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70話-至れり尽くせり

 アルーシェのチョイスで選ばれたステラの服は、彼女と同じタイプのものだった。

 ステラは顔を赤くしながらもそれを着ていた。下半身の構造は何となくわかっていたが、胸当ての部分は見ただけではわからないものであったが、着ている所を観察していたので今ではばっちりだ。首輪から真っ直ぐ2本の布が垂れていて、それで胸を隠してそのまま脇に布を通し背で縛るというデザインらしい。こんなものを着て出歩いたら、ハプニング映像行き間違いなしだ。

 トオルはというと違うものを着ていた。

 彼女はアラビアンドレスとでも言えばいいのか、日本で見たアラビアンナイトに出てくる踊り子が着ているような衣装をもらった。

 アルーシェと同じものでない理由は、胸の大きさらしい。


「トオルも可愛らしいですが、これは似合いません。胸が平均的ですからね」


 とハッキリ言われたのだ。アルーシェとステラは胸が大きいので、大変似合っていた。胸が小さかろうが、こんな攻めた服装なら魅力的に見えるはずだが、布がずれない程度のふくらみがないと着ることはできないだろう。そういう意味では、ステラにアルーシェの言う素質があるのだ。

 トオルがステラをじっと見つめると、彼女は身をよじらせ何とかしようとしていたが、逆効果である。何をしたって魅力的に映るのです。諦めなさい。

 そうトオルは言いたかったが、そろそろどうにかしないと、ステラが心労で倒れてしまうかもしれない。


「アルーシェさん、ありがとうございます。今気づいたんですが、皮膚の弱い私たちネメス人が、こんな薄着で外に出ると日焼けがすごいですよ」


 トオルの発言に、ステラは過剰に同意した。肌が弱いなどは根拠のない話だったが、アルーシェはそうかそうか、と頷いている。


「日焼けなんて考えたことがなかったですね。白い肌、というのは難儀なものです」


 聞き分けてくれたので、トオルはホッとする。アルーシェには独善的な印象を持っていたがそうでもないようだ。世話焼きなだけかもしれない。

 トオルたちはアルーシェから彼女の家の2階を貸してもらった。取引相手とはいえ、ずいぶん丁寧なサービスである。

 夕食も頂き、その後はゆっくり過ごしてください、と2階に押しやられた。私の相手をしなくてもいいのですよ、ということらしい。気も使える女性だった。

 せっかくの好意なので、トオルたちはベットで寛いでいた。


「アルーシェさん、いい人だな。好感が持てるよ」

「私の予想通りでしたね」

「そうだった。どうして気に入るって思ったんだ?」

「それは秘密です」


 ステラはいつもの調子で静かに言ったが、顔色は赤くなっている。それには本人も気づいているようで、読んでいた本で顔を隠した。

 フォルドアについた時も変な様子だった。だが、判断材料が少なすぎる。トオルは別の話題を振ることにした。

 しかし、これといって話す内容が浮かばなかったので、目に付いたものを口にする。


「何を読んでるんだ?」

「ニクルから借りた本です」


 トオルはしみじみと息を出した。ニクルが読み書きの練習をしていたのが懐かしい。もう本が読めるほど身についたようだ。彼女と、リーリエたちと出会ってからもうすぐ一年経とうとしている。


「もう一通りは読んだんですけど、もう一度気になるところを洗っているんです。何のために生きるか、というのが主題の話なのですが、すっかり引き込まれて私も考えてしまって」

「答えは出た?」


 トオルが茶目っ気を出して訊くと、ステラは目を逸らした。どうやら恥ずかしいようだ。フォルドアに来てから恥ずかしがってばかりである。


「はい。トオル様のためにです」


 トオルは言葉を失った。ステラは冗談を言っているわけではない。本気だった。

 だからこそ、トオルは戸惑う。彼女たちに愛を植え付けたからこそ、本当に愛される人間になるとジュ―ブル神の前で誓ったものの、土台はまだまだ大したことはない。豪雨が降れば崩れるし、揺れれば割れるだろう。悔いを完全に捨てられるほど、潔い人間ではない。

 俺は笑えばいいのか? ヘラヘラして、嬉しいよって、騙せてよかったって安心しろって? それとも全部教えて、ここまで思わせてしまったステラを解放しろって?

 

『どうすればいい?』


 トオルは心で問うが、誰も答えない。自分の中で響くだけだ。それは痛く、身が裂けそうな思いであったが、得るものはあった。

 どんな選択をしても、自分の悪事は完全に償えない。悪を成した時点で、それは起こってしまったことなのだ。

 でも、堂々としようとも思えない。

 多少まともな頭になっただけで、トオルは苦い顔をやめられなかった。

 そんな彼女を見て、ステラはクスリと笑った。


「すみません、戸惑わせましたね。でも、トオル様と出会う前の私は何を目的にしていたかわからないんです。あれほど仕事に熱を出していたのさえ、何故かわからない。だから、本当に会えてよかった。ご迷惑かもしれませんが、貴方様に出会えてから今を楽しく生きていけるのです。そうじゃなかった頃は、楽しいだなんて思いもしなかったから」


 また言葉を失う。ステラにはとっくにトオルの考えなどお見通しなのだ。自分が愛することで、トオルがどういう理由にせよ苦しむとわかっているのだ。

 だから。彼女は説明する。今の発言は気休めではない。慰めでもない。トオルのことを察してなお、こう言ってくれる、思ってくれる人がいる。その存在はトオルを強くした。


「こちらこそ。ステラに会えて本当によかったよ」


 互いに見つめ合い黙ってしまう。トオルは襲いたい所だったが、理性が機能していた。ここはアルーシェの家だ。暴走するわけにもいかない。

 ステラも同じ気持ちなのか、口をギュッと締めている。キスをせがんだりしない。

 変な空気になったので、トオルは気分転換を持ちかけることにした。


「長旅で疲れたろ。ほら、寝てごらん?」

「お願いします」


 トオルがマッサージを申し出ると、ステラは大人しく従った。いつものように遠慮しないほど、彼女も余裕がないらしい。

 ステラはアルーシェからもらったものをまだ着ていたので、やりやすい。服の上からするより、素肌を指圧するほうが気分も出る。

 準備運動として、軽めのほぐし運動から入ったので、ステラが話しかけてきた。


「この国には王という独自の文化があるそうですよ」

「フォルドアにも加護や神が存在してるよな?」

「はい。そして、男性に加護がないのも同じですね。神の化身である王が、フォルドアを統治していますが、その方は人だそうです。王の上にフォルドア神がいるという考え方みたいですね」


 ネメスとジューブルでは神が統治を行っていたが、フォルドアでは違うらしい。

 そんなことは考えもしなかったから、王という概念がメリド大陸にあること自体トオルには驚きだった。

 神が統治している世界で、そのような文化が築かれるわけがない、と思い込んでいたのである。


「ボクもジュ―ブルで気づいたことがある。ここはジューブルと似て男女間の差別が少ないみたいだな」

「私はジューブルとネメスの間という印象ですね。ジューブルほど男性への理解があるわけでもなく、ネメスほど厳しくもない。大通りでの商売や婚姻は許されていますが、法などに明記されていないだけで差はあります。例えば、女性が男性に暴行されたと虚偽の報告をしても、男性は弁解を聞き入れてもらえずほぼ例外なく腕を落されるそうです。実際に男性からの被害がある場合もあるのでしょうが、女性には加護がありますし、大抵身を守れるはずなんですがね」


 トオルは聞きながら、日本での痴漢冤罪を思い出していた。多くの女性が本当に苦しめられているだろうし、一概には言えないが、容疑を掛けられた男性が無罪であった場合でも有罪になってしまうケースもある。悪魔の証明というやつだ。

 性差での差別は、日本よりメリド大陸のほうがずっと酷いわけだから、痴漢冤罪の比ではないだろう。結局ここでも、男は女の顔色を窺って生きていかなければならないのだ。そうでないジュ―ブルが例外なだけかもしれない。


「でも、法が同階級の人間だけに適応されるわけではないので、ネメスよりかはしっかりしていると思います。偉かろうが、悪い事をすれば罰が下るそうですよ」

「ネメスは神旗の制約が一番上にあって、次に家柄、その下に法だもんな。貴族と平民であれば、泣き寝入りしかできないし、そういう考え方もできるか」

「ええ。ネメスにいた頃では考え付かなかったでしょうね」


 ステラは呆れるように言った。トオルと長くいたせいか、元々そういう気質だったのかはわからないが、既にネメス神への信仰はないようだ。

 トオルにとって、ステラがネメス神に囚われず、物事を俯瞰的に見れるようになったのを肯定的にみることはできなかった。ネメスで生きていく以上、神への信仰は絶対条件と言っていい。私は神を信じません、と声高々に宣言するほどステラは浅薄な人間ではないが、神を信じないという考え方によって何かしらのタイミングで窮地に陥る可能性はあるのだ。

 錬金術師を目指すのも、ステラたちが窮地に陥った時に、生活を守ったり助けられる手段を増やすためだ。ジュ―ブルに映ってから心配ばかりしてしまうトオルであった。


「トオル様?」


 ステラに声をかけられ、トオルは自分が手を止めていたことに気づく。マッサージの途中だった。

 また暗くなっている。指摘される前に、少しでも払拭することにした。

 マッサージに集中するのでは弱いので、悪戯にする。寝転がっているステラからは見えないが、トオルはニタリと笑って屈んでいく。

 トオルがステラの肩に唇をつけると、彼女は面白いくらいピクンと震えた。

 下着以下の服のおかげで、肩から背に、脇腹に、と難なくずらすことができる。その度にステラは甘い声を吐いた。

 それを聞いていると、我慢なんてどうでもいいか、とトオルに思わせる。


「大丈夫か!?」


 が、ドタバタと音を立てて、突入してきたアルーシェによって煩悩は破棄されたのだった。


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