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82話- イケナイコト

 部屋を片付けるから、とリーリエに言われ私は彼女の部屋から出ました。

 彼女には整理の時間が必要だろう、と私も思っていました。物理的にも精神的にも。

 私がそういった作業全てにおいて力になれるとは微塵も考えていないので、大人しく時間を潰すことにします。


「ジョゼット姉様を疑っているわけではないのだが、用心はしてほしい」


 部屋を出る間際、リーリエがそう言いました。矛盾している発言ですが、彼女自身何が何やらわからないようですので、仕方ないでしょう。

 私自身、ジョゼットさんとはたった数分しか話をしていないので、判断できることもできません。

 しかし、今の問題は、ジョゼットさんのことよりも時間を潰すことでした。

 リーリエがいないと、何をすればいいのかわかりません。人様の屋敷を自由に闊歩するわけにもいけません。

 こうなることを気づかないリーリエも私もどうかしていたのです。

 悩んだ末、戻るのも情けないので、リーリエの部屋の前で待つことにします。

 壁にもたれ、目を瞑っていると足音がしたので姿勢を正しました。


「どうリーリエの様子は?」


 私が1人で突っ立ているせいか、フィル様が心配そうに尋ねました。


「落ち着いたみたいで、今は部屋の片付けをしています」

「まあ、あの子ったらお客様を放っておくだなんて」


 私が進んで出たことですし、リーリエにも事情があってのことでした。そのせいで話せる内容と話せない内容の分別がすぐつかず、口ごもっているとフィル様が手を叩きました。


「そうだ。私が代わりにおもてなししますわ。名案よね?」


 はい、とも、いいえ、とも言いにくい問いに私は苦笑で応えます。

 フィル様はそれを、はい、と見たようで、顔を輝かし私の手を握りました。


「それじゃあ、私の部屋に行きましょうか」


 フィル様に手を引かれながら私は歩きます。

 イノ家の主人であるフィル様の姿を私は知りませんでしたが、彼女が大神官であることは知っていました。普通に話すことですら畏れ多い方が、こうも親し気にしていただくと調子が狂います。

 そんな私の気持ちを察していないのか、フィル様は上機嫌な様子で私の手を振っていました。

 リーリエのお母様であることを頭では理解しているつもりなのですが、どうしてもお姉さんに思えてしまいます。

 私は会話をすることでもできず、じっとしていることもできなかったので、キョロキョロと目を動かしていましたが、いつの間にかフィル様の方に視線が向けられていました。

 フィル様の容姿はリーリエと瓜二つと言っても謙遜がないものでした。背が高く、胸も大きいし、綺麗な金髪の髪は神々しい輝きを放っています。顕著な違いと言えば目元ぐらいです。リーリエの方が目尻が上がって力強い目をしていますが、フィル様は目尻が下がっていて柔らかな印象を受けました。

 こちらの視線に気づいたのか、フィル様はリーリエとそっくりな笑みを浮かべました。


「セネカちゃん、きっちり制服を着て暑くないの?」

「暑いですが夏なので仕方ありません」

「そうなの? それなら、ちょうどいい服があるのよ。ジョゼットにと思って買った服なのだけど、あの子ったら着てくれなくて。これって親離れかしら?」


 キョトンとした顔でフィル様はそう訊きました。私には答えることができず、またもや苦笑いので乗り切ります。こうした時に自分の不器用さを思い知らされます。

 リーリエやトオルであれば、もっと上手くやり過ごすことができるのでしょう。


「ほら、ここが私の部屋よ」


 そう言って、フィル様が開けた先には驚くほど衣類が置かれていました。物置と言うべきでしょう。部屋自体がクローゼットのようなものです。

 リーリエの図書館のような部屋といい、イノ家の方々は極端なものを好むのでしょうか?


