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72話-いかがわしいことではありませんよ


 マッサージを食後すぐにするのはあまりよろしくないので、昼前になってからすることになった。


「私はベットに寝転がっていればいいのかしら?」

「はい。うつ伏せになっていただいたら」


 小麦色の肌を惜しげもなく曝け出し、アルーシェは待っている。今日も変わらず、下着以下の白い布だ。

 マッサージには、万人に効く方法というのはないとトオルは考えているので、一番初めが最も緊張する瞬間だ。

 その時に痛みや嫌悪感を覚えてしまったら上手くいかない場合が多いからである。マイナスイメージを払拭するのは難しく、一度思いこまれてしまうと、後から挽回できたことはほとんどなかった。

 だが、オドオドしながらやっても意味はない。慢心にならない程度の自信を保ちながら、トオルはアルーシェの肌に手を置いた。

 フォルドアは常夏を超えて灼熱の国なので、体を温めるのは済んでいる。柔らかい手使いを意識して、腰から揉みほぐしていった。

 アルーシェは強いのが好みのようで、反応した辺りのツボを丹念に加重をかけて押していく。どうやら気に入ってくれたようで、心地よさそうに寝転んでいた。

 押すだけでそれなりの重労働なのだが、立ち位置を変えたりするから動くし、人と触れあっているので、汗がポタポタと垂れそうになる。

 首にタオルをかけ、立ち位置の移動の際にさりげなく拭いたりしているが、暑いものは暑い。どうしても、アルーシェにかからないようにすると、マッサージを止める時間は出てくる。汗を拭いてくれる人がいればいいのだが、ステラは仕事で出ている。魔石以外にも、細かいものを買い付けたりしているそうだ。


「もしかして、お疲れですか?」

「いや、汗を拭いていて」


 アルーシェはうつ伏せになっているので、トオルの状況がわからず訊いたようだった。まだして欲しい、と口調に出ている。

 無論、止めるつもりはない。錬金術師への道がかかっているのもあるが、トオルは甘えられると、期待に応えたい性分であった。

 黙ったまま、指圧を再開する。本当はそろそろ仰向けになって解していない部分に移りたいのだが、こうも汗をかいているとしにくい。背中に汗が飛ぶ分には不快感は少ないが、顔に飛ぶと背中の倍以上の不快感があるだろう。

 マッサージにどういう効能を期待するかは人それぞれだが、少なくとも不快になりたいと思ってする人はいないはずだ。期待を裏切るという行為は、最も信用を損なう。約束を反故しようと思わせるくらいには。

 自分が小難しい事を考えていると、トオルは俯瞰して観ることができたが、止めることはできない。自覚することと制御することは全く違う。

 何とかマッサージに集中しなくては。焦らず、言い聞かせる。今は目の前のことに没入すべきです。


「訊きたいことがあるのですが」


 アルーシェが突然声を出したので、トオルは手を緩めてしまう。


「マッサージというのは前もしてくれないのでしょうか?」

「もちろん、できますよ。横向きに倒れるやり方もあるくらいですから」

「じゃあお願いします」


 体を転がし、アルーシェは横向きではなく、仰向けになってトオルを待った。ずっとベットの上にいたせいで、布が汗で張り付いていて、かなり扇情的だった。股間のモノがなくてよかった、と安堵するぐらいにはトオルの心を鷲掴みにしている。


「でも、汗も飛びますし、背面より効能は薄いと思いますよ」

「汗はともかく、効能はどうして?」

「体を支える筋肉の多くが背中に集中しているからです。本当は、人それぞれに合ったやり方があるのですが、癖というのを見抜くのには技術が要りまして、私ではまだまだ」

「へえ、奥が深い世界なんですね」

「そうですね。例えばですけど、机仕事が多ければ肩や腰、立ちっぱなしであれば太ももやふくらはぎ、屈むことが多ければという感じですね。これですら目安にしかならないんですけどね」


 思わず熱弁していたのを恥じながら、トオルは説明を終えた。うっとおしくなかっただろうか、とアルーシェを確認したが、彼女は唇を縦に広げて頷いていた。


「説得力がありますね。私は特定の姿勢でいることが少ないので、肩が一番凝っているのかもしれません?」

「どうしてそう思われるんですか?」

「これです」


 アルーシェは鼻息を吐きながら、下目遣いで胸を見た。

 豊かという言葉では収まりきらないモノだった。不思議なのはこれほど大きいのに、形が見事に美しく、重力に逆らっていることだ。アルーシェの肌はもちもちとしていて張りが強いからかもしれない。紫外線を前にこれだけ無防備に裸体を晒しているのに、綺麗なものだ。


