64話-全力で
祭りの次の日、私たちを待ち受けていたのは真剣での稽古でした。木剣の稽古とは別種のものです。剣は重いし、怪我も酷くなります。屋敷に治癒の加護を持った医師たちが控えているからできることでした。
彼女らは医術騎士と呼ばれ、騎士の中でも重要な役割です。アズ姉もその一人で、今も待機していました。
私たちは一人ずつ、騎士長と打ち合います。剣を手放せば負け、という条件しか決まっていない試合に近い打ち合いです。
初めに始めたのはトオルでした。敏捷の加護を駆使して戦います。彼女は小さい動作で攻撃を繰り返し、反撃されるのを封じていました。速さというのは剣では重要な要素です。そこだけを見るなら、騎士長よりもトオルのほうが勝っているでしょう。
「やっぱ、最高だぜ、トオル!」
叫びと共に騎士長は大振りの一撃を放ちます。トオルはそれを受けようとしましたが、寸で止め、剣を捨て転ぶように後退します。
捨てた剣は騎士長の一撃を受けて、刀身が折れました。トオルの判断は正しいものだったのです。
騎士長の強さの所以は力でした。
力まかせなだけではありません。トオルの猛攻を受けながら、反撃する隙を作り出した剣の腕。その隙から、次の攻撃までの間に大振りの一撃を放つ動作の洗練さ。卓越した技能があるからこそなし得たことです。
「いやあ、やりにくい相手だったぜ」
騎士長は剣を置き、トオルに手を貸し立ち上がらせます。
「あっさり倒しておいてよく言いますよ」
「そうでもなかったぜ。あの速さで通力を使われると受け止めるので精一杯さ。私の方が凌ぎ方を知っていただけだな」
騎士長の戦い方は豪快であり繊細でした。経験に裏付けられた一つ一つの丁寧な動作を崩せた相手はほとんどいません。だからこそ、騎士長なのです。
トオルが私たちの所に戻ってくると、騎士長が言いました。
「さあ、次だ」
「お願いします」
一礼をしたあと、シャリオが切りかかります。彼女はトオルとリーリエのように身体能力を駆使して剣を主に使う戦い方ではありません。彼女の加護である火炎を操ることに重きを置いています。彼女のような剣と加護の両方で相手を追い詰める、というのは剣術大会でも主流です。
騎士長はそれを知っていて、シャリオに突っ込みます。
シャリオも進むのを止めず、剣を振るいました。鉄の音が響き、両者は鍔迫り合いを繰り広げます。
トオルの剣が破壊されたのを見て尚、力勝負をシャリオは選んだようです。彼女も力には自信があるのでしょう。そして、剣に炎を纏わせ、騎士長を押さえ込みました。
「火炎の加護を持っているシャリオは熱さはないが、騎士長はそういうわけにはいかない」
「距離を取れば、炎が追ってくるしな」
リーリエとトオルが話し合います。彼女らのいうことは常識でした。
炎でこちらからは騎士長の顔は見えませんが、絶対に笑っていることでしょう。騎士長に常識は通じません。
騎士長は剣をさらに押し、少し距離を作りました。シャリオはすぐに攻勢に出ようとしますが、それより速く騎士長の拳が飛びます。彼女は剣を押した段階で半身になり、剣を捨て、勢いのまま殴り付けようとしていたからです。
剣で防ぐのは間に合わないと判断したのか、シャリオは炎の出力を強め、壁を作ります。
ですが、騎士長は炎の中を突っ切り、拳をシャリオの腹に届けました。
シャリオはそのまま吹き飛び、剣を手放してしまいます。
「おっと、やり過ぎたかな?」
「やり過ぎですよ」
アズ姉が言い、すぐシャリオの元に駆けつけます。
騎士長はばつが悪そうにそっぽを向いて、口笛を吹いていました。子供みたいな大人です。
医療騎士たちの治癒が済み、彼女らの肩を借りてシャリオが戻ってきました。
「迷いのない攻めはよかったぜ。だから、こっちもああせざるを得なかった。お前の方がすぐ片付いたが、弱いってわけじゃない。トオルはああ見えて逃げることばかり考えているから時間がかかっただけだ。実力に差はないよ。判断の差はあるがな」
「お優しいお言葉どうもありがとうございます。でも、このくらいでへこたれませんよお師匠」
「そうだったな。お前は私に似て図太い奴だった」
口を大きく開けて、騎士長は笑っていましたが、急に真面目な顔をしました。
「ただ、もう少し慎重にな。せっかく炎の制御が上手いんだ。そっちも活かせ」
「はい。精進します」
「ああ、そうしてくれ」
シャリオが離れたので、私はリーリエに自分が行くことを剣を持つことで示します。
「いいですか?」
