不幸な人魚(2)
わたくしは自分がこの入会資格を得るほど、何かに特別秀でた人間だとは思えなかった。この学院に通っている以上、世間から見れば、それなりの資産を有する家の出の娘とはいえ、大企業の社長令嬢や長者番付にのるような有名資産家の娘、はたまた旧家の家柄という立派な同級生達の中にあって、わたくしはただの模範的な学生であった。容姿でさえ、際立って美しいということはなく、どこまでも平均的な顔立ちに生まれついていた。運動神経だって、決して悪いとはいえないが、飛び抜けて良いということもない。
全てが平凡かそれ以下である、わたくしのような者が、やんごとなき社交倶楽部への入会を本気で志すなど、一笑に付されるべきところだが、このように残酷な現実を前にしても、わたくしには社交倶楽部への入会を容易に諦めきれぬ事情があった。
発端は、昨年のうららかな春のことだ。父の兄である悟さとる伯父様が二度目の結婚をした。まるで何かの呪いのように、父も、伯父様も、妻の座が長く務まる女性には恵まれなかった。
伯父様のお相手となる女性は、大層美しい人だったが、彼女には前夫との間に一人の子供を産んでいた。わたくしにとって、形式上、従妹と呼べるその子供は前夫に引き取られたそうで、とうとう一度も顔を合わせることなく、伯父様と伯母様は夫婦となった。
わたくしは血の繋がりのない、まだ見ぬ新しい従妹の姿を、伯母様からたった一度だけ、荷物整理を手伝ったときに見せて貰った。銀に縁どられた写真立てに飾られた、たった一枚の写真の中に、その方は同じ人間とは思えぬほど、麗しく微笑んでいた。美しかった。声を出すことも、瞬きすることも忘れて、写真を焦がしかねぬ視線の熱さでひたすら見つめ続けた。聞けば、伯母様は彼女が言葉を喋るか喋らないかのうちに家を離れ、それからずっと会っていないのだという。娘の成長をたった一枚の写真でしか知らぬ伯母様は、「前の夫にぞっとするほど似たのよ」と悲しそうに笑い、それから、すぐにわたくしの手から写真立てを取り上げてしまわれると、押し入れの奥にしまわれてしまった。伯母様の頭の中には今も、その美しい一人娘のことが脳裏から離れぬようだったが、その写真を目にしてからというもの、わたくしもまた、己の脳裏に残像として映る美しい彼女の姿に四六時中悩まされることとなった。
伯母様の娘の名が“鞠子”《まりこ》だと知る頃には、彼女が通う私立の名門女学院を突き止め、わたくしは今年の春に新入生として、素知らぬ顔で門をくぐった。
群衆の群れに、憧れのあの人の姿を見つけたときの興奮ほど胸が高鳴る経験は、この先二度と味わえぬだろう。写真で笑う姿よりも少し大人びた色白な鞠子お姉様の姿は、紺色のワンピースのごとき可憐な制服のスカートを揺らす女学生達の中にあって、ただ一人、目立っていた。わたくしは入学して、初めて、鞠子お姉様が社交倶楽部の一員であり、また、部長であることを知った。
鞠子お姉様が社交倶楽部を取り仕切る部長であったとしても、わたくし達を遮る壁は実に大きくそびえ立っていたが、彼女が得ている肩書きのせいで、わたくし達の間にそびえたつ壁は、さしずめ、天に達するがごとく建てられたバビロンの塔のように、高く、高く、築き上げられることとなった。
それ故、わたくしのような下賤な輩が気安く声などかけようものなら、たちまち周囲の女学生に睨まれ、嫌というほど、陰口を叩かれるであろうことは容易く想像できた。遠目から見ることしかできない、自分の立場があまりにもどかしく、惨めだった。とはいえ、わたくしと鞠子お姉様の間には血縁関係もなければ、一等親における縁もない。だから。それだから、どうしても鞠子お姉様に近付くためには、社交倶楽部への入会という、他人からすれば浅はかだと一笑されるような夢を見るほかなく、それがわたくしに示された、鞠子お姉様との唯一の交流手段と盲目に信じ込んだ。