「なら、仰向けじゃなくて、座ってしましょうか。肩はそっちの方が向いてるんですよ。うつ伏せでもいいんですけど、あの体制でじっとしてると辛いでしょうし」


 特に貴方は、とは言わない。


「わかったわ。座ってなら、髪をまとめてくれるかしら?」

「その方が助かります」


 トオルは紐で結ぼうとするが、アルーシェの髪は腰に届くほど長く上手く束ねられそうになかったので、スラム時代に培ったお団子スタイルでまとめる。髪の量が多かったのと、整髪料がなかったので綺麗にはできなかったが、無造作感が出て悪くない。

 娼婦の世話役を勤めていたことがあり、その際にいくつかの結い方を学んだのだ。その仕事はずいぶん昔の話だったし、せっかく可愛い子に転生したのに、自分には使ったことがなかったので、上手くできるかと心配していたが、どうにかなった。


「それでは続けますね」

「お願いします」 


 トオルは必然的にアルーシェのうなじを見ながら肩を解すことになる。彼女のうなじはとても綺麗で、香水でもつけていたのか良い匂いがした。

 その昔、トオルが菊池姓で高校に通っていた頃、同級生にうなじフェチがいたことを思いだす。彼の演説中にトオルはうなじの魅力がわからなかったので、生返事をしていると、肩を掴まれこう言われたのだ。


「わかるか、菊池。うなじってのは、日本男児が魅力的に思ってしまう部位なんだ。確か江戸時代の文化で、成人すると女性は髪を結いあげる。つまり大人の女性の着物姿から見える数少ない肌の部位なんだよ。そこから男どもは色んな妄想をするわけだ。グラビアなんてねえ時代だからな。だからこそ、奥ゆかしい日本人らしい美的感覚の象徴なんだ!」


 一息に言うものだから、荒い呼吸を繰り返す。昼食べたからあげの匂いをトオルに吐きつけつつ、息を整える同級生の顔は血走っていた。なので、トオルは参考になったぜ、とハイタッチを交わし同類を装ったわけだ。

 そして、今、トオルは真に彼の同類となった。ネメスでは女性の髪というのはストレートか単に縛るだけというものが多かった。シンプルなものが良いという風潮があったのである。それは、髪を結うのは男に注目されるため、という考えが広まっていたからだ。式典などではヘアセットをするが、普段の生活ではしないというのがネメスの常識であった。あくまで、男の上に立とうとする文化だ。

 そういう事情があって、うなじというのは同性であっても滅多に見られる部位ではなかった。

 アルーシェの生真面目な性格と容姿のせいで、どこか大人の色香があり、良い匂いが頭を麻痺させる。知らず知らずのうちに、トオルはアルーシェの首筋に顔を寄せていた。


「ずいぶん楽になりました。次は仰向けもお願いできますか?」

「わ、わかりました」


 アルーシェの気まぐれに助けられた形で、トオルは手を離す。

 が、気まぐれにも心を乱されることとなった。あまりにも色っぽい。リーリエやステラは無垢な感じがあったし、クロとニクル、そしてリルは妹のような可愛さがあった。しかし、アルーシェはあまりにも直球だった。情愛がなく、ただ肉として誘われても拒めない引力がある。

 トオルが心の中で、エロい、と連呼するほどだった。頭がその言葉で埋め尽くされているほどだ。何かの警報よろしく、同じ音を繰り返している。


「今度は足からしてもらえるかしら?」


 トオルの様子に気づいていないのか、アルーシェはご機嫌な声で言う。


「かしこまりました」


 冷静さを装うために、トオルは敬語を使って返事をした。彼女はベットの上からだとやりにくいので、一旦降りてから落ち着くために椅子に座る。そのままアルーシェのふとももに触れた。

 少しずつ押しながらアルーシェの反応を窺おうとするが、トオルの顔とほぼ平行の位置にアルーシェの胸があったので表情が見えない。

 腰を上げて確認しようとすると、貧血かふらっとしてしまいアルーシェの方に倒れ込んでしまいそうになる。咄嗟に手に力を込めるが、位置がアルーシェのふとももだったので、汗ですべってしまい勢いを殺すこともできずに倒れてしまった。

 

「す、すいません」


 トオルが慌ててどこうとすると、アルーシェが止めた。


「待って、今動かれると、痛みに響きます。もう少し収まってから――」

「大丈夫ですか!?」


 ステラの声でアルーシェの言葉は遮られた。心配させるほどの物音だったのだろうか、とトオルが思案していると、何やら冷ややかな視線を感じ、そちらの方を恐る恐る、アルーシェへの負担がかからぬよう顔だけ動かして見た。

 そこには悲しんだ顔のステラがいて、何があったのだろう、とトオルが思った時、彼女は自分の状況に気づいた。

 ステラの顔と共に視界の端に映る小麦色の肌と白い布。前者はアルーシェの肌で、後者は服だ。アルーシが服を着る部位は限られている。

 という逆算を経て、トオルは誤解だ、と――アルーシェがいるのでできないが――叫びそうになった。

 どうやら、ステラさんはアルーシェといかがわしいことをしていると思っていますね?

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