不幸な人魚(6)
そのようにして、ひらり、ひらりと鞠子お姉様の質問を交わしながら、しかし、わたくし自身は隙あらば鞠子お姉様への質問を重ね続けた。
母と生き別れて過ごした彼女が何を考えているのか、わたくしは気になって仕方がなかった。
「鞠子お姉様」
「何、桃ちゃん」
わたくしが問うと、決まって、鞠子お姉様は微笑んだ。
「わたくし、お姉様に聞きたいことがあるのです」
「ええ。どうぞ。気の済むまで話して御覧なさい。答えられるものなら何だって答えてあげるわ。だって、私達の間柄ですものね」
わたくしが鞠子お姉様の質問を交わす際のそっけない口ぶりとは正反対に、鞠子お姉様は優しかった。
「それでは、お聞きしますが、鞠子お姉様はお母様がいなくなったときのことを覚えていらっしゃいますか」
「お母様がいなくなったとき、私は二つか、三つだったらしいわ。らしい、というのは、つまり、私はそれを覚えていないということ。何かにしがみついていたような記憶は、私の記憶の底にうっすらと、膜を張ったみたいにあるのだけれど、私が頑なに離そうとしなかったものの正体が母親なのか、大きな丸太棒なのかは、生憎、見当がつかないわ」
「わたくしは、わたくしは……、お母様が出て行った日のことをはっきりと覚えています。それに、母のいない寂しさから、辺りを夢遊病者のごとく彷徨う夢を、今でもたまに見るのです」
「辛い子供時代を過ごしてきたのね。私とは比べ物にならないくらいよ」
「鞠子お姉様は、お母様がいない日々を、一体、どう過ごされたのですか」
「……私は桃ちゃんとは違って、特別、寂しいという気持ちはないの。本当よ。お母様はいなかったけれど、母親役になってくれた乳母や女中はたくさんいたし、お父様がずいぶんと可愛がって下さったから。寂しい、恋しい、という感情が胸に湧くことはなかったけれど……、でも、そうねえ。羨ましい……という気持ちなら、私の胸にもあったかしら」
「羨ましい、ですか」
「ええ。母親役をやってくれた女中をお母様とは呼べないでしょう。お母様って言葉の響きがとても素敵よね。私にはそれを人前で呼ぶ機会を与えられていないんですもの。だから、お母様、お母様って容易く呼べるような子達が羨ましかったの。あの甘美な響きの五音をいつ、どんなときでも口にして許される自由を得ているなんて、とても恵まれたことだと思わない?」
わたくしは、“お母様”という言葉を砂糖漬けのレモンを舐めるような顔をして、何度も口にする鞠子お姉様の横顔を、「ええ」と頷いて、見つめていた。