
辺境の町なのだから、もう少し人口を密集させて魔物からの防衛し易くするべきだろう、と考える俺に対して、御者の男が笑って答えた。
「そうさ。さっきも言った通り、この町にしか扱っていない商品、ってのは魔物関係のものさ。なんせここは――魔物牧場の町だからな」
「魔物牧場の町……」
俺は呟き、遠くに見える柵の内側にいる生き物を見ると普通の家畜とは違うように見える。
「下手な人間より畜産魔物の方がいい暮らしをしている町なのさ。ほら、空いているスペースは大体がその畜産魔物たちの場所だったりするんだ」
「でも何でここに魔物牧場を?」
「理由かぁ……理由は、調教した畜産魔物は、有事の時に単純な戦力になるとか、魔の森から魔物を簡単に引っ張って飼育することができる。他にも、魔物に忌避感を抱く人から遠ざけるために辺境にできたとか所説色々だ」
「そうなのか」
ここに来て、やっと俺は、辺境の町のことについて教わることができた。
牧場町としての拡張性を重視したのか、外壁はなく、木材で作られた簡易の柵が周囲を囲い、荷馬車は、町の出入りを見張る門の方に向かっていく。
荷馬車は、辺境の牧場町の自警団が門番を務める門を抜けて、町中に入り込み、宿屋の前で止まる。
「ほら、兄ちゃん着いたぞ」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
「俺は、これから宿屋に酒やらなんか引き渡して、別の商品詰め込んでこの町を離れちまうけど、頑張れよ」
御者を務めていた行商人の男は、笑いながら宿屋に入っていくのを見送り、俺も自分に荷物を担ぎ上げて、メモを片手にこの町にある騎士団の駐在所を探す。