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50話-貴方がいるなら

 私は用があって、トオルを訪ねたのだが、彼女は留守でした。胸の大きい使用人によると買い物に出かけたそうです。

 また明日にしよう、とバイル学園へ戻っていると平民街でトオルと同学年の生徒が歩いているのを見つけました。先約があるのだから帰ればいいのですが、私は何故か後をつけていました。

 リーリエとトオルは主従ということもあってか、似ている部分が多いです。例えば、所作が洗練されている所とか。だだし、両者が与える印象には差があり、トオルの方が大人びています。彼女を前にすると弄ばれているような気さえするほどです。近くにいないと気づけないことですが、トオルに比べれば、リーリエの方が案外幼かったりします。それはもちろん良い意味で。

 隠れるところが多いので、尾行は難しくなかったです。トオルは、一見普通に買い物をしていましたが、笑いかけたり、服を脱ぐときに手助けをしてあげたり、耳打ちしたりすることで、生徒を骨抜きにしています。一つ一つ挙げればキリがないほど、トオルの所作は完璧でした。貴婦人が読む物語に出てくる主人公みたいです。

 が、それ以上のことはなく、買い物は終わりました。逢引というのは私の勘違いだったようです。


 翌日、学園の中で機会を伺います。

 剣術大会以降、私はリーリエとトオルと過ごすことが多くなりました。

 トオルの人気ぶりは目を見張るものがあります。リーリエも変わらず人気ですが、彼女は見上げる存在で、どこか遠い印象があるのです。それに対しトオルは話しやすいからか、思わず掴みたくなる妖艶さがあるように思えます。

 なので、講義後はリーリエがいなければ、トオルの元へ生徒が殺到しています。普段はリーリエがいるので遠慮しているが、今日はリーリエが休みだったから、凄い人です。

 明日はリーリエを交えて、トオルと剣の稽古があるのでその時でいいでしょう。まだ期日のある話題です。実のところ、リーリエがいるので、明日は避けたかったのですが、早いに越したことはないので仕方ありません。

 

「トオルさん」

「なんだい?」


 私が席を立ち、外へ出ようとした時、トオルの前に一人の少女が立ちました。顔を真っ赤にして、僅かに震えています。もうじき夏季の長期休暇。彼女がその時期にトオルを誘おうとしているのならまずい。

 私はトオルの元へ行き、勇気を振り絞ろうとする生徒より先に言いました。


「この子の後、少しいいでしょうか?」

「構わないよ。セネカの部屋でいいかな?」

「は、はい。もちろんです」

「じゃあ、教室の外で待っててよ。すぐ行くから」


 私は聞き耳を立てながら、教室を出る。聞こえる限り、先ほどの少女は今度の休みに出かけませんか、という誘いだった。これなら大丈夫でしょう。

 すぐにやってきたトオルと共に部屋に向かいます。

 夏ということで、冷やした水を出し、椅子に座って、私は本題に入ることにしました。


「実はお願いがあるんです」

「セネカが私に? 珍しいね」

「そうですか?」

「だと思うよ」


 トオルは華やかに笑って、話の続きを待ってくれる。こういう誘導の仕方が巧い人です。


「長期休暇の内、1週間だけ私の実家についてきて欲しいんです」

「実家って、ローウェル家だよね?」

「はい。ジュ―ブルとの国境付近にある家です。代々、騎士長を務めてきた家系なので、国境沿いに家があるのです」


 トオルは貴族の情報に疎いので、先に説明しておきます。ローウェルは落ちぶれた家なので、若い世代は知らないことも多い。以前であれば、そのことに苛立ちを感じていたが、今は違います。大人な対応をする人間と過ごせたおかげでしょう。


「里帰りの道中が危ないのか?」


 トオルの頓珍漢な問いに私は思わず笑ってしまった。


「やっぱり、違うよな。セネカの護衛が私に務まるわけがないし」

「そんなことはありませんよ」


 トオルは笑われても腹を立てたりしないが、こうした意地悪をよくする。彼女には私がこう答えるとわかっていたはずです。初めの頃は謙虚なだけかと思ったが、トオルは親しい人には意地悪な所があることを私は発