76話-好みのタイプ
「それで、どうなの?」
話を逸らすことができたと思っていたが、失敗のようだ。トオルは答える余裕がなかったので、会話することで本題を避け時間を稼ぐ。
「どうして、ステラが好みだと思ったんですか?」
「だって、私よりアルと話す時は楽しそうだし」
「ごめんなさい。話が見えないんですけど、アルーシェさんとステラは別の人じゃないですか」
「でも、似てるよ。表情が出来にくい所とか、情に厚いけど合理的な所とか。トオル君はステラっちからずいぶん好かれているみたいだし、君も愛しているんじゃないかな、と」
そう言われると、納得できなくもない。バネッサの指摘は当たっている。が、性格の点は少々ずれている。それは今のステラという条件がつくだろう。
トオルにとって、メリドで1番付き合いが長い相手がステラである。彼女は出会った当初、もっと無表情で、合理的な人間だった。金があるのに享楽に耽ることもなく、ただ走り続けていたステラを堕落させたのは他ならぬトオルである。
が、ステラはそんなトオルの考えを真っ向から否定したのだった。
最近のことだ。
トオルが、ジューブルで決意を新たにして以来、ステラとお互いの過去を話すようになった。トオルの過去とはもちろん、前世のことも含む。辻褄が合わなかったりすることもあったが、トオルは気にしなかった。彼女になら、知られてもいいと思えたからである。
その日はリルとマトイが早く寝てしまい、トオルたちは彼女らを起こさないように、と散歩をしながら話していると、ステラが珍しく怒ったのだ。たしか、リルたちがステラにずいぶん懐いているな、という話から、いつの間にか怒らせてしまっていたのだ。
怒ったという表現になるだけで、誰かと比較すれば怒ったとも言えない静かな抗議だった。目を少し細めて、トオル様はまだ私のことを誤解しています、と。
「生きるためだけに生きていたのが私です。スラムという環境の中では、地獄はすぐそこにありました。そこに堕ちないよう、必死にもがいていたのは、母が私を押したからです。子供にまで酷い思いをさせたくないという親の心でしょう。だから、地獄の恐ろしさを教え込んだ。私はそれから逃げるために全てを費やしていたのです。トオル様に出会う前までは、何のためになんて考えることもなければ、誰かのためにと思うこともなかった。そんな私が誰かを思えて、自分を見れた。自分を見れて、周りが視界に入った。優しいだなんて言われるようになったのはそれからです」
何度言われても、こういう話題になると予め準備されていたかのように違和感はトオルの体を取り囲む。そうなると、全てが可笑しく感じる。ステラの言葉が、純粋にトオルを思ってのものである、と頭では理解しているつもりでも、どこかで糾弾されているような気がする。
罪からは逃げられない。そう悟り、それでもと行動に移したトオルであったが、ステラの前だけでは振り出しに戻ってしまう。強くあれと言わないから甘えてしまう。
この時も、そうだった。
「もう、おかげとは言いません。でも、トオル様だろうときっかけだったことは否定させません」
ステラは語り終えると、口の端を僅かに上げて微笑んだ。ワガママでしたね、と恥じるように。
そこまで打ち明けられてくれた人をトオルは愛していた。それが情愛なのか、親愛なのかはハッキリしないけれども、愛していると口にはできるほど思っていた。
だからといって、好みのタイプが寡黙な人というわけではない。
ただし。日本にいた頃の菊池トオルなら、バネッサの指摘するステラとアルーシェの共通点がまさに好みだった。年上というか世話焼きな面も良い。菊池トオルがパッと見た性格や、容姿という面で選ぶのであれば、今のステラより、昔のステラを選んでいただろう。
今は違うのだ。詳しく説明するなら今もであるが。
これを言葉にすると誤解を招きそうになるが、それで有耶無耶になるのでは、という打算もありトオルは舌に乗せる。
「可愛い子ならみんな大好きだ」
植え付けた好意とわかってはいるが、あれだけ様々な人に思われて何とも思わないほど鉄の心をトオルは持っていなかった。むしろ、前世で引きこもりという経歴からわかるように女性への免疫はほとんどない。というよりかは、愛されること、と言い換えた方がいいかもしれない。
なので、気軽に妄想でも誰を嫁にするか、というのを考えることすらできない状況だった。トオルの脳内では、全員好き、ということでこの問題を凍結しているのである。
案の定、アルーシェもバネッサもトオルの発言に唖然としていた。成功したのは嬉しいが、ここまで空気が淀むとは思っておらず、トオルはどうにかならないものか、と現実逃避していると助けが差し伸べられた。
扉が開き、ステラが入ってくる。よかった、とトオルは彼女に言おうとしたが、表情を見て黙る。
今まで見たこともないような、髪を振り乱し、衣類は乱れたままで、悲痛で切迫した形相のステラがそこにいたのだ。
「ジュ―ブルが、ジュ―ブルがネメスに攻め入られたそうです」