「セネカちゃんにはどれが似合うかしら」


 フィル様は鼻歌まじりに部屋の中を進んでいきます。服は等間隔で保存されていて、整頓されているのですが量が量なので、一つ一つ手に取って見ていくと相当な時間がかかります。

 私はフィル様の後ろについていましたが、高価な服の数々に酔いそうになっていました。様々な造形の服がありましたが、どれ一つとして安っぽいものはありません。私の衣類に対する観察眼は大したことがないので、間違っている可能性もありますが、安かろうと高かろうとこれだけの量を集めるだけで大変です。1000着は有に超えているでしょう。


「もしかして、これは全てジョゼット様に?」

「そういうわけじゃないけど、ほとんどそうね。フィオーレやリーリエが子供の頃に着ていたのもあるわ。着ないなら捨てればいいのだけれど、残せるものだし残しているの。着ることはなくたって、見ているだけで私は心が躍るから」


 娘があげた服を着ている光景を思い浮かべて満足そうに微笑む母。それは私が何度か思い描いたお母様でした。

 私のお母様は元々病気がちで、姉がなくなってさらに心の病を患い、部屋に籠っていました。

 剣ばかり振るっていた幼少期を私は過ごしていましたが、母が私用に見繕ってくれたドレスを着るのを密かに楽しみにしていました。

 普段着とは違う特有の光沢と包み込むような肌触りの服を纏うことも、鏡の前で着飾った私を褒めてくれることも、髪の結い方で喧嘩するのも全部、楽しみでした。

 

「大丈夫?」


 フィル様の声で、私は自分が立ち止まっている事を認識しました。


「平気です。少し暑さに酔ったみたいで」


 適当な嘘をつきますが、フィル様は納得してらっしゃらないようで、見ていた衣類を戻し、こちらに顔を近づけました。


「あらあら、そういう嘘をつく子は許しませんよ」


 フィル様はそう言い、私を抱き寄せました。彼女の胸元にすぽりと私の顔が収まります。彼女が着ていたのは薄く所々穴の開いた形状のドレスだったため、一部は肌と肌が触れ合いますし、汗と体臭なのか甘い匂いが混ざった香りが私の鼻孔を満たします。それら全ては自然と私の体を軽くし、精神を落ち着けました。

 凄まじい女性らしさに始めは眩暈がしましたが、それもすぐ治まっていきます。


「ギューッとするの刑です。辛いなら辛いと言うものですよ?」


 私は声が出すのも億劫になって胸の中でコクコクと頷きます。


「そう。素直な子は可愛いわよ。短髪の女の子もいいわね。毛先の部分を撫で上げると気持ちいいし、匂いが舞うのもいいわ」


 ますます顔を上げずらくなります。私は赤面しているでしょう。

 それだけでなく、嬉しく恥ずかしくもありますが、とても苦しかった。こうして抱きしめられて、私はお母様のことを想起してしまいました。

 優しかった頃のお母様をフィル様に重ねるのはいけない事のように思えたのです。母でない人を母と思うことは、本当の母に申し訳ない気がしますし、フィル様にも失礼だと。

 そう考えると、ますます痛みます。自分にはこうして甘えられるお母様がいないことを思いだしてしまいます。

 ずっと、剣を振るって、ローウェル家の再興を考えていた私から離れてしまう。そうした自分から変わろうとは考えていましたが、予期せぬ急変には恐怖を抱いてしまいます。

 私はこんなに弱かったの?


「セネカ、休憩しましょう。疲れているのよ、きっと。ほら、こっちへ」


 抱きしめられたまま、少し歩くとベットの上に辿り着きます。

 そこでフィル様は私を一度離し、正座をしてから私の体を倒しました。ちょうど私の頭が、彼女の膝にある位置でした。

 私は考えるのに疲れたのか、眠くなってきて、肌に吸い付くような膝の感触を堪能しつつ瞼を閉じます。

 フィル様の前で寝るだなんて失礼だと少しは考えましたが、それもすぐ消えていき、あるのは眠りへの欲求とそれを増幅させるフィル様の包み込むような優しさでした。

 そこから予期せぬ形で現実へと戻されます。


「そろそろ神官のお仕事では?」


 ノックをして入ってきたジョゼットさんが言いました。


「そうでした。ごめんなさいね、セネカ。また後でね」


 私を強く抱きしめてから、ゆっくり膝から頭をどかし、フィル様は立ちあがり


「それじゃあ、ジョゼ、代わりにおもてなししてあげてちょうだいね」


 そう言って、扉を閉めていきました。 


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