69話-水着以下
お腹が空いたでしょう? というアルーシェの好意で、トオルたちはお昼をご馳走になっていた。
美味しい肉料理を頬張っていても、アルーシェはトオルの方を見ている。先ほどから何度か質問を投げかけられたが、彼女の興味は尽きないらしい。
「双子もよかったですね。無事貴方が目覚めて」
「クロとニクルもここでお世話になっていたんですか」
「お世話って、取引の一貫ですよ。気を解せなかったのは心残りですが」
クロとニクルはネメスに帰っていた。
暇をもらっているとはいえ、長い間リーリエの屋敷を空けるわけにもいかないので、今後ステラの仕事はトオルが引き継ぐことになっていた。
今も、彼女たちは屋敷の仕事に励んでいるだろう。ステラもフォルドアの仕事がない限り、ジュ―ブルに来ることもない。
トオルがステラと会うのは2ヵ月に一度。クロとニクルと会うのは3ヵ月に一度という頻度であった。
会話に花を咲かせつつ、スープから始まった昼ごはんは、デザートで終わりを迎えた。アルーシェの料理は独特の味付けだったが、どれも美味しかった。リルの家のご飯が薄味ということもあって、フォルドアの濃い味付けの品々が辛く感じられたほどだが、これはこれでいいものである。日本でもジャンクフード大好き人間であった。
「それにしても貴方たちそんな格好で外を出歩いては浮きますわよ? ステラは私があげた服はどうしたのです?」
「頂き物なので中々着れなくて」
トオルたちが着ていたのは、ハーフパンツにタンクトップだった。砂漠を渡る時はその上にポンチョと外套を羽織っていた。それでもトオルにとっては砂漠らしい格好だったが、フォルドアのファッションからずれているのは、町からアルーシェの家までの間に感じていた。
それなのに、頑なにステラは着ようとしないわけだ。彼女は表情の起伏が穏やかでも、人の機微には敏感な女性である。なので、貰い物を身につけないというのは事情があるのだろう、とトオルは察し、助け舟を出した。
「ステラは大変気に入ってましたよ」
「それはありがたいことですが。服など着なければ意味はありません。どうせ、トオルの分も必要なのです。片付けが終わり次第、ステラの分も買いに行きますか」
不満を顔に出さないようにするステラを確認しつつも、トオルはアルーシェを止められなかった。
食器の片付けが終わり、トオルたちは通ってきた南通に戻ってきた。
町の人々と比較しても、アルーシェの格好は奇抜であった。確かに大多数は透けた服や布の面積が小さいものを身につけているが、水着以下の格好のアルーシェほどではない。フォルドアでも恥じらいの文化はあるらしい。ただ、似た格好の者がまったくいないわけではなかったが。
なので、フォルドアではこれを服として認めていて、それらを売る店があるということである。
「ここの店は中々」
アルーシェが立ち止まった露店を見て、トオルはステラがわざと着てこなかったのだと理解した。
並んでいる商品はアルーシェのものと同系統だからだ。贈りものもこれらしい。
ステラは水着より恥ずかしい服を着ることを自発的にするタイプではない。
「一着はアルーシェから頂きましたし、違うような服が――」
「せっかく美しいのですから、できるだけ着飾らなければ勿体無いでしょう? ステラはそれだけの素質があるのだから」
どちらかというと義務です、とアルーシェは息巻く。
ステラはトオルに助けを求めていたが、わざと気づかない振りをした。このままでは自分も着せられるというのは織り込み済みである。
トオルはアルーシェに協力するつもりなのだ。動機はステラがこの服、あえて言うなら布切れでラッピングされた姿を見たいからである。
自分が着る分にはそこまで気にならないのだ。元が男だからか、可愛らしい格好をすることに憧れがあるからかもしれない。何より、股間を気にする憂いはもうないのだ。
「これはステラにぴったりですね。さあ、着て見てください」
アルーシェが差し出したのは、やはり下着にもならない服であった。これを着ろ、というのは裸になれ、というのと同義である。だが、どこをどう見ても試着室はない。
トオルが見る限り、アルーシェは嫌がらせで言っているわけではなく、本気でこの場で着替えろ、と言っていた。やはり彼女には羞恥心がないのだろう。
「トオル様……」
珍しく声を落して縋るようにステラは言った。
「アルーシェさん、着替えるのは部屋でもいいんじゃないかな? ここだと汚れちゃうし」
珍しいステラのSOSに何もしないわけにもいかず、トオルは地面を指して笑う。
そんな彼女へ向かって、ステラは小さく悲鳴を洩らした。貴方は敵なのか、と。
残念でした。お披露目会に中止はございません。と、心の中でほくそ笑むトオルであった。
月曜日から時間がとれるので、もう少し一話の長さを伸ばします。