51話-騎士長
予想外の流れになりましたが、夏季の長期休暇の初日、私たちはローウェル家の屋敷に向かうことになりました。もちろんリーリエも一緒です。
従者のトオルだけ連れて、主人を断るというわけにはいきません。そもそも付いてくるのに不都合はなかったのです。私はまだリーリエに遠慮している部分があるので、彼女と二人だけでいると気まずかったりしますが。
実家となるともてなさないといけない、と考えてしまったのでトオルだけが一番良かったというだけの話です。
貴族の、それもイノ家のご淑女をもてなすスキルは私にはありません。幼少の頃から剣ばかり握っていた無骨ものでした。
イリツタからバイルはネメスで最も離れた地域なので、一日で進むことは難しく、一晩首都で宿泊し、ローウェル家を目指すことにしました。
剣術大会の時のようにトオルが騎車の運転をしてくれてます。首都で休息したとはいえ、辛いでしょう。変われるなら変わりたいものですが、私は騎車の扱いが上手くなく、何か仕出かしてしまうのではないか、と思って提案することができませんでした。
無事にイリツタにつき、ローウェル家の屋敷まで数十分という所でした。そこまで行くと、屋敷がはっきりと見えます。
「バイル学園より大きいよな、これ」
「そうですね。2倍はないでしょうけど、大きいのは確かです」
とトオルに説明します。リーリエは何度か来たことがあるだろうし、驚きもなさそうでした。
「お母様が住んでるのか?」
「ローウェルの屋敷には私しか住んでいません。ですので、今はネメスの騎士たちの宿舎として多くの部分を貸しています」
「私しか?」
「姉が死んだことは言いましたよね? その後、不幸が続き、一族は私を残して全員死んでしまったのです」
言ってから気軽に話す事ではなかったと反省します。私の周りにいる人間はこの事を面白おかしく囃し立てていたので、つい誰もが知っているだろうと思っていたのでした。知っていることをわざわざ聞かれ、答える。そんなことに慣れすぎたのかもしれません。
やはり、というべきか、世情に疎いトオルはローウェル家のことを知らなかったようです。その証拠に顔を強張らせて、申し訳なさそうにしていました。
謝るべきは私なのです。
「トオル、暗い話をして申し訳ないです」
「いや、私が悪かったよ」
それ以上トオルは何も言わず、ローウェル家の外門につきました。軍隊が整列できるほど、広いローウェル家の玄関です。
屋敷を警備している騎士たちは仰々しく私たちを迎えてくれました。騎士の中には姉の世話になった者が多いらしく、私に親切な人が多かったです。非情ならば、実力が伴っていない私をこうして出迎えてくれることはないでしょう。
外門を通り過ぎ、内門へ向かっている所で、トオルが口を開きました。
「ずいぶんと入り組んでるなあ」
「ここは軍事基地でもありますから、侵入してきた敵を排除しやすくするために、内門と外門の2つの門を使っています。外門から内門へ向かうのに、真っ直ぐではなかったり狭かったり広かったりするのはそういう訳です」
「言われると納得だなあ」
「あれが内門です」
内門は外門のように大きくなく、騎車が一台入るかどうかという大きさでした。内門の中でなら遊んでいい、とよく言われたなあと懐かしくなります。私の中ではあそこが屋敷の内と外を分ける場所でした。
「誰か立ってないないかい?」
リーリエが言うので、私は遠目の加護を使って、目をこらします。確かに人でした。
「本当ですね。あそこは見張りがいないはずなのに」
はて、と思いながらも近づいてみると、それが誰であるか私にはわかりました。騎士長です。いつも青髪を上げているのですが、今日は下していて、雰囲気まで変わっていたからすぐ気づけませんでした。それはリーリエも同じらしく、私たちは顔を見合わせます。
私はまず、何故、と疑問符を浮かべました。
そのせいで、駆け寄っていくトオルを止めることができませんでした。
「イオネ!」
とトオルが言うと、騎士長も走って彼女の元にやってきました。
正体を知っている私たちはますますわかりません。
2人は親しげに話していて、トオルの人違いという事ではなさそうです。
「あの、きし――」
私が言いかけると、騎士長はこちらに人差し指を立て、静かに、と合図をします。どうやら、トオルが勘違いしているのは、騎士長の仕業のようです。
騎士長の名前はイオネなどではないのでしょう。
ひと悶着ありそうだなあ、と私は漠然と思いました。
2/23-語尾の修正。