52話-騎士長オネット
騎士長の案内で私たちは食堂に通されました。いつもなら四六時中賑わっているはずの場所ですが、誰もいません。コックすらいない所見ると、この悪戯は手の込んだもののようです。
そんなことも知らず、トオルは騎士長と並んで座って、お茶を飲んでいました。彼女らの対面に座っている私とリーリエは気が気でなりません。
「そういえば、イオネはどうしてここに?」
「言ってなかったが、私は騎士でね。シャボンで会った時も仕事中だったんだ。潜入捜査」
「じゃあ、街で会った時は?」
「ああ、あれは剣術大会の結果待ちさ」
そこまで言うとトオルはイオネの正体を察したのか顔色を変えました。
「オネット。それが私の名前だよ。ああ、肩書付きの方がよかったかな。ネメスの騎士長、オネットだ」
そう言われ、トオルは僅かに体を動かし、騎士長を警戒するような目をしました。驚きではなく、警戒です。
この国の騎士長と言えば、神と大神官の次に崇敬される存在です。そんな相手を警戒するとはどういうことだろう?
「本当に良い目をするな、トオル。そう、お前の懸念は正しいよ。私はジュ―ブルからの間者を探していたんだ」
「あの、オネット様、それがトオルと一体どういう関係が?」
「やあ、リーリエ、久しぶりだね。来て、早々、話を合わせてもらって助かったよ。おかげで、トオルが驚いてくれた」
腹を抱えて、騎士長は笑いました。トオルの反応がよほど面白かったようです。
それなら、トオルが騎士長を警戒しているように見えたのは、私の気のせいだったのでしょう。
「実は剣術大会の時にトオルと仲良くなってね、この布の腕輪も彼女からの贈り物なんだ」
ほら、と騎士長は私とリーリエに腕を見せました。神から与えられた神旗を見せびらかさない所が彼女らしい。
「でも、あの時は潜入捜査で身分を隠していたから、何をしていたか説明していたんだ。もう解決したみたいだから、今は話せるしね。なあ、トオル?」
「そうですね」
「そう硬くならないでくれ。私とお前は友達だからな。今は騎士長なんて座に就いているが、元はただの平民だ。そこのおふた方みたいに育ちはよくないんだ」
騎士長は私とリーリエのことを見てそう言いました。
確かに、オネット騎士長は貴族ではありません。騎士長という座に就いた際、後見人の話があちこちからあったそうですが、全て蹴ったらしいのです。未だに酒の席ではその光景を見たことがある、という者が店に一人はいますし、物語になったりもしています。男性にとっては敵である騎士ですが、快活な性格だと男性にも人気がある稀有な騎士でした。
が、その姿をまじまじと見たことがある者は少なかったりします。国の祭事にまともに参加しないからです。堅苦しい仕事は嫌いだと国民の中で噂になるほどでした。
なので、姿を見ても騎士長とわかるものは少ないので、トオルが騙されたのも仕方がないとも言えます。
「確か、トオルとリーリエが滞在するのは一週間だったな。楽しみにしているよ。呼び止めて悪かったな、今日はゆっくりして、鍛錬は明日から始めよう」
それじゃあ、と言って騎士長はトオルに何かを囁いてから席を立ちました。
私は自分が今自由に使うことのできる部屋をトオルたちに案内し、その後自室に戻りました。といっても二部屋隔てた場所なのですぐ近くです。
定期的に騎士の誰かが部屋を清掃してくれているので、綺麗なものでした。といっても、本棚と服が収納されたクローゼットぐらいしか私物はありません。ベッドと机などは私の物ですが、元々母のものでした。
物欲というのが幼いころからなかったのと、姉の逝去によって贅沢を許されなかったから、気づけば貧乏性になっていたのです。
物のない部屋ではありますが、やはり落ち着きます。夕食も、騎士たちが使っている食堂で取るので、実家とはいえ何もすることがありません。リーリエたちの元へ行こうと思いましたが、彼女らも長旅で疲れているだろう、と私はここで寝ることにしました。決して眠たかったわけではないのです。
予想は当たっていたようで、夕食を取るとリーリエたちはすぐに部屋へ戻ってしまいました。騎士の鍛錬が辛いものだとわかっていることもあるでしょう。休めるうちに休んでおくのは良い考えです。
私も眠ってしまおうと思ったのですが、変な時間に寝たせいか寝付けず、屋敷の周りを歩くことにしました。
夏ということもあって、夜でも熱いのですが、風があるので今日は心地よいほうでした。
夜ではありますが、当然、騎士は屋敷を見回っています。一人きりになれる場所、というわけではなかったので気を使ってしまい考え事はできませんでした。
思い出に耽ることも。
そのおかげか、私は人の気配を察知しました。聴覚や視角ではなく、気配察知の加護によるものです。私はそれを頼りに近づいていくと、話声が聞こえてきたので、慎重に移動し聞き耳を立てました。
「心配しないでくれ、と言っても無駄だろうとは思っていたから、お前が来るのはわかっていたよ」
いつもより楽しそうな声ではありますが、間違いなく騎士長のものです。
「それで、何が訊きたいんだ、トオル」
「シャリオをどうしたんですか?」
「まず、それを聞くかい。なるほど、策でそうしたのか、素でそうしたのかわからないが、どちらでも私好みだ」
喉を鳴らし、騎士長は笑いました。彼女は本当に楽しそうです。私が思わず戸惑ってしまうほどでした。いくらなんでも珍しい。
敵ではないとわかったし、これ以上盗み聞きするのは悪い事ですが、彼女らの関係が気になってどけずにいました。
「明日、答えるよ。おやすみ、トオル」
騎士長はそう言って、私がいる方向と反対側に去って行きました。トオルは追わず、そのまま部屋に戻るようだったので、私はしばらくじっとしていました。
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