不幸な人魚(7)
また、あるときにはこんなことを聞いた。
「ねえ、鞠子お姉様」
「なあに、桃ちゃん」
「わたくし、また気になることがあるのです」
「ええ。どうぞ。気の済むまで話してご覧なさい。答えられるものなら何だって答えてあげるわ。だって、私達の間柄ですものね」
鞠子お姉様は決まって、そう言うと、くらりと魅惑的な眼差しをわたくしにくれた。
「鞠子お姉様はお母様に会いたいと思ったことはありませんか。わたくしはあります。お勉強をしているとき。授業で先生にあてられたとき。お風呂に入るとき。眠る前に洋灯を消して、窓の外に浮かぶ星の瞬きを目にしたとき。ふと、お母様がどうして、わたくしをこんな目に遭わせたのか、それを聞かずにこの先死んでいくのは耐えられないとまで思うことがあるのです。お母様が今、どんなお気持ちで、どんな暮らしをしているか、知りたくてたまらないときが、無性に、あるのです」
「桃ちゃんは本当にかわいそうな子よね。私とは比べ物にならないくらい。でも、私は桃ちゃんみたいに思ったことはないの。お母様という存在が、私の中ではあまりにぼんやりとしていて、はっきりと形を成さないものだから、生きているのか死んでいるのかなんてことにも、興味が湧いた試しがないの。今頃、お母様がどうしているかなんて、桃ちゃんに聞かれて、初めて考えたくらいよ」
こんな風に質問を繰り返していくうちに、鞠子お姉様とわたくしとの間には、母親に対する考えに、ずいぶん隔たりがあることに気付いた。たとえ、わたくしが彼女の義理の従妹であると告げたとしても、彼女の心に一センチの波を起こすこともできやしなかったのではあるまいか、とさえ思うほどであった。
「私と桃ちゃんは同じ人魚なのに、驚くぐらいに考え方が違うのね。それはまあ、似て非なる生いだちのせいでしょうけれど、それにしても、こんなに違うと面白いわ。そんな風に考えることもできるのねって、いつも驚いてしまうの」
「わたくしもです」
「私、もっと、お母様のことについてお話がしたいわ。桃ちゃんと話していると、何だかお母様のことを想い出せそうな気がするんですもの」
鞠子お姉様は上品そうに口元に手を当て、笑みを零した。
鞠子お姉様とは他の話をすることもあったが、わたくしたちの間で交わされるのは専ら、お母様のことに関するものであった。
わたくしは、これがどういうことか、初めのうちは気付いていなかった。
何故なら、わたくしから始めたともいえる、この話題は、わたくしが鞠子お姉様への関心を膨らます尤もたる要素であり、かつ、二人の仲を縮めるには最適な話題であると思えて、たびたび口にしたものであったからだった。
つまり、わたくしは、あくまで、母親という話題から鞠子お姉様の人柄を探ろうと試み、彼女との結びつきを強めようと考えて、この話題を好んで口にし、話題の主導者として、ときに横暴に振る舞っていたつもりであった。
だが、それが、あるときから、話を先行しているのがわたくしではなく、鞠子お姉様ではなかろうかと錯覚する、不可思議な事態が、起こり始めた。