62話-祭りと花束と
昔は剣舞を見た後、屋敷に戻って家族全員で食事をするのが定例だったから、私は始めえtしっかり祭りを回っていました。みんなで町を回っていると、祭りというのが何故喜ばれるのかわかります。
日頃、イリツタではできない食べ物、装飾品が露店に並んでいます。こうした品々を眺めるだけで私は満足でしたが、シャリオとリーリエは試着しトオルに感想を求めたりしていました。騎士長は食べ物にしか興味がないようで、食べて飲んでの繰り返しです。
祭りであっても調子の変わらない二人に飽きれつつ、私はトオルに非難の眼を向けました。彼女の責任というわけではありませんが、私は文句を飲み込めるほど利口ではありません。
トオルは私と繋いでいない方の手を口元に持って行って、人差し指を立てました。何をするのかはわかりませんが、私は頷きます。
すると、トオルはリーリエたちに気づかれないよう、離れていきます。人混みを縫い、こちらから全く見えなくなっても進み続けました。
「ここら辺でいいかな」
祭りのある中心部から離れた場所でトオルは止まりました。ちらほらと人がいるだけで、賑やかさはありません。
「こんなところで何をするつもりですか?」
「休憩だよ。セネカ、疲れてるだろう? お腹も減ってるんじゃない?」
トオルの行動が私を気遣ってのものだと初めて気づきました。彼女の質問は正しく、私は疲れていました。それを認めるのは恥ずかしかったので、顎を少しだけ引きます。
「私が買ってくるよ。セネカはここでゆっくりしてて」
私は道の端にあった樽に座ってトオルを待つことにしました。
剣舞の直後だったから疲れているというのもありますが、それよりも祭りの中での出来事が疲労の大半でした。剣舞の段階では確証を持てずにいましたが、祭りを回ったことで、セネカ・ローウェルがイリツタの人々に求められていることがよくわかりました。
祭りの行く先々で歓迎を受けたのです。激励してくれる人、これまでのことを心配してくれる人、成長を喜んでくれる人、と出会った全ての人が好意を持ってくれていました。
ありがたいことですが、気疲れしてしまったのです。リーリエと騎士長は慣れているのか、特に反応を示しませんでしたが、シャリオはすぐ足を止めてしまうことに嫌がっているのが感じ取れました。口に出していたわけでも、露骨に態度に表していたわけでもないので、わかりませんが。
「お待たせ」
そう言って、トオルは手にパンと果実を絞った飲み物を持ってきてくれました。
私たちはそれを食し、一息ついていると、トオルがそういえば、と言いました。
「リーリエとシャリオは仲良くやってるかな?」
「トオルも気づいていたんですね」
「もちろんだよ。二人はお互いのことを気にしているから、仲良くしにくいんだろうね」
トオルは肝心な所に気づいていませんでした。彼女らの衝突はトオルが関係しているというのに、とは言えません。せめて悟られぬよう、私は顔を背けます。
「二人きりで話していれば仲良くなれる、と思ってこうしたわけです」
「既に二人ともトオルとはいい関係ですよね」
「そういう事言うんだ、セネカは」
トオルは笑います。意外にも彼女は自分に向けられている好意に気づいていたようです。
「誤解だよ。さっきも言ったけど、あれはお互いが対抗した結果。あくまで、私は道具だよ。もちろん友達としては思ってくれているだろうけど」
「二人は昔からの知り合いですから、その可能性はありますね。でも、騎士長は別では?」
「それも誤解。オネットは嫌がらせだよ。リーリエたちを煽ってたんだ。ああいう人なんだよ」
「騎士長と出会って日が浅いのにずいぶん仲がいいではありませんか」
「ここに来てほぼ毎晩、晩酌に付き合ってるからね。酒癖が悪いんだよな、オネット。男口調になるし乱暴だし。あ、じっとしてて」
トオルは途中で、口を閉じ私の方に近づいてきました。咄嗟のことで逃げることも叶わず、私はじっとしていました。
青い目がゆっくりと近づいてきます。私がそれに見惚れていると、唇の端に何かが触れました。慌てて視線を向けると、トオルの手とハンカチでした。どうやら口を拭ってくれたみたいです。
ありがとう、と言おうとしましたが、胸につっかえて言葉が出ません。心臓が激しく打ち、呼吸も苦しくなっていると、後ろから声を掛けられました。
「あの、セネカ様ですよね?」
「そうですけど」
振り返ると、私より2、3歳年下の少女が立っていました。手に花束を持っていて、走ってきたのか呼吸は荒く、汗で前髪が額に張り付いています。
「ウィル様のお墓に私じゃ行けないから、代わりにお願いできませんか?」
「わかりました」
私は二つ返事で答えました。樽から降り、恭しく花束を受け取ります。
「ありがとう。しっかり届けてきますね」
少女は頭を下げ、走り去っていきました。事情の分からぬトオルに、私は説明しようと思っていませんでしたが、彼女の顔を見て考えを改めます。
私はすっかり、彼女を信用していました。ローウェル家の秘密を口にできるほどに。
「ウィル・ローウェルというのは、私の兄の名です」