不幸な人魚(3)
「それで、あなたが一番目なのね」
「……はい。どうやら」
わたくしは柔和に微笑む鞠子お姉様とは対照的に、神妙な顔をして、頷いた。呼び出された場所は校舎から西に外れたところにぽつんとある、裏庭の一角にあった。人の目には目立たぬ場でありながら、丁寧に手入れの行き届いた花壇の脇で、わたくしにとっては二度目となる鞠子お姉様との逢瀬が始まった。向かい合う彼女はわたくしのことを、やはり、何一つ知らないようだった。今は、まだ。
「倶楽部説明のときにはあんなに集まって、私の話を熱心に聞いていたというのに、こうして私の元へやってきたのは、あなた一人だなんて悲しいわ。でも、あなた一人が来てくれただけでも喜ぶべきかしら。自己紹介をしてくれてもいいのよ」
「わたくし……、わたくし、一年一組の大椛桃子と申します」
「初々しいこと。私にもあなたみたいなときがあったことを想い出すわ。今ではずいぶん遠いことのように思えるけれど」
鞠子お姉様は目には見えない愛おしいものを見るように長い睫毛を、一度、ゆっくりと瞬かせた。
「たった二年、いいえ、三年前のことなのよね。時が過ぎるのは恐ろしいものだと身をもって感じるわ。右も左も分からぬ一年生であったのが、まるで昨日のことのようよ。懐かしいわね。あなたもきっとすぐにそうなるわ。……さて、本題に入りましょう。私達の社交倶楽部に入りたいと願い出る子は毎年数多くいるけれど、実際に倶楽部への入会を認められるような子は、数人と満たないの。入会方法はよく説明したでしょう。私を含めた部員の許しをたった一人でも得ればいいのよ。私のところへ説明を聞きに来る子は多いけれど、聞いた後で私の許しを得ようと願う子は、残念ながら、ほとんどいやしないわ。かぐや姫へ求婚する話は知っているでしょう。わたくしの課題はどうもそれに似ているらしいの。ええ、勿論、不本意なことよ。それでも、あなた、私のところへわざわざいらっしゃるなんて、よほど勇気がおありになるのね。……聞かせて貰おうじゃないの。私が人魚である証拠を掴んだのか、はたまた、あなた自身が人魚であると言うのか」
「わたくしは、人魚です」
臆せず言えたつもりだったが、鞠子お姉様の瞳の奥で、ぎろり、と怪しく鋭い何かが光った。
「……その証拠は」
ここで逃げ出してはせっかく準備したことが泡になってしまう。わたくしは入念に、これから披露することを頭の中で一つずつ順におさらいしながら、しれっとした表情を顔に張り付けて、この日のために昨晩、暗記した台詞を述べた。
「人魚の涙は真珠になるという話をご存知ですか。わたくしは悲しいことがあると、真珠となってこの両目から流れ落ちるのです。幼い頃より、そうなのです。父も伯父も伯母も、海で生まれた人魚の血をひく稀有な一族ですから。今からそれをお見せします」
わたくしは深呼吸をして目を瞑り、お母様がいなくなったときのことを想い出そうとした。それはわたくしが五つか、六つの頃のことだった。お母様はわたくしを置き去りにして、ある日忽然といなくなった。全ては(家系にかけられた呪いでも何でもなく)お父様の女癖の悪さが要因だと今なら分かるが、幼いわたくしは置いていかれたお父様のことをとにかく不憫に思い、お母様のことなど二度と会えなくても良いとばかりに気丈に振る舞った。当然ながら、そんな振る舞いは子供の浅はかな知恵をまわした行動に過ぎず、わたくしの心にはお母様を恋い慕う気持ちが脆いウエハースを積み上げるように重なっていった。今もまだ、わたくしの心には腐ったウエハースの塔が斜めに積み上げられている。わたくしは、渾身の力を振り絞って、体中から涙の素を掻き集めた。




