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83話-その矛盾


 ジョゼットさんと二人きりになってしまいました。

 リーリエの忠告以前に、トオルにした仕打ちを断片的に聞いただけで私は身構えてしまいます。


「あら、私が怖い?」


 ジョゼットさんは見透かしたように口端を上げました。


「やましいことがないなら平気よ。トオルのようにね」


 挑発的な物言いに私は自然と視線を鋭くしてしまいます。不躾だとわかっていても抑えることはしません。


「怖い顔しないでよ。貴方はリーリエの味方?」

「もちろんです。友達ですから」


 ジョゼットさんは、そう、と呟いて、私を凝視しました。しばらくそうしていましたが、彼女はふっと視線を切って口を開きます。


「私はリーリエのために行動しているの。だから、リーリエが元気になったようだし、私はセネカに感謝しているのよ。貴方とは今後も仲良くしたいし、貴方が聞きたいことを教えてあげる」


 ジョゼットさんは端的にトオルが何を隠していたかを教えてくれました。トオルの出身地はスラムで、加護はなく、リーリエを友と思っていなかった、と言いました。それは先ほどのように挑発めいたものではなく、淡々としていて事実を話しているようでした。


「でも、それではジョゼットさんを襲った説明にはなりません。仮にトオルがリーリエのことを信頼しておらず、騙そうとしていたとしても、ジョゼットさんには関係ないはずでは?」

「理由は妬みだそうよ。それがぷちっと弾けちゃったみたい。リーリエにはわからなかったようだけど、貴方ならわかるでしょう? 元騎士長の妹のセネカ・ローウェルなら」


 淀みなくジョゼットさんは即答しました。

 その答えに私は動揺します。それは肯定と同義でした。

 私には妬みで人を害そうとした過去があります。だからこそ、これを否定することはできませんでした。

 そして、リーリエにはわからない、というのもしっくりきます。彼女にはそういった負の感情がないのではないか、と思うほど純粋な人でした。それが魅力であり、欠点でもあります。今回の場合は欠点として浮彫になったのでしょう。

 私もトオルの件には完全には納得できていませんが、リーリエと違って、その可能性もあるな、と思えました。


「それにしてもトオルは本当に慕われていたのね。こう言っても信じてもらえないだろうけど、私もあの子のことは気に入っていたのよ。噛みあわなかっただけでね」


 ジョゼットさんの言葉を私はほとんど聞いていませんでした。頭はずっとトオルのことのために働いています。

 自白剤を前に嘘をつくことはできません。私はそのことをよく知っていましたが、それでもジョゼットさんの話をどこか信じられないでいました。

 私は、兄のことで、目にしたものでさえ本当かわからないことが多い事を実感していますから、見ていないモノのことをアレコレ決めつけるような真似は抵抗がありました。そして何より、私はトオルを信用していたかったのです。

 そのことに今初めて気づくと同時に、そこまで思っていたことを自覚させられます。

 そんな大事な人が突然消えた痛みも一緒に。

 リーリエの前では強がっていたし、急に聞いて麻痺したのかもしれません。今、悲しみが押し寄せてきました。

 私を支えてくれた友はいないのです。私が寄りかかっても、笑って解決への糸口を示してくれる相手が。思いを打ち明けても、受けとめてくれる人が。


「どうしてくれるんですか?」


 私はそう心の中で呟いてから、ジョゼットさんから顔を背け、足元を凝視します。


「これまでは、誰にも頼らず、ただ剣のみで目的を成そうとしていました。ですが、その無計画さや虚しさを貴方が教えてくれた。人に頼れるようになって、誰かのためになりたいと思えて、貴方に嫌われたくないと強がれたのは全て貴方のおかげなのに。まだ、不器用で、貴方以外に上手くできもしないのに、何も返せていないのに、どうして私を放って行ってしまったんですか?」


 出来る限り悪態をつきますが、胸から感情がせり上がってきます。それはとてつもない波で、私は為す術なく飲まれてしまいました。

 その中で何とか呼吸しようともがくのはとても苦しかった。でも、苦しみは救いでもありました。そうすることで意識がまぎれるからです。

 でも、それは一時しのぎでした。頭はしっかりと働きます。私の思考は存外働き者のようです。

 不謹慎な考え方ですが、いなくなっただけならよかったのかもしれません。

 しかし、現実は別です。トオルは大きな謎を残して、私たちの元を去りました。

 私に向けてくれた言葉に悪意が込められていたなどと信じたくもありませんが、そうだと思わせる証拠が私の前に並んでいます。

 一番厄介なのは、それでもなお、トオルを信じたい私の心です。そうでないだろう、と冷静な自分は思っていても、完全に認めることができないのです。

 その矛盾に心がやられそうになるのです。

 私が何とか涙をこらえていると、ジョゼットさんが咳払いをしました。


「そういえば、セネカに会いたがっている人がいるのよ。私といても気分が優れないようだから、無責任だけど彼女に任せることにするわ」

「いえ、ジョゼットさんのせいでは――」

「いいのよ。こう見えても私は、友を失ったばかり人間に、他人を思いやる心配りを期待するなんて子供じゃないの。そして、私より貴方を解きほぐすのに向いている人間がいるってだけよ」


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