93話-不良娘
リーリエが立ち止まったのは、剣術大会の時に入った店でした。
「最後に食べておきたくてね」
唇からはみ出さない範囲で舌を出して、リーリエは中に入っていきます。
美味しいのは前に来ている時にわかっているので安心ですから、私もそのまま付いていきました。
バイル学園の生徒たちに会った時のことが嘘みたいに、リーリエは楽しそうに食事しました。
それを平気だ、とは思えません。
私が心配そうな眼を向けていると、リーリエは薄く笑いました。
「ありがとう。でも、わかっているよ。もうすぐ学園生活も再開だしな。私もこのままじゃいられない」
「このままじゃいられない?」
訊き返すとリーリエは目を伏せ困った顔をしました。そんな彼女に私は何も言えません。
こういう時、歯がゆく思います。そして、トオルならどうするだろう、と考えます。彼女ならどう切り抜けるのでしょうか?
「いや、何でもない。見ててくれ。もう、言葉で何かを示すことはしたくないんだ」
「わかりました。特等席で見させていただきます」
「そうだね。今や一番、セネカが私に近い位置にいるよ」
「意味深なことを言わないでくださいよ、もう」
「すまない。セネカが嬉しい事を言ってくれるからね」
私たちは笑いあいます。それは虚しいものでした。一番近かった誰かの空位を私たちは忘れられなかったのです。
食事を済ませた後、シャボンで汗を流し、屋敷に戻るとジョゼットさんが玄関で待っており、ニヤニヤ笑って近づいてきました。
「あらあら、不良娘のお帰りだわ」
ジョゼットさんの声に反応して、フィル様が2階から顔を出します。
「2人で楽しかった?」
私たちが答えあぐねていると、フィル様も下に降りてきてジョゼット様と2人でこちらに笑いかけます。あまりにもニッコリとした顔で近づいてきます。
「お母様、これが逢引というものですか?」
「そうね。リーリエが羨ましいわ」
「だったら、私たちもすればよいのでは?」
「いい案ね、ジョゼット。流石よ」
嬉しそうにジョゼットさんの手を取り、フィル様はピョンピョンと跳ねました。
可愛らしいなあ、と私が見惚れていて、言葉の認識が遅れました。
え? 皆さんと逢引?
翌朝、フィル様の用意した洋服と共に、メモが置かれていました。
そこには、朝はフィオーレ様、昼はフィル様、夜はジョゼットさんと名前と時間だけ書かれています。
「フィオーレ様も増えてる」
私は思わず呟いてしまいました。