71話-錬金術師とは序
「そういえば、トオルとステラはどのような関係なのですか?」
椅子に座ってテーブルを3人で囲んで、朝食を済ますと、アルーシェが訊いてきた。
昨夜はアルーシェにマッサージのことを教え、何とか誤魔化したと思っていたトオルだったが、そう簡単にはいかないらしい。
「私がお世話になって――」
「私のご主人様です」
トオルの言葉を打ち消すように、ステラは答えた。
「トオル様、ここはフォルドアなのです。それに、ネメスには」
もう帰れない。帰れたとしても、先の話である。だったら、くだらない嘘をつかなくていいのではないか?
そう、ステラは言いたいらしい。
トオルは自分が、他者の目を気にしすぎる傾向にあるとわかっていたので、その指摘は痛いものだった。が、腹を立てることはなく、リーリエの発言を認める。
「なるほど、年の差のある主従も珍しくない話ですよね。双子も貴方を慕っていたようだし、納得できます。でも、トオルは何故ここに? ステラたちの仕事の監視ですか?」
「実は錬金術について知りたくて、フォルドアに来たんです」
「トオルは、まだ学生の年頃だと思いますが、優秀なのですか?」
「いえ、まともな教育は受けてませんけど」
トオルがそう言うと、アルーシェは小さく首を横に振った。
「いいですか。錬金術は加護の有無に関係なく扱えます。ですが、この世の理を知って初めて始まるのです。生半可な知識では、錬成することはおろか、五体満足で次の朝日を迎えられるかも怪しいでしょうね」
アルーシェはハッキリと口にした。目は真っ直ぐトオルを見据えている。オブラートという概念はないようだが、心配しての言葉だというのはよくわかる。
だが、それでもトオルは錬金術に縋るしかなかった。
加護がない人間が成り上がるにはこれしか思い当たらない。少なくとも、忠告だけで引きたくはなかった。せめて、錬金術を詳しく知ってから判断したい。
そんなトオルの念がアルーシェに伝わったのか、彼女は仕方ないですね、と愚痴をこぼしてから話し始めた。
「錬金術の産物には膨大な力が込められています。あれだけの奇跡を起こすのですから、並の力ではありません。なので、錬金術師の仕事は、魔石から力を抽出し、小さな入れ物に凝縮させることがまず第一です」
「その過程で暴発する可能性があるってことか」
「それも、ですね。話を戻しますと、第二に設計通りの奇跡を起こせるよう陣を正確に作りあげる必要があります。力の方向性を決めないと、モノは生まれませんからね。どちらも生半可なことで習得できる技術ではありません。我々、フォルドアの人はこの両方が出来る者のことを錬金術師と言います。片方だけしかできないものは見習いと冠につくわけです。どちらの工程でも、力が暴走する危険はあります。そうならないよう、知識をつけるのです」
滔々とアルーシェは言ったが、トオルの目は、心は変わらない。
彼女にとって死は恐ろしい。だが、死よりも何もできない自分の方がもっと恐ろしいし、おぞましい。
「仕方ありません。知り合いの錬金術師を明日紹介しましょう。そこからは自分で何とかしてくださいね」
「ありがとうございます」
トオルは椅子から立ちあがり、深々と頭を下げた。そんな彼女の頭頂部に、あら、というアルーシェの言葉がぶつかる。
「私は提案しただけよ。了承するとは言ってないわ。だって、トオルが私のお願いを聞いてくれたら、という条件付きだもの」
「その条件とは?」
ステラが素早く訊き返した。その間にトオルは顔を戻し、椅子に座り直したので、アルーシェのニンマリとした笑顔を見た。
「まっさーじをしてもらいたいんですよ。いいですか?」
あまりにも容易な条件だったので、トオルは脱力しつつも二つ返事で了承したのだった。