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少女倶楽部(仮)  作者: 藤堂みちる
< 大椛桃花の場合 >
4/9

不幸な人魚(4)


「……っ……」


 わたくしの目から涙の粒が零れ落ちようかという瞬間、わたくしは自分の右手をその瞳に近付け、タイミングよく、隠し持っていた一粒の真珠とすり替えた。失敗は決して許されなかった。あの日から、毎夜、何度も、繰り返し練習したのだ。幸い、奇術の類に関心を抱いていたわたくしは無事にこれをやってのけた。


「これがわたくしの涙です。まごうことなき、この真珠の涙こそ、わたくしが鞠子お姉様と同じく人魚であるという証です」


 鞠子お姉様はわたくしから真珠を受け取ると、しげしげと眺めた末に『なるほど』と言って、頬を弛ませた。


「面白い方ね。私のように面白い方。それに度胸と勇気もおありになる。ええ、確かにあなたが人魚であるという告白はこの私が聞き届けたわ」

「それでは」

「いいえ、まだよ。人魚の同胞であるらしいあなたに三つほど、質問をさせて欲しいの」


 高揚感に包まれたわたくしを見えない手で、とん、と軽く突き放し、鞠子お姉様は再び距離を取った。


「……構いません」


 わたくしが頷くと、鞠子お姉様は微笑んだ。


「一つ目の質問は、あなたが私の問いにノーと答えた理由よ。私、覚えていてよ。ええ、忘れるものですか。あの日、生きた人形を見たことがあるかと聞いたのに、あなたはそれに首を振ったわね。皆の前で、はっきりと、いいえと答えてくれたわ。あなたが人魚であるなら、どうしてあの場で正直に答えてくれなかったのかしら」


 鞠子お姉様はそう話しながら、時折、拗ねたような声音をうまく喉元から出して、さも自分が仲間外れにされたかのように冗談めかした口調のまま、真に迫ってみせた。


 わたくしはあの日のことを滲んだ記憶のうわばみから救い上げると、咄嗟にそれらしい理由を思い浮かべた。


「……わたくしは、人魚であるという身分を普通の人に話したくありませんでした」


 後付けの、しかも即席で作られた理由でありながら、わたくしのこの言葉はわたくし自身をも大いに納得させた。代わりに鞠子お姉様が小鳩のように小首を傾げる。


「二つ目の質問。それはどうして」

「わたくしの……わたくしの母が、人魚ではありませんでしたから。人魚ではない母が、人魚である私と父を見捨てたことを思い出したくなかったのです。人間に話すと、それを思い出してしまうようで、嫌だったのです」


 鞠子お姉様ははっとしたような顔をして、すぐにそれを引っ込めると、穏やかで心優しさを含ませる笑みを浮かべた。


「……いいわ。最後の質問よ。どうして、社交倶楽部に入会したいと思うの」


 一、二の質問に比べて、三つ目の質問はあまりに簡単なものだった。それ故、細心の注意を払って答える必要があった。鞠子お姉様と親しい間柄になりたいという俗世に塗れた画一的な欲望は、恐らく、口にした瞬間、鞠子お姉様を失望させ、この審査をたちどころに終わらせてしまう気がした。


「わたくしは人魚の同胞に会いにきたのです。似た年頃の同胞の人魚に会い、わたくし自身の価値を見出すため、または、これまでの生き方を学び、今後の生き方を指南して貰うために……そのために、同じ人魚が属するという社交倶楽部に入りたかったのです」


 わたくしが平然を装い、言ってのけた答えは、鞠子お姉様の眼光を真正面から受けるに値するものだった。


「へえ。本当に面白い方ね。今の話に嘘偽りはないと神に誓えるかしら。お母様は今もいらっしゃらないの」

「はい。人間である母は、人魚のわたくし達を受け入れられずに出て行ってしまいましたから」

「かわいそうに。さぞ寂しかったでしょうね。実は私も桃子さんと似たような境遇にあるの。だから、あなたのお気持ち、分かる気がするわ。……同じ人魚である者同士、これから仲良くいたしましょう」


 鞠子お姉様の聖母のごとき同情の眼差しに見つめられたこの瞬間、わたくしは晴れて、社交倶楽部の一員となった。


 一連のことを日記に書こうとすると、どうしても陳腐な物語となってしまうのはいたしかたのないことだろう。しかし、かくして、平凡なわたくしは、持ち前の諦めの悪さと粘り強さを発揮し、どうにか社交倶楽部という第二の門をくぐり抜けることができたのだった。

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