「ああ、来いよ」
私は盾を出現させ、騎士長の視角を塞ぎ、見えないところから攻撃します。
重さよりも速さを。トオルの戦い方を参考にしたやり方です。通力が使えるようになったとはいえ、騎士長と真正面から打ち合えば剣を破壊される、と考えてのことでした。
ですが、騎士長には届きません。彼女は棒立ちであるにも関わらず、往なし続けます。
軽すぎたせいかもしれません。私はそう思い、力を強め、また盾を出現させ迫ります。
それは突如、無に返されました。
騎士長の真正面に出現させていた盾が破壊され、そこから彼女の蹴りが飛んできたからです。
なんとか防ぎますが、衝撃に耐えられずこけてしまいます。
「お前らの血筋は負けるのが好きなのか? ローウェルの剣は、お前たちの盾は何のためにあるんだ?」
蔑むように言い、騎士長は追撃もせず、しゃがみこんで転んでいる私に目を合わせました。
私はその目を抉りとろうと通力を四肢に流し込みます。そして行動に移そうとした時、我に返りました。
カッとなりましたが、私はトオルがいることを思い出したのです。そうです。彼女の前で見っともない真似をするわけにはいきません。
「姉たちに聞きたいところですが、答えてくれないので困りましたね」
私は軽口で騎士長の言葉を逸らし、熱を排出します。
騎士長の言っていることは的はずれではありません。ローウェル家のことは違うとしても、私の中では負けても良いという意識がありました。私が恐れていたのは、自身の負けではなく、ローウェル家が負けることです。姉と兄に教わった剣が負けるなら、中途半端に負けるつもりで戦って方が傷つかない。
全力を出して勝てないことこそ、私の恐れでした。今ではローウェル家の剣を振るえるのは私しかいません。私が全力で戦って負けるとローウェルの敗北になってしまう、と無意識のうちに全力を封じていたのです。
そのことには、剣術大会の時、トオルが気づかせてくれました。もう負けたことのある彼女以外に本気を出さず、戦っていたことに私はその時まで気づかなかったのです。
それからは負けてしまうことを恐れず、戦ってきたつもりでしたが、騎士長だけは例外だったようです。
恐らく、兄が負けたという過去が、これ以上ローウェルの剣を騎士長に侮辱させるな、と思っていたのでしょう。彼女は私にとってただの相手と捉えられる存在ではないのです。
でも、固執ばかりしていられません。なぜなら、そうすることこそが、剣の成長を妨げるからです。
「本気でいかせていただきます」
私はローウェルに残された神旗を纏い構えます。純白の鎧を。
重さはありません。神旗を纏うことで、損するところは何もないのです。速度も、力も、劣ることはなく、むしろ強くなるだけです。
「へえ、本気だな。それでも私は勝つぜ。完膚なきまでに叩きのめしても、自信をへし折ってもいいのか?」
騎士長は構えるものの、神旗を纏いません。つまり、彼女の見立ててでは、私などその程度ということでしょう。
「どうぞ。今は騎士長から、胸を借り、技を盗み、また挑みますので」
本気を出しても、私には騎士長を倒すことはできません。それは私もわかっていました。なら、次に繋げる一戦にするまでです。
「いいぜ、ようやくまともにやれる」
私は騎士長を見下す形で、剣を振り下ろしました。神旗を纏うと甲冑を付けた時より、大きくなりますし力が強くなるので、ただの振りだけで相当な力になります。
ですが、それを騎士長は避けもせず、両手で剣を握り迎え撃ちます。
当然、騎士長は沈みません。
「残念だったな。神旗の権能がなけりゃ小細工なしで受けとめるぐらいはできる」
神旗を纏うだけで、飛ぶこともできますし、力も速さも向上しますが、神旗のあるなしで戦況が変わるのは権能によるものです。神を呼ぶために振った旗。そこに神が与えた力。それこそが権能です。
だからこそ、私はこの場で権能を使う気はありませんでした。神に授かった力を使う場面ではありませんし、騎士長とはいえ、使えば死ぬでしょう。
「そうかい。使う気はないって顔だな」
騎士長は離れ、顔色を変えます。目つきは鋭く、表情もなくなっていきます。今までは戦うのではなく、私の出方を見ていたのでしょう。神旗を使うとなると慎重になるようです。
トオルやシャリオを相手にしていた時はどこか余裕がありましたが、今は全く見当たりません。
ですが、それを望んだのは私です。私の全力を以て戦いに臨み、何かを掴むために選んだのです。