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63話-忘れていた事

 私の兄の話は、誰にでも聞かれていい話ではなかったので、私の部屋に場所を移しました。


「私には姉妹が、姉一人だけしかいないことになっていますが、本当は兄がいました。それがウィル・ローウェルです」

「男性なのに、住民から慕われているだなんてすごい人だったんだね」


 トオルは慎重に言葉を選びながら言いました。無理もありません。この国で男性を貶すことはあっても、褒めることはなかったでしょう。

 兄の家族である母と姉ですら、兄の存在を周囲に隠していたのですから。当時、幼い私は意味がわからなかったものです。

 貴族の子が男子だった場合多くは、家族として扱わず使用人にするか、スラムで売りさばくかになります。

 ですが、母はそうせず、家族の中で兄を匿ったのです。私が兄の存在を告白するという事は、暗に匿った事実を仄めかすことになりますが、直接口に出すのとは大きな違いがあります。いくらトオルを信用していても、口にすべき話題かそうでない話題かの分別はついていました。


「姉が逝去した時、イリツタを襲ってきた敵を排除したのは兄でした。兄だけで成し遂げたわけではありませんが、兄が初めに剣を取り、バラバラになっていた騎士を率いていたのです。ですから、イリツタの住民は兄を慕ってくれているのだと思います」

「敵というとジュ―ブルの?」

「わかりません。その当時アスクとも戦争をしていましたから。姉が死んだのも、アスクです。ですが、イリツタを襲った相手は名を名乗らなかったそうで、どちらかは未だにわかっていません」

「そうか。戦争中で騎士の大半はアスクに行ってたんだよな」

「そうです。だから、強い騎士たちは姉の代わりにアスクの前線を維持していて、イリツタの警備は手薄になっていたから兄が入り込む隙間があったのだと思います。新人が多かったそうですし」

「ずいぶん辛辣だね。お兄さんはすごい人だと思うけど」

「これは私情を抜いた判断ですよ。何度もこの件については考えましたから」 


 私がそう言うと、トオルは謝りました。ただの事実として言っただけであって、責めているつもりはありませんでしたが、いつの間にかトオルに気を使わせてしまったみたいです。

 そのことを訂正したいのを抑えます。本題に入る前に、道が逸れてしまうと最後まで言いきれる自信がありません。


「兄たちの活躍でイリツタは守られ、その間にアスクにいた騎士たちも戻ってくることになりました。ですが、神は兄の行動を反逆だと捉えたのです。国の危機を利用して、反旗を翻そうとしている、と」


 気づけば語気が強まっていました。私は一度目を瞑り、5秒数えてから話し始めます。


「それを討伐するのはアスクから戻ってきた騎士の主力隊になりました。兄たちは説得をしましたが、聞く耳を持ってもらえなかったそうです。そのまま仲間同士で全面衝突するところだったのですが、兄が姉の代わりに主力隊を率いている人物と一騎打ちを申し込んだことで回避されました。その人物が現在の騎士長です。あの時は仮騎士長、オネットと名乗っていましたね」


 トオルは小さく息をのみました。話の結末がわかってしまったようです。私には面白く伝承を伝えることはできないのでしょう。


「兄の墓、と聞いたから結果はおわかりでしょうが、兄は負けました。一応、騎士長というのは神が決めるのではなく、騎士長が次の人を任命することになっているんです。もし、騎士長が任命する前に死んだ場合は、血縁者が継ぐことになっています。なので、今の騎士長はこの段階で、仮の長ではなくなり、今に至ります」

「オネットはイリツタの町の人に受け入れられているみたいだったが?」

「それは間違いありません。イリツタは平民が多いので男性と結婚する女性も多いのですが、男性に対する差別意識が首都に比べて幾分ましという程度で、結局のところ神が遣わした女性の方が正しくなるのです。それに騎士長は姉とも仲が良かったですし、騎士長になる前から町の人気者でした。彼女が兄を排除したのだから、兄は悪だったと考える人も少なくありません」

「でも、変わらず慕ってくれている人もいる」


 トオルの言葉は私が少し前まで忘れていたものでした。

 剣舞の時に町の人に受け入れてもらえた時、見知らぬ少女が兄に花を手向けてくれた時まで、すっかり忘れていました。

 ローウェルは疎まれていると勝手に思いこんで、逃げるようにバイル学園に行ったのです。


「そうみたいですね。でも、それには理由があるんです。兄と騎士長の一騎打ちはなかったことになっています。立ち会ったのも、一騎打ちを申し込んだ事実を知っているのも僅かな人間だけです。多くの人は、男では騎士長に相応しくないから今の騎士長になった、と考えているみたいです」

「そういうことか。話してくれて、ありがとう。でも、私でよかったの?」

「よかったの、とは?」

「世間知らずの私に話してもまともな言葉もかけられないしさ。リーリエとかの方が向いている気がして」

「聞いてくれるだけでありがたいのです。こんなことを話せる相手がいませんでしたから、知ってほしかったんです。私の家族のことを」


 トオルは納得できていないようだった。どうしてだろう、と考えてみると何となくではあるがわかる気がします。突然人の身の上話、それも使い方次第では私を潰すことのできる情報。急に話されたら、何が目的か勘ぐってしまうはずです。

 彼女が慎重な性格であることは知っていたし、そう思われても仕方ないと私は思いました。それでも、どう解消すればいいかはわかりません。

 だから、正直に言うことにしました。


「私はトオルを信頼しているから、話を聞いてもらいたかったんです。誰にも話せなかったことを、貴方になら聞いてほしいと思ったんです。何も考えてなかったんですよ。気づけば、貴方に聞いてもらいたいと思ってました」


 トオルはギョッとしました。その驚きは恐れに近いもののようでした。

 私がその原因を探るより先に、トオルが口を開きました。

 

「信頼されるようなことは、何もしていない気がするが」

「そうでしょうか? まあ、ここはトオルの言う通りということにしましょう。貴方も頑固ですからね」


 私は試すようなトオルのらしくない台詞を笑いながら、考えをまとめました。悩む時間は僅かで済みます。理由が単純だったからです。


「でも、確かにきっかけはありません。細かい出来事の積み重ねですね。そして貴方に惹かれ、憧れてたから、信じてしまうのだと思います」


 トオルはまた驚きました。でも、今度は恐れの感情は見当たりません。それを確認してから、私は言葉を続けます。


「私が信頼されているのか」

「貴方のような思慮深く、思いやりのある人は中々いませんよ。でも、突然こんな話を急にしたのは申し訳なかったです」


 私は頭を下げました。トオルがらしくないことを言いだしたのも、私の話が際どいものだったので反応に困ったからに違いありません。


「そうだな」


 いつもの調子でトオルはにやりと笑います。


「でも、聞けて良かったと思う。話を聞く前と今では、セネカの見え方が全く違うしね」

「カッコよくなりました?」

「もちろんだとも」 

「それ、嘘っぽいです」


 私たちは二人して笑いました。

 笑いが収まると、気恥ずかしくなって、便利な言葉で誤魔化します。


「おやすみなさい。また明日」

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