59話-3本目の鉛筆
翌朝、昨日と変わらぬ顔ぶれが会議室にいました。
全員、通力の鍛練に参加することになりましたが、騎士長はそれに触れませんでした。
「じゃあ、始めていくぞ」
と何もない風に言います。机に刺さったままの鉛筆のように、変わった風景を当たり前だと。
一度、疑いという視点を持ち、それを是とした私たちは変わった風景に狼狽えていてはいけないのでしょう。
恐らく、騎士長は大雑把なだけで、そのようなことを伝えようと思っているわけではないとは思いますが。
「通力の使い方というのは難しくない。加護を使う以上、無意識に使っているからな」
騎士長はわかるだろう、と私たちに言います。前置きもなしに説明が始まり、終わりました。ですが、よくわかりません。何となく予想はしていましたが、騎士長は教師に向いていないのでしょう。
「難しくないと言われても、無意識を意識するのは十分難しいよ。もう少し意識できる助けが欲しいので、通力について教えてくれませんか?」
トオルがそう言うと、騎士長はそんなものか、と首を傾げます。
「私が聞いた説明をそのまま詳しく言うと、加護は神様によって与えられた、通力に変化を起こさせる式だそうだ。加護は式に通力を込めることで、現象を起こしているらしい。私たちは通力だけを使うことがないだけで、式に込めるという動作は無意識に行っているわけだ」
そう言い、騎士長は、続きは何だったけと唸り始めます。
聞いた説明という文字通り、騎士長の言葉でない説明でした。ですが、初めの説明より格段にわかりやすいものです。私たちは期待しながら黙って続きを待ちました。
「つまり、通力というのは力の源だ。それを体に、物に通すことで、対象が強くなる。鉛筆が机を貫けたように。これでダメか?」
私たちは一先ず頷きます。通力というものへの理解は深まりました。
ですが、重要な説明を騎士長は忘れています。
「騎士長、どうやって使うのかがわからないのですが」
私がそう言うと、騎士長は眉をピクリと動かしました。どうやら忘れていたようです。
「口で説明するのは難しいんだが、加護を使うように、物事に集中するって感じだ」
「お師匠、いくらなんでも大雑把すぎでは?」
「そういうな、シャリオ。お前たちは素質があるから難しくないよ。そんじゃそこらの騎士に負けないだろ?」
私たちはここに来て、たくさんの騎士の方と打ち合いました。全勝とはいきませんでしたが、それなりに勝てたのは事実です。剣だけなら、騎士の技量に並んでいると私は自分の実力を評価していました。
「ネメスを担う人材になるわけだ。胸を張れ。剣を使うというのは、体を動かすことだ。自分の肉体への理解が深いなら、通力も意識すればわかるはずだ」
そう言われてもわからないものはわかりません。私たちにとって通力は、説明を受けるまで実体の掴めないモノでしたが、それが今、雲のようにふわふわとしたモノに変わっただけです。ぼやけて、遠い存在であることには変わりありません。
「実を言うと、リーリエは無意識に通力を使っている」
「私がですか?」
「ああ。お前らほどの実力になれば、トオルもセネカもシャリオも使ってはいるよ。だが、リーリエはほとんど教える必要がないほどに扱えている。天性のものだろうな」
みんなの視線がリーリエに向きますが、彼女は自分でもわかっていないようで不思議そうな顔をしていました。
「ほら、座学は終わりだ。あとは鉛筆を握って、貫くまで練習あるのみ。いいな、加護を使い始めた時を思い出せ。使おうと切り替えるのを、加護ではなく握っている鉛筆に変えるだけだ。難しく考えなくても、明日にはできているさ」
騎士長は無責任なことを言って、立ち上がりました。私たちが訊く前に答えます。
「お仕事だ。まあ、気楽に励め」
騎士長は笑って、会議室から出ていきました。
彼女の自由っぷりに私たちは何も言えず、ただ背を見るだけです。
「感覚の問題だから、オネットの言う通りかもな。少なくとも練習あるのみってわけだ」
トオルは私たちに鉛筆を配り、席につきました。そのまま鉛筆を握って、目を瞑ります。
呼吸が徐々に深くなってきたとき、彼女は鉛筆を振りかぶりました。躊躇のない勢いです。机を叩く大きな音と共に、木が抉れる音が響きます。机と鉛筆どちらが勝ったかは一目瞭然でした。
机には鉛筆が2本突き刺さっていました。
私たちはその鉛筆をじっと眺めていました。その硬直が解けたのは、リーリエの拍手です。
シャリオと私も真似て手を叩きます。
「すごいじゃないか、トオル」
「ありがとう、リーリエ。意外と呆気なかったよ」
トオルはにかんでそう言います。そう聞くと、簡単なのかなあ、と思えるので不思議なものです。
「コツがわかったよ。あれだな、漫画だ」
「まんが?」
私たちはトオルの言葉を繰り返しました。まんが、という単語を聞いたことがなかったからです。
すると、トオルは慌てた様子で言い直しました。
「ま、まさかだよ。まさか、こんな簡単だなんてね。ははは」
いつもと違い余裕のない笑みでした。トオルも喜んでいるようです。
「で、コツは何なのよ?」
シャリオが訊くと、静かになります。私も聞くのに集中しました。トオルの説明であれば、できるようになる気がします。
「想像するんだ。この鉛筆は、机を貫くほど硬く、力を込めたものだってね。本当はそんなことは起こりはしないだろう? でも、加護があればどう思う?」
「起こっても不思議じゃないわ」
「そういうこと。つまり、加護によって奇跡を起こすように、この鉛筆に机を貫ける力を自分は込められると考えるんだ。それから、いつもと同じように、それを加護であると思い込んで、力を込める。それだけだよ」
「つまり、通力をかごと思い込めってことね」
「そういうことだ」
私はトオルのように目を瞑り、力を込めます。普段加護を意識して使うことはありませんが、トオルの助言通り、初めて使ったことを思い出します。すると、加護を使うときのように、胸から何かがせりあがる感覚がしました。それは腕を通り、手に握られた鉛筆へ渡されます。私は確信を持って、腕を振りかぶりました。
手が机に当たり、痺れましたが、それ以外の痛みはありません。鉛筆が手の中で折れた感覚もなく、何も刺していないような気がするほど何もありません。
「セネカ、おめでとう」
トオルの優しい声を聞いて、私は目を開きました。そこには3本目の鉛筆が刺さっているのが見えました。