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少女倶楽部(仮)  作者: 藤堂みちる
< 大椛桃花の場合 >
5/9

不幸な人魚(5)


 わたくしの道のりは、人から見れば平坦なものであるが、わたくしが後ろを振り返れば道いっぱいに砂利が敷かれた、大変に歩き辛いそれであった。


 無事に社交倶楽部への入会を果たしたわたくしであったが、好機の眼差しはどこを歩いてもついてまわった。それを庇ってくれたのは、鞠子お姉様であった。


「桃ちゃん」


 鞠子お姉様はわたくしのことを、親しみをこめてそう呼んだ。嬉しかった。鞠子お姉様にそう呼ばれると、胸の辺りが花を挿したみたいに、可憐なときめきで弾んだ。


「ねえ、桃ちゃん。今週の金曜日に集まりがあるから、忘れないでね」

「はい。鞠子お姉様」


 さて、社交倶楽部の一員となったわたくしは、放課後に行われる集まりに参加することを許されていた。といっても、この集まりというのは、言い方は悪いが、端的に述べればただの身内同士の雑談であった。それも、イギリス製の紅茶や舌の上でとろけるようなチョコレイトなどが振る舞われる、お洒落で、モダンな雰囲気の、ハイグレードな乙女のための会合であった。そこでは、その週に起った色々な出来事を共有し、思い思いに意見を交わし、互いの心情を確かめ合った。

 

 わたくしはその集まりの中において、ぱっと見た限り、ただ一人の平凡な少女だった。まるで、羊の群れに紛れ込んだ醜い一匹の子ヤギのように、見た目からして異質であった。だが、特別な容姿も才能も能力も持たず、わたくしは鞠子お姉様のお傍にいたいがためだけに、その集まりに何べんも顔を出した。


 このわたくしを、けれど社交倶楽部の人々は容姿だけでなく心根もまたお優しいと見えて、初めから終わりまで、ぞんざいに扱うことはしなかった。そのせいで、わたくしはまた、気をよくして、己が場にそぐわぬ人間であることを忘れ、集まりに没頭することとなった。


 鞠子お姉様はつまるところ、わたくしが思い描いていたような女性であった。わたくしは社交倶楽部へ入った後も、わたくしの出自をこと細かに明かすことはしなかった。目の前の鞠子お姉様が義理の従妹であるということは、どれほど、彼女への思いが募ろうと、おくびにも出さなかった。


 わたくしは、臆病なのだ。鞠子お姉様にお会いしたい気持ちから、とうとうこんなところにまで図々しく入り込んでしまったが、わたくしは元来、気の弱い女である。そもそも、鞠子お姉様が伯母様のことをどう思っているかも知らぬのに、わたくしが明かしたところで、全てが幸に転ぶと言い張れるほど、天真爛漫な向こう見ずさもなかった。


 もちろん、わたくしの中に、わたくしと鞠子お姉様の縁がもたらす安堵感は疑いようのない事実として、そこにあった。当初は、そのつたない安堵感こそが、わたくしと鞠子お姉様を繋ぐ、この世に残されたたった一つの証として、大事に胸にしたためながら、いつの日か、それを鞠子お姉様の眼前に提示さえすれば、彼女がわたくしを無条件に受け入れてくれるのではないか、という愚かな夢を見たことも、確かに、あった。しかし、今は違う。既に鞠子お姉様との仲睦まじい関係を構築している最中だというのに、みすみすそれを揺らがせることなど、今のわたくしには、到底、考えられなかった。


 だが、鞠子お姉様はたびたび、わたくしが何者であるかを聞きたがった。同じ人魚であるという口実をうまく使って、鞠子お姉様は、わたくしから情報を引き出そうとした。そのつど、わたくしは少し小首を傾げて、困った顔を作り、「……そのことについては、あまり話したくないのです」と言うのだった。鞠子お姉様が困ったような、けれど悲しそうに大きな瞳を伏せて「……話したくなかったら、いいのよ」と紡ぐ姿が、何とも、恨めしく、痛々しく見えて、わたくしはわたくしを呪うしかなかった。


 入会審査の際に、わたくしは自分の言葉で生き方を学びたいと語ったはずであったが、今の状況はちっともそれにそぐわぬものであった。


 そのことが、事実、わたくしを苛んだ。

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