74話-錬金術師とは破
約束通り、トオルは昼前にバネッサの家に向かった。
昨日みたいに毛布にくるまっているのかと思いきや、バネッサはワイシャツに白衣を着て待っていた。ボタンもきっちり締まっている。
それなりにしっかりしているらしい。
「それじゃあ、2階に行こう」
散乱した部屋とキッチン、シャワールームが一階で、二階に寝室と書庫という部屋構成だった。アルーシェの部屋も同じような間取りだったので、これがフォルドアのスタンダードかもしれない。
ベットのあった部屋に、昨日はなかった机と椅子が用意されていて、そこにトオルたちは座る。
「さて、錬金術の説明を始めようと思うけど、その前にトオル君は通力と陣って知ってる?」
「通力はわかりますけど、陣は知らないですね」
「じゃあ、そこから始めようかな」
「人に流れる力のことを通力というのは知っての通りだけど、その力を物質に昇華させるのが錬金術。昔は金を作るのに使っていたからそう呼ばれているみたい。で、陣っていうのは錬金術の設計図のことなんだ。こんなの」
バネッサが机に広げた紙には確かに陣が書かれてあった。ファンタジー作品でよくある丸の中に図形や文字が並んでいるアレだ。
「実はこれがあればできるってわけじゃないのが錬金術なんだけど、まあそれは追々話すよ。今は通力と錬金術の関係を知ってもらいたいから」
トオルが頷くとバネッサは話を続けた。しっかり反応を見ている辺り、先生としては適役かもしれない。
「今の錬金術は作るものが大きく、そして高性能になったから、人の通力だけでは錬成できなくて、魔石を使っているわけ。だから、錬金術を使うには知識と魔石があればいいっていうのが現代錬金術だね。昔は大したものを錬成しなかったし、通力の量が物を言う時代だったらしいけど。あ、今まででわからないところはあった?」
「わかりやすかったから、なかったです」
世辞ではなく、本当にわかりやすかった。バネッサは説明する時はハキハキと話すので、聞き取りやすい。
「嬉しいことを言ってくれるなあ」
表情を崩してバネッサは立ち上がった。
「さ、お昼にしよ。次からは実技だから」
部屋の混沌具合からは想像できなかったが、バネッサがお昼を作ってくれるという。彼女が調理している間、トオルは手持ちぶたさだったので、許可をもらってから部屋の片付けをすることにした。
食べカスなどの生ゴミは散乱しておらず、床に散らばっていたのは衣類と本だけであった。なので、始めればあっという間に片付いていく。本を積み上げて端に寄せ、衣類は下着や肌着などの分類に別けてシャワールームに運んでおく。
「で、できましたよー」
バネッサの声がしたので、キッチンに向かうと、料理が既にテーブルに並んでいた。
赤いスープとこれまた赤いパンだった。フォルドアの郷土料理だろうか。
そう思ったトオルはやけに赤いな、と思いつつも警戒はしていなかった。なので、大きく口を開けてガブリと豪快に噛む。女の子に転生しても、チマチマ食べることはしない。
「ひゃ、ひゃらい」
トオルは涙を流しながらそう言った。辛いと発音できなくなるぐらい辛い。食べたものを目の前で出すのはいかがなものか、という理性のせいで吐くことができず、かといって噛むこともできないので強引に飲み込んだ。
急いで水を流し込む。いくら飲んでも口のヒリヒリとした感覚が消えない。何をいれたんだ?
問いただそうとした時、胃が痛み始めた。これも激痛である。
涙で霞んだ視界には、同じようにもがき苦しむバネッサがいた。一体、彼女はなにがしたかったのだ?
二人で30分ほど悶絶した後、ケロリとした顔のバネッサがこう言った。
「私が料理を作ると食べられた味じゃないからこうやって誤魔化してたの。だから、慣れてたつもりだったんだけど」
「もしかして、毎日、こんな風に赤いのを食べてたんですか?」
「今日は特別辛かったわね。張り切って料理を作ろうとしたら、とてつもないものができたから、誤魔化しのスパイスが増えちゃって」
驚きのあまり、トオルは意識を飛ばしていた。
なぜ、こうなるとバネッサは予測できなかったのか、と問いたい所だが、そんな気力もない。
「明日からは私が作りますから、お師匠はじっとしててください。あんな食事続けてたら胃に穴が開きますよ」