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94話-朝、フィオーレ様

 私は指示通り、朝食の前にフィオーレ様の元に向かいました。

 ノックをすると、中から扉が開けられます。


「おはよう、セネカ」

「おはようございます」

「さあ、入って。今日は私の部屋で朝食を取ろうと思ってたから呼びに行くつもりだったんだけど、手間が省けたね」


 フィオーレ様は椅子を引いて私に勧めて、私が座ると押してくれました。その後、向かいの椅子に座ります。

 衣装棚が2個と本棚がついている机と椅子、ベットと来客用の机しかありません。意外にも簡素な部屋ですが、私たちが座っている椅子や前にある机は1級品でした。無駄がない豪華さという印象です。

 それを超える美がフィオーレ様でした。綺麗な金髪も青紫色の瞳もリーリエにそっくりです。フィル様と似ているとも言えます。

 リーリエがお二人の要素を兼ね備えている形で、フィオーレ様はリーリエよりも涼やかで、フィル様はリーリエよりも女性らしさが際立っていました。


「実は今日は神官の仕事があってね。朝しか空いてなかったんだ。他の時間が空いていれば、セネカと町を歩きたかったんだけど」

「楽しみはまたの機会に取っておきますね」

「ありがとう。しっかり案内させてもらうよ」


 フィオーレ様は笑みを模ってから、机に置いてあった呼び鈴を鳴らしました。

 数分もしない内に料理が運ばれてきます。使用人は女性でした。ここには男性の使用人はいないようです。

 フィル様とリーリエ、そしてフィオーレ様はよく食べる女性でした。毎食、私の倍は食べているでしょう。

 料理を運びに来た使用人は、配膳を済ますと部屋を出ました。本来であれば、隅に控えているはずなのですが、そうしないのは予め命じられたからに違いありません。


「こうしてセネカと、2人で話すのは初めてだね」

「そう、ですね」


 私は言ってからもう一度記憶を洗ってみましたが、フィオーレ様と2人きりになる機会はありませんでした。

 神官の仕事があり、ゆっくりしていられる時間がないせいでしょう。


「ラーファから聞いたんだが、リズさんの話をあまり知らないんだろう?」

「はい。私は幼かったので、記憶も曖昧ですし」

「あの方が亡くなったのは、10年前だものな」


 フィオーレ様はパンを頬張って、それを飲み込んでから話を続けました。


「リズさんは中等部と高等部時代の私の先輩でね。よくしてもらっていたんだ。それはありふれた関係ではなく、特別なものだったと私は思っているよ」


 姉の交友関係はほとんどわかりません。アズ姉ともう一人、綺麗な黒の長髪を持った女性とよく話をしていて、その場で彼女らに遊んでもらった記憶があるぐらいです。

 なので、フィオーレ様のことを聞いていませんでした。


「知らないだろうとは思っていたけどね。何だ、君を見ているとつい思いだしてしまうんだよ」

「そんなに似ていますか?」

「似ているよ。とってもね。外見はもちろん、話し方までそっくりさ。それは、考え方とも言える」


 嬉しさばかりではない評価でした。昔から背恰好は姉に似ていると言われてきました。母も似たようなもので、小さいのは遺伝なんだな、と思わずにはいられません。


「非常に友人想いの女性だった。それは騎士になって、民思いに昇華したわけだね。繊細な優しさを持つ人だったんだ。そういう点では今の騎士長であるオネットさんに似ているな」


 騎士長のどこが繊細かはわかりかねますが、口には出しません。発せなくとも、フィオーレ様には加護があるのでわかってしまいます。

 声にしない限り、話題になるかどうかは彼女次第なので、声に出さない方が話にならない確率が高いのです。


「まあ、そう思うのも無理ないか。でも、これだけは覚えておくといい。オネットさんはリズさんとやり方は違うがとても繊細な人だよ」


 とだけ言って、フィオーレ様は残りの料理を食べていきます。私の倍食べているはずなのに、食べ終わるのは彼女の方が先でした。


「これで今日も元気が出せそうだよ。やっぱり朝食は重要だね」

「学園では抜いている子も多かったですね。朝が弱かったりで」

「君ぐらいの年頃だとそういうものだろうな。家はジョゼがそうだった」

「リーリエは一食抜くと、顔が青くなりますからね」

「私たちはそうだよ。ジョゼだけが特別なのさ」


 リーリエは風邪などを引いたことがないそうですが、空腹だけには弱いとよく笑い話にしていました。

 それはイノ家の体質だったようです。


「そういえば、君もトオルとは親しかったらしいね」

「はい。リーリエと一緒に仲良くしてもらっていました」


 私は真っ直ぐフィオーレ様を見て答えます。例え、トオルが、ジョゼットさんに害をなそうとして恨まれていたとしても、友であったことは否定できません。ここを誤魔化せば、私はきっと生涯悔やむでしょう。


「そう身構えないでくれ。私もジョゼの話は半分ほどしか信じていない。完全に嘘だと決めつけているわけではないけれど、ある点では嘘だろうな、と思っているよ」


 フィオーレ様の顔をじっと見て、話の真偽を見分けようとします。まさか、ジョゼットさんではなく、トオルの肩を持つとは思ってもいなかったですし、これが罠であるかもしれないとも思いました。私がトオルのことをどう思っているのか聞きだし、リーリエの敵であるか見分けようとしているのでは、とも。

