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少女倶楽部(仮)  作者: 藤堂みちる
< 大椛桃花の場合 >
1/9

不幸な人魚(1)


『たとえば、そう。そこのあなた。これまでに生きた人魚を見たことがあって?』


 と、あの方は集まった一年生の中から、ぴたりとわたくしの姿を見つけると、吸い込まれそうな瞳をこちらに向けたまま、陶器のように滑らかな白く細い首を傾けられた。


 わたくしは咄嗟のことに、えっとか、あっとか、素っ頓狂な声を出して熟れたリンゴより赤く頬を染めながら、彼女の質問を意図せず退けた。すると、その方はちっとも気にした素振りを見せず、続けてこう言われた。


『ここにくるまで、生きた人魚を見たことはない?』


 わたくしは今度こそ、首を横に振った。それからか細い声で“いいえ”と答えた。彼女はわたくしの答えを聞いて、満足するかのように、大きな黒眼を細めると、『私もまだないの』と微笑んだ。周りで固唾をのむように見守っていた一年生がほっとしたように息を吐く。そのときだった。


『だって、私が人魚なんだもの。これまで私と同じ仲間に出会ったことはないわ』


 全員がはっと息を呑んだ。わたくしもあっと声を上げそうになった。

 彼女の唇から紡がれる言葉は魔法だった。人魚なんて生き物がこの世にいるはずがないと知っているのに、彼女の言葉はその事実をたちどころに忘れさせる効果があった。他でもない、彼女の特別な容姿がそうさせるのだった。まるでそれは、蜘蛛が吐き出した糸にかかる虫けらのように、わたくし達をいとも簡単に絡めとる、恐ろしい美貌に恵まれた者だけが意のままに行使できる呪いだった。


『私が人魚である証拠を持ってきた人、あるいは自分が人魚だと言い張り、かつ、その証拠を私へ提示できる方のみ、社交倶楽部への入部を認めます』


 彼女がにやりと笑った姿はあまりに美しかった。そのせいで、現実をきちんと認識できずに本気で人魚の証拠を手に入れてやろうとする者を、自分がもしかして人魚なのではないかと錯覚する痴れ者を多数、生み出した。あまりに馬鹿げた話だが、その場に集まった半数以上の一年生が、盲目に信じ、思い込むほど、この学院に存在する、選ばれし倶楽部の一人となることを切望していた。そして、この時点ではわたくしもまた、彼女達と同様に倶楽部への入会を夢見る一人の少女であった。


 その社交倶楽部の存在は、在学生なら知らぬ者はいない、選ばれた者だけが入ることを許された、秘められた女同士の集まりであった。表向きは社交マナーを学ぶための倶楽部として存在していたが、はたして放課後、何をしているのかは会員以外の誰もよく知らなかった。ただ、授業の終わった黄昏時、西日が校舎を温かく照らす中、時折、社交倶楽部の一員である、美しく清廉された少女達が仲睦まじく言葉を交わし、優美に微笑みあう姿は、気まぐれな秋風のように、見かけた者の心を優しく慰め、後には憧れという名の非望を軌跡として胸に残した。


 社交倶楽部への入会を許された者の特徴を大雑把に挙げるに、それは何かの分野で頭一つ分他を離すほど、秀でた少女達だった。例を述べれば、財力は勿論、カリスマ性や、容姿の美しさ、頭脳明晰さ、運動神経など、他とは圧倒的に違うか、圧倒的に違う者達と肩を並べるほどの実力を有する者であれば、入会資格を得たも同然であった。


 入会方法はその年ごとに、そして、人ごとに異なり、共通するのは在籍する少女達から出される課題を無事解決した者にのみ、入会を許されるという点であったが、中には会員である少女達から直々に声を掛けられる学生の姿もあった。そうした学生は例外なく入学当初から人の目をひいたが、五年に一人、現れるか現れないかの逸材であり、早々お目にかかれることはなかった。


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