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61話-剣舞

 夕刻、私は馬車で町を移動していました。アズ姉のおかげで、衣装を着ていても堅苦しさはありません。きつくなく、大きすぎず、ぴったりです。

 剣舞の衣装はドレスの下に甲冑というものなので、祭りでごった返している人混みを進むのには不向きだからです。

 いつもの私は荷台の隣で、姉を見ていたのですが、今は自分が衣装を着ています。


「私が着ることになるなんてね」


 ずっと、姉が着続け、毎年剣舞を舞うのだと思っていました。それが私の中では、ぷつりと切れてしまったままだったのです。私は騎士長になることだけを考えていて、姉がしていたことを引き継ぐという意識はすっかりありませんでした。


「聞いてなかったけど、舞う場所は昔と同じだよね?」

「はい、変わりありません。教会の前にある広場に台を作ってありますよ」


 アズ姉は淡々と答えてくれました。


「せっかくの祭りなのに、付き合わせてごめんね」

「何をおっしゃいます」


 私の鼻をつつき、アズ姉は叱った。


「祭りなどより、こうしてお嬢様の隣にいれることの方が私には特別ですよ。それに、去年もその前の年も、オネットの捕縛で祭りどころではありませんでしたし」

「捕縛?」


 あまりに不穏な単語だったので、私は間違いだろうという前提で訊き返しました。

 しかし、アズ姉はしっかりと頷きました。


「オネットは祭りの日は一秒たりとも公務をしたくない、と主張しましてね。あげく逃亡したわけです」


 いつも冷静なアズ姉が、疲労感たっぷりにため息をつきました。思いだしただけでこうなるのですから、騎士長の逃亡劇はすごいものなのでしょう。

 どんなものか気になって、訊こうと思いましたが馬車が止まりました。


「さあ、お嬢様到着しましたよ」


 アズ姉が荷台の扉を開けてくれましたが、私はすぐに出られませんでした。


「大丈夫ですか?」

「うん」

「剣舞なら心配ありませんよ。型を覚えていないオネットで成功するんですから」


 姉が踊っていた型は何度も見ているので、覚えています。私の不安は別のところにありました。

 今日の剣舞に私が出ることは事前に告知されていたわけではありません。急遽決まったことで、アズ姉がもしものために準備していてくれたから滞りなく進んだだけです。なので、私が広場に出ても、ぽかんとするだけでしょう。忘れている可能性が高いのです。

 それで済めば構いません。私が想定する最悪は、イリツタの人々が私を恨んでいないか、ということです。ローウェルとして不甲斐ない私に失望しているだろう、という思い込みが私を竦ませていました。


「どうやら違うようですね。私が言えることはあとこれだけです。皆さんが待っていますよ」


 アズ姉は強引に私の手を引っ張った。私は咄嗟に荷台から降りて、地に足をついてしまいます。甲冑がぶつかる音がし、辺りが静寂に包まれ、広場に集まった人々は私の方を見ました。


「セネカ様だ!」


 誰かがそう言うと、歓声が起こります。

 まるで、歓迎しているかのような、暖かい叫びが広場を埋め尽くしました。

 私はこれが現実か、とアズ姉の方を見て確かめます。彼女は口を閉じたまま笑って、台の階段を上がるのを手伝ってくれるだけでした。ですが、彼女の手の温度が間違いなく現実であると示しています。

 台に上ると、町の人々がよく見えました。着飾った住人達、トオルたちもおめかして、私に手を振ってくれます。

 アズ姉から儀礼用の剣を受け取り、ゆっくりと鞘から剣を抜きます。

 緊張は変わらずありましたが、それよりも応えたい思いが勝っていました。


 無我夢中で踊り終え、一度馬車まで戻るとアズ姉が笑って私を出迎えてくれました。


「素晴らしかったです」

「ありがとう。みんなもしっかり見てくれて嬉しかった。姉たちの喜びはわかったかな?」

「よかった。出来ていないなどと言えば、お嬢様であろうと叩いてましたよ」


 笑って言いましたが、アズ姉の眼は本気でした。


「流石にあれだけの拍手を疑うことができないよ」


 私の舞が終わると、町の人々は初めの完成に負けないくらい大きな音で拍手してくださいました。

 忘れられている。恨んでいる。そんなものはただの妄想だったようです。


「甲冑だけ脱いでください」

「このまま帰るよ?」

「ご学友がお待ちですよ」


 トオルたちがいる方を見て、アズ姉が言いました。

 私は甲冑を脱ぎ、アズ姉があつらえてくれたドレスでトオルたちと合流しました。

 みんなから、剣舞のこと、服のことを褒めてもらって、晩御飯を食べようという時、事件が起こりました。


「トオル、人が多いから」


 リーリエが手を差し出し、トオルに繋ぐよう目で訴えます。それをシャリオが見過ごすはずはありません。


「あら、私よね?」

「いいや、俺だ」


 悪乗りをしているのか、2人に騎士長まで割り込みます。

 せっかくの祭りだというのに、頭が痛くなります。


「せっかくのお誘いですが」


 トオルは3人に背を向け、私の前で膝をつきました。


「今日の主役はセネカですから」

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