 ですが、私の心にやましい物はありません。堂々としていればよいのです。何も手立てがないとも言います。


「本当にリズ様に似ているね。話が違ったな。リーリエたちがイリツタから帰ってきた後、私とジョゼはリーリエの屋敷に滞在していたんだ。そこで、トオルとは意気投合してね。だから、彼女が嘘をつくことはあっても、リーリエに悪い事をするようには思えないんだ。今でもね」

「私も同じです。リーリエと違ってその場に居合わせたわけではありませんけど、信じています」

「でも、君と私は違うよ。トオルが何もしていない。確実にそうだ、とは言えないからね、君みたいに。私の加護で、君も知っているだろうけど、嘘を見抜くことが出来る。でも、トオルはさっぱりわからなかった。全ての嘘がわかることはないし、相手によって差はあるけど、1度もわからないなんてことはなかった。それも結構な時を一緒に過ごしてだ。そんなことはネメス様ぐらいだよ」


 揺らぎ観の加護を以てしてもわからないというのは異質な話でした。そういう加護があると聞いたこともありません。

 完全に嘘をつかなかったという可能性もありますが、フィオーレ様が言いたいのはそういうことではないようです。


「だから、私はジョゼを完全に信じないけれど、トオルも完全に信じていない。言わば中立だ」


 フィオーレ様はそこで一度お茶を口に含みましたが、まだ何か話すことがあるようでした。むしろ、これからのことのほうが重要だとでも言うようです。

 私は促すことをせず、フィオーレ様が切り出すのを待ちました。


「これはまだ誰にも言ってないことだが、リーリエに話を聞いてすぐ、私はその手の筋を使って、スラムをくまなく探したよ。でも、トオルは見つからなかった。死体すらね。しかも、リーリエも独自に探していたんだ。それでも手かがりすらなかった」


 これは最も意外なことでした。口だけなら敵だ味方だと言えると思っていたこともありますが、ここまでフィオーレ様がトオルのことで手を尽くしたとは思いもしなかったのです。


「確認したいんだけど、セネカはトオルが神旗を使ったのを見たんだね? リーリエの従者を決める戦いで」

「はい。神旗で戦ったわけではありませんが」

「そう、そこが不思議だったんだ。どうして互いに使わなかったんだい?」

「トオルが神旗同士で戦えば勝っても、次が戦えないような傷を負ってしまうかもしれないからと、お互いに使わない誓約書を交わしたんです」


 フィオーレ様は拳を唇に持って行って、何度か振れては離してというのを繰り返します。

 一息置いて、彼女にしては珍しくおどおどしながら声を出しました。


「それは、トオルから持ちかけたんだね?」

「はい」

「実はトオルがいなくなってから、彼女について幾つか調べものをしたんだ。これも誰にも言っていない。もうこの問題は終わったものだと思っていたからね」

「その調べものというのは?」


 覚悟して聞いてほしいと言ってから、フィオーレ様は話し始めました。


「神旗は1体の神に対し7機。それらの眷属が3機ずつの28機しか存在しないことは知っているね」

「そのはずが、この国には29機あるんですよね」

「その通りだ。私は神官の資料を閲覧して、29機の持ち主を調べ、その大半が今も所有しているか確認した。あと確認できていないのは、セネカ、君だけだ。君は神旗を所有しているね?」

「もちろんです」


 私が腕に巻き付けてある神旗を見せると、フィオーレ様は深呼吸をしました。


「そこにトオルの名はなかった。つまり、彼女が使っていたのは神旗ではないんだ」

「なら、試合の時に私はまんまと騙されたということですか?」

「だろうね。多分、神旗ではなく人騎を纏ってたんだろう。それを神旗と見せかけたんだ。そして、本物の神旗を扱う君に勝つために誓約書を交わしたんだろう。ジョゼからトオルは加護がないとも聞いている。だからそもそも神旗を使えるはずがないんだが」


 私はしばらく理解できないでいましたが、頭がハッキリしていくと共に笑いがこみ上げてきます。ついに我慢ができなくなって、私は噴き出してしまいました。


「それが事実なら、彼女は本当にすごい人間ですね。あまりにも器用だ。私との戦いを切り抜けた手腕といい、加護がないのに私やリーリエと比類する剣技を持つだなんて。私は加護を含めた打ち合いでも何度も負けているんですよ?」

「信じ堅いだろうね。だから、私はわからない。彼女が何者かね。さらに驚くことに、他国の間者ですらないようなんだ。スラムに生まれた歴としたネメス人だった。特殊な工作員じゃないはずなんだよ」


 フィオーレ様は私を与しようと思っているわけでも、支配しようとしているわけでもありませんでした。彼女はわからないのです。悩みを打ち明けただけでした。

 リーリエやジョゼットさんに話せないからこそ、私に話したのです。


「私はトオルを信じているよ。あの子はリーリエの理解者であろうとしていたとね」

「話を聞いても、私だって、それは変わりません。トオルに加護がなくたって――」


 その続きは声になりませんでした。そう思えたことに言葉を失い。そう思えなかったことを恥じました。


「どうかしたかい?」

「いいえ、信じているというだけです」

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