66話-貴方
最後の滞在日、私は早朝から出かけました。理由は家族の墓参りのためです。
墓は屋敷の外にありますが、国境沿いの近くにあるので誰しもが出入りできるわけではありません。
そういう事情もあって、少女は私に花を預けたのでしょう。
少女の花は受け取ってから数日経ったこともあり、綺麗に花が開いていて、ちょうどよい時期だったようです。夏場なので、蕾であろうが、咲いていようが外ではすぐに枯れるでしょうし、どうせなら綺麗な状態で渡した方がいいでしょう。
まだ日が昇りきっていないので過ごしやすい気温でした。墓が森の中にあることもあり、むしろ肌寒いです。
走って体を温めたいところですが、花が崩れてはいけないので辛抱して歩きます。
「ただいま戻りました」
私はそう言ってから、墓がある拓けた場所に出ます。墓の周りは綺麗に清掃されており、一輪のひまわりが供えられていました。
昨日来たにしては墓が綺麗すぎますが、道中すれ違う人もいませんでした。不審に思いましたが、私の家族を思ってくださっている方にそんなことを思えば失礼だと気づきます。私はひまわりを少し移動させ、少女の花を供えました。
そして、膝をつき目を閉じて、心の中で語り掛けていきます。
遅くなったことを謝り、友達が出来たこと。剣術大会で勝ったこと。剣舞を舞ったこと。騎士長に負けたこと。全てを詳らかに説明します。情けない事も隠しません。
「全力を出して負けたくない。打ち合いでリーリエに一方的に負けていたのはそういうことでした。トオルには負けたことがあるから、邪魔がなく全力で戦えていたみたいです」
こんなことを言えば、鍛錬だからって気を抜いていたのか、と姉が的外れに怒って、母もちょっと機嫌が悪くなるけど、兄は優しくしてくれるんだろうな、と思いました。そう思うと口元が緩みます。
今まで墓の前でこんな気持ちになったことはありません。家族のことを思い起こして、悲しいのではなく、満たされた気持ちになることなんてありませんでした。
そもそも、墓の前で悲嘆に暮れることか、次こそは頑張りますと具体性のない誓いばかりしていたのです。今までは何かを伝えたいと思うことがなかったのかもしれません。
でも、最後の誓いは変わりません。それは兄が亡くなった時からではなく、姉が亡くなった時のものでした。
「兄は私の剣の師でした。しかし、結局は男です。剣で何かすることは許されません。故に、私が証明するのです。兄の力を、ローウェルの剣を」
幼かった私は姉に剣を教わることはほとんどありませんでした。母も病で伏せていたので、兄に教わったのです。
なので、正規のローウェルの剣というのは失われています。兄はあくまで姉の鍛錬に付き合っていただけですし、神旗や加護の使い方は熟知していません。それでも、兄は諦めず私に伝えてくれました。
私は兄から小さな火を受け取ったのです。それだけは確かでした。
今は亡き家族たちが私のことをどう思っているかはわかりません。それは一生です。
だから、自分で納得するしか、納得させるしかありません。私は変わらず剣を振るうことでしか満足を得られないのです。
だって、よくやったって褒められたいのですから。
これで夏休み編は終了です。50話でこの後、2.5部に相当するトオルがいなくなってからのセネカたちを書くとアナウンスしていましたが、この話が長くなりすぎたので、一度トオルの方に話を戻します。
なので、次回からは4部のトオルが錬金術を学びに他国に行く話を書こうと思います。2.5部はそれが終わり次第書きますが、少し内容を調節してセネカ達たちが4部の間何をしていたかという話にします。またセネカの一人称視点です。
コロコロと変更して申し訳ありません。4部はタイトルどころか、話も決まっておらず切羽詰まってますが、明日更新しますので、読んでいただければ幸いです。