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95話-昼、フィル様

「そろそろ時間だ。楽しかったよ」

「何だか申し訳ないですね。朝から明るい話題ではなかったですし」

「それこそ私の台詞だよ。自分から話し始めたんだから」


 一緒に部屋を出て、玄関まで送ろうとしましたが、フィオーレ様は手でそれを制しました。


「早く、母様の所に行ってあげてくれ。そうしないとどうなるかわからないよ?」

「わかりました」


 頭を下げ、踵を返すと、私の背に向かってフィオーレ様が言いました。


「君にリーリエの従者を頼もうと思っていたけど、必要なかった」

「どういうことですか?」

「従者なんて楔がなくとも、君はリーリエの味方でいてくれるからさ」


 呼び止めて悪かったね、と言ってフィオーレ様は今度こそ立ち去って行きました。

 私も歩き出します。駆け足でフィル様の元に駆けつけるべきなのですが、足取りは重いものでした。


「トオルに加護がなくたって、か」


 自分の発言を再度呟きます。

 加護の有無で人の価値が決まる世界。それこそがネメスです。私はそのことに何の疑問も抱いてきませんでした。

 むしろ、そうしたネメスの風潮に迎合していました。剣ばかり見ていたので、積極的に差別していたわけではありませんが、それでも差別意識が根底にあったのは間違いありません。

 しかし、それはトオルたちと出会って、騎士長に言われ、変わりました。

 トオルに加護がなかったとしても、尊敬していることには変わらない、というのはネメスでの一般的な考え方を根本から否定するものです。そう思えた時、神から授かったモノ以外に価値観を感じる考えがなかったことに気づいたのです。

 ひどく狭い視界だった、と。

 加護の有無だけで人の価値を決めてしまう世界が愚かに思えたのです。


 ですが、そんなことは口が裂けても言えません。神への否定そのものなのですから。

 世界が歪んでいると思えても、どうすればそれが修正できるのかわかりません。歪みを正すことが、間違っているかそうでないかもわかりません。

 ただ、歪んでいると思っただけでした。

 私は誰かを守りたかった。憧れの人と並び支えたかった。それはそれとして、もっと救わないといけないものがあるのではないか?

 加護のないものを虐げる世界が正しいのか?

 いくらでも疑問は浮かびます。でも、それらに対する解はないのでした。


「あら、フィオーレに何かされたの?」


 声がしたので顔を上げると、鼻先が掠めるほどの距離にフィル様の胸がありました。相変わらず暴力的な大きさです。


「いえ、少し考え事を」

「そう。お疲れみたいだから、今日はお庭に行きましょう! あそこは明るいし、今日は晴れているからきっと素晴らしいわ!」


 フィル様は演劇のような声の使い方でそう言い、私を引っ張っていきます。

 こうされると、悩みは薄れ、否が応でも元気が出るのでした。

 建物の陰に私たちは座り、他愛のない話をしました。私はリーリエと私が学園でどう過ごしているかを話し、フィル様は姉妹の昔話を語ってくれました。

 中でも共通の話題であるリーリエの話で盛り上がります。


「あの子は大抵のことを卒なくこなしてしまうもの」

「文武両道とはまさにリーリエのためにある言葉ですもんね」

「セネカちゃんもそう思ってたのね」


 親馬鹿と片づけられない話でした。リーリエに対する賛美は外れているどころか足りないぐらいです。

 私は剣だけは自信がありますが、その他のことはありません。しかし、リーリエはどの分野であっても素晴らしいものを積み重ねていました。

 それに並んでいた――少なくとも私にはそう見えた――トオルは益々異質なのですが。


「リーリエは何であれ全力を尽くそうとする子だから。多分、ジョゼットに似たんでしょうね」

「フィオーレ様ではないんですか?」


 容姿はもちろん、話し方や雰囲気は、ジョゼットさんよりフィオーレ様の方がリーリエと似ていました。


「2人の要素を兼ね備えてますよ。でも、フィオーレは勤勉とは言い難いわね。あの子は気を抜くとサボるような子だったから」

「だった、ということは今は違うんですね」

「そうでもないのだけど、学生の頃に比べたらずいぶん落ち着いたわね。そうそう、それは貴方のお姉さんであるリズちゃんの助けでもあるのよ」


 フィオーレ様が言っていた通り、彼女と姉は仲が良かったのでしょう。疑っていたわけではありませんが、フィル様からも聞かされると実感が深まります。


「リズちゃんはフィオーレをしっかり叱ってくれる人だったわ。それが新鮮で、嬉しくて、フィオーレは慕っていたんでしょうね。学園から帰ってきたらいつもリズちゃんの話ばかりいていたわ」

「あの、姉のことを私はよく知らないんです。よければ聞かせてもらえませんか?」

「そうよね。若くに騎士長になって、アスクとの戦争だったから」


 フィル様は謝ってから、微笑みます。


「もちろん、いいわよ。リズちゃんの話をできるだなんて私もとっても嬉しいんだから」


 そうね、と口にしフィル様は空に目をやりました。彼女が考え事をする時によくする仕草です。


「フィオーレがネメス学園のお祭りで大騒ぎしてね。神旗で出店を回って迷惑をかけたそうなの」


 纏えば男性の倍以上の巨躯になる神旗で学園を歩くだけで振動がヒドイでしょうし、場所も取ります。いくらでも迷惑な点を上げられそうでした。


「それをリズちゃんがとっちめたらしいのね。そのまま縄でグルングルンに巻いたフィオーレを持ってここに来て、学園の校則により自宅謹慎です、って私に言ったのが初対面だったかしら?」


 かなり大胆な姉の行動に私は笑みが引きつります。ネメスでは家の地位が高い方が何事にも優位に立つ世界です。もし、フィオーレ様が訴えれば、いくら万全の状態だった頃のローウェル家とはいえ無事では済まされないでしょう。


「それからフィオーレは真面目になったわ。自分が悪い事をしていると認識したのね。そして、正しい人というのはリズさんだ、ってよく言ってたわ。だから、彼女の後ろを付き回って、それから仲良くしてもらっていたみたい。家に来たこともあるのよ」

「そうだったんですか」

「セネカちゃんみたいに大人しくって、私が抱き付いたら、しどろもどろになってたわ。とっても可愛かったんだから」


 フィル様に抱き付かれたら大体の人がそうなるのでは、と思いましたが、私の中の姉の姿では想像できませんでした。

 私は姉は少し意地悪で無愛想な人間だと覚えていて、こういった話を聞くと驚かされます。


「そういうところもセネカちゃんに似てたわね。髪の質感もそっくり」


 フィル様は私の髪に触れて、クスクス笑います。


「2人は真面目すぎるのね。そこが愛おしんだけど、心配でもあるわ。セネカちゃん、いつだって逃げていいんだからね? 死んでしまったらどうにもならないんだから」


 姉のことで胸を痛めている姿は、今のリーリエにそっくりでした。リーリエがトオルを思っているように、フィル様は姉を思っていてくれていたようです。

 それはとても誇らしことでした。


「はい。でも、私は真面目ではなくて不器用なだけです。だから、きっと平気ですよ」

「ふふ、可愛らしい事を言うんだから」


 そこで話が切れ、私たちは黙りました。

 沈黙は重くなくむしろ清々しいものです。

 フィル様は座り直して、膝を叩きました。私はその意図が読めず、ポカンとしているとフィル様の顔が赤くなります。


「さあ、寝て頂戴。お疲れでしょう?」


 私はゆっくりとフィル様の膝に頭を下し、寝転ぶと、両頬を挟まれました。


「すっごく嬉しいわ。昔からこうするのが夢だったの。でも誰もしてくれないのよ? セネカちゃんにも断られたらどうしようかと」

「喜んでもらえて光栄ですが、手は離してもらえますか?」

「ああ、ごめんなさい。こうしてないと抑えられなくて」


 フィル様に解放され、私はそのまま目を瞑ります。眠気はなかったはずなのに、フィル様の温かさを感じているとそうすることが自然なように思えたのです。

 心地よい風と程よい気温がより、眠りを誘います。それをフィル様は咎めず、むしろ推奨するように私の頭を撫でました。

 

 私は息苦しくて目を開けました。

 いつの間にか寝返りを打って、フィル様のお腹に顔を押しつけていたようです。

 どれぐらい時間が経ったのだろう、と空を見るとフィル様も眠っておられました。

 不安定に頭を泳がせているので、私は彼女の横に並び、頭を肩で支えます。

 フィル様の方が背が高いので、私は両足の指を立てて 踵の上に座り、ウンと背筋を伸ばさないといけませんでした。

 十分ほどするとフィル様がお目覚めになりました。


「ありがとう、セネカちゃん」

「いえいえ」

「あと少ししか時間がないから、お昼にしましょう」


 無理な姿勢でいたせいで体が変になっていたので、立ち上がって伸びをしていると、フィル様は唇に指を置きながらこう言いました。


「夜でなくてよかったわ。我慢できなかったはずだもの」


 何をとは聞き辛く、冗談か判断しずらい言葉を受けてから、私たちは庭を離れました。


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