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67話-功労者

 トオルの眼前には砂漠が広がっていた。雪国から海を渡ると、砂漠という急変である。


「フォルドアは暑いので」


 とステラから知らされてはいたが、まさかここまでとは思いもしなかった。

 ジュ―ブルは寒かったので、余計に暑く感じる。


「トオル様、大丈夫ですか?」


 トオルの隣にいるステラが顔を覗き込んできた。

 二人はフォルドアに魔石の買い付けに来たのである。そのため、クロとニクルはネメスに戻った。

 ステラは何度も通っているので、今更、という風であったが、この暑さの辛さをよく知っているのだろう。トオルに水を手渡してくれる。

 トオルは礼を言い、水を飲んでから、ステラに訊いた。


「町が全く見当たらないんだが」

「フォルドアは集落がいくつか点々とあるだけで、町と呼ばれる規模のものは一つしかありません」

「そこは遠いのか」

「遠いですね」


 トオルは思わずため息をつきそうになるが、ぐっと堪えた。自分から付いてくると言っておいて、不機嫌では邪魔もいい所である。

 が、錬金術を学ぶことで苦労することはあっても、町にたどり着くのに苦労することまでは考えていなかったのが正直なところだ。


「でも、騎車があるので、3時間ほどでつきますよ」

「砂漠でも使えるものなんだ」

「ネメスのものは無理ですね。フォルドアで作られたものであれば」


 そう言い、ステラはポーチの中からブレスレットを出し握りしめた。すると、騎車が瞬く間のうちに現れ、彼女は身軽に機械仕掛けの馬の背に跨る。

 フォルドアの騎車は、ネメスのものより馬の体が大きく、荷台がないという違いがあった。


「すみません。馬は一つしかないので、後ろに跨っていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんだとも。徒歩じゃ干からびちまう」


 トオルは急いで馬に跨りステラの背にしがみつく。そのまま、町に向かって進み始めた。

 暑いので口数は少なかったが、暇が勝って、ついにトオルは口を開いた。


「痩せた?」


 元々、スリムな体型だったステラだったが、もっと痩せていた。トオルも見ただけでは確信を持てなかったが、しがみついてみるとよくわかる。骨ばっているほど痩せていた。


「ここの所、忙しかったので」


 それはトオルのことを指していた。彼女が意識を失ったために、半年もの間、様子を見るため敵国に通っていたのだ。そうする手段もネメスで12人しかいない紋章持ちの商人になることである。スラムの管理だけで大変だったのに、仕事をかなり増やしたのだから無理もないのだ。


「それに、トオル様があんなお姿の時に、食欲など湧きませんよ」

「ありがとう。そこまで思ってくれて」


 ステラの言葉を聞いて、トオルは言い方を変え、謝罪ではなく、感謝の気持ちを口に出した。

 しかし、申し訳ないから、ありがたい、という言葉に変わっただけで、疑念は消えない。


「いくらステラでもすぐに紋章持ちの商人になれるものなのか?」

「トオル様はご存じだったのですね。ネメスから出れる人間が限られていることを」

「ああ、ちょっとしたツテでね。でも、その商人になることがどれくらい難しいかはよく知らなくてさ」

「ご想像の通りだと思います。本来であれば、私の子まで為すことはできなかったでしょう」


 ステラには子はいないし、まだ若い。そんな彼女が、未来の子供に託さないといけないほどの困難である、と言ったのであった。


「実はリルのおかげなのです。私は彼女に聞かされるまで、紋章商人のことも知りませんでした」

「リル?」


 ジュ―ブルの間者であるリルが何をしたのだろう? トオルはまずそう思った。暗殺には向いているがまだ子供である。交渉ごとに秀でているようには――。


「彼女がトオル様を見に、バイルまで来て私の屋敷にいた時期があったでしょう? その間、恩を返すだとかで、トオル様を見守るのと並行して、私と敵対しているスラムの管理者の情報などを集めてくれていたんです。私はそれを用いて一気にスラムをまとめ上げ、ネメスでもそれなりの地位についたのです」


 トオルは考えの途中であったが、リルに対する評価を改めることを決意した。抜けていて、妹のような愛くるしい存在であったが、ただ者ではなかったらしい。

 今回の買い付けにリルも付いていきたがっていたが、それを却下したのは他ならぬトオルであった。

 彼女が目覚めてから1ヵ月ほど経って、今回の買い付けに行くことになったのだが、その段階ではリルの妹であるマトイにトオルは嫌われたままであった。今後も当分、リルとマトイの家にお世話になる以上、彼女との関係を穏便に済ませたいので、リルを連れて行くのを止めたのだった。


「リルも連れてきた方がよかったかもな」

「非常に優秀な子ですからね。話はまだあるんですよ。トオル様が倒れ、私は何とかリルをジュ―ブルに送ったのですが、そこからさらに彼女の助けがあったんです。この時の私はまだスラムをまとめただけで、紋章商人の存在も知らなかったのです。そこで、私がジュ―ブルに渡る方法を作るために、リルが紋章商人の弱みを集めた小包を送ってくれたんです。何でも首都にいた間に集めていた情報だそうで、それを使って紋章商人になり、ジュ―ブルまで来れるように、と」


 トオルは言葉を失った。リルは本当に優秀な間者だったらしい。寝ている間の看病だけではなく、ステラがこうしてフォルドアに行ける口実を作ったのも彼女なのだ。帰ったらリルによくしてやらないといけない。

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