60話-ネエネエ
私が成功した後、リーリエとシャリオも成功させました。そして、鉛筆から体へと通力を使い外を駆け、最終的には剣で試しました。
通力を使ったまま打ち合うと、いつもの倍近い速さで動けましたし、力も目も向上します。
新たな力を習得した事による興奮は収まりませんでしたが、その夜、私はすんなりと眠ることが出来ました。通力を使用すると、疲労感が途轍もないものだったからです。
朝、通力による疲労はまだ抜けていませんでした。むしろ悪化しています。体の節々が痛むのです。
それでも騎士長の鍛錬を受けれるのは残り数日です。この程度、と自分自身を鼓舞しながら朝食を取りに、トオルたちを誘いに行きます。
部屋を出ると、ちょうどトオルとリーリエがいました。彼女らも疲れた顔をしています。私だけではなかったので、ほっとしました。
食堂に降りると、定位置となりつつある席にシャリオと騎士長がいました。
「よお、今日は休みだ。食事を取ったら服は着替えな」
いつにも増して上機嫌な騎士長は、朝からお酒を飲んでいました。
騎士長にも休日が必要なことはわかっていますが、あと数日の猶予しかない私は苛立ってしまいます。
「全く、その顔じゃ覚えてないみたいだな。今日は祭りの日だろ?」
祭り、という単語を聞いて、リーリエとシャリオは顔を輝かせていました。トオルは特に変わりありません。祭りでも興味を引けないのか、と私は覚えておくことにしました。
「騎士長、3人は首都出身なんですから、説明不足ですよ。イリツタの祭りは剣舞があるんです。それは代々騎士長が行うので、休みというわけです」
「言いにくいことなんだが、飲酒をしていいものなのだろうか?」
リーリエの質問で、私は目を見開きました。そうです。剣舞は半年の穢れを祓う行事で、町の人々もそれが終わってからしかお酒は飲めないという決まりがあります。一市民ならともかく、騎士長がというのは問題です。
私が糾弾する前に、騎士長が口を開きました。
「俺はやらないぜ? セネカの説明は間違っている。代々騎士長がやってたんじゃなくて、ローウェル家の人間がやってたんだ。去年までの私は代理だよ、あくまでさ」
杯を仰ぎ、騎士長はお酒を飲み干しました。昔からお酒は強かったのですが、衰えていないようです。
「セネカの実力なら、問題ないさ。せっかくこの時期に帰ってきたんだ、やれよ。それに見ての通り、俺はこの体たらくだ。お前がやるしかあるまい?」
騎士長は私の懸念事項を悉く打ち破りました。そう言われれば、首を縦に振るしかありません。してやられた、と思っていると、騎士長はお酒のおかわりを使用人に頼み、だらしなく顔を崩しました。
「ようやく、遊べるぜ。せっかくの祭りなんだから、堅苦しくやってられっか」
私を気遣って譲れるよりも、こちらの方が騎士長らしい考えでした。なので、私は――。
「わかりました。今年は私が務めせていただきます」
「よし、そうとなれば急がないとな。アズライト、任せていいか?」
「畏まりました」
副騎士長であるアズライトさんが、いつの間にか私の後ろに立っていました。気を抜いていたとはいえ、背後に誰かがいれば勘付くものです。剣を取った者の本能ともいえる部分にあっさり打ち勝つとは、流石副騎士長です。
「さあ、ステラお嬢様、まずはお召し物の採寸を。大体の想定でご用意しておりますが、せっかくの晴れ舞台、ぴったりとあつらえた服でないと」
「セネカ、トオルたちの案内は任せろ。だから、剣舞に集中すればいい」
と騎士長の言葉を背に受けつつ、私は、さあ、さあ、とアズライトさんに背を押され、私は自室の方へ押しやられます。
部屋につくと、まるで母様のように、アズライトさんは私の服を脱がし、採寸を始めました。
下着姿にされた羞恥心が顔に出るよりも速かったので、反応が追い付けません。
「セネカお嬢様もご成長なされましたね」
アズライトさんの手はひんやりとしていて、少し暑い室温のせいもあって、心地よくウットリしてしまいます。
それに憧れていた女性に褒められるだけで、熱くなっていたので、彼女の手はとてもよかったわけです。
「成長期だからですよ。普通です、普通」
「それはそうですが、私はお嬢様の成長だから嬉しいのです。ここ2年、遠目でしか見れませんでしたからね」
「ごめんなさいってば。お手紙に書いてなかったけど、アズライトさんにいつだって会いたかったよ」
「私は書いてましたが」
口で泣真似をして降参する。アズライトさんは私が中等部でバイル学園に通い始めた時から、季節の折に手紙を送ってくれていた。律儀で、堅い文で、いつも私を気遣ってくれているのがよくわかった。でも、それに適当な返事ではぐらかしていたのは私だ。
イリツタにはローウェルの屋敷には、良くない思い出がいっぱいあるから、帰りたくなかった。
「お嬢様、剣舞では真剣な表情をしなければいけませんが、悲しんではダメですよ。こんな具合でしょうか?」
アズライトさんは私の頬を真横にひっぱった。
「私が言える事は、お嬢様を案じているということだけです。それに貴方様は何かを返そうとなど思わなくていいのですよ。欲を言えば、たまにはこうして抱きしめさせてください」
そう言って、アズライトさんは私を優しく抱擁し、私の短髪を撫でた。懐かしい、感覚だ。これが味わえるなら、戻る価値はあったと思えるほどに。
私は痛みを怯えていただけだったのです。目に見える痛みに耐えたら、報酬が待っている事を知っていたのに、それを遠ざけて誤魔化した。さっさと帰っていれば、よかったのです。
アズライトさんと同じ分だけ、私も力を入れて彼女を抱き、匂いを堪能しました。清潔で、規則正しい生活を送る彼女らしい、控え目な甘い皮膚の匂い。子供のころから、こうしてよく抱きしめてもらって、慰めてくれました。
「あ、もう一つありました」
「え、何?」
アズライトさんがそんなことを言うとは思えず、私は耳元で囁くには大きい声で訊き返してしまいました。
「アズライトさんだなんて、止めてください。前に会った時はネエネエと呼んでくだったのに?」
「そ、それは禁止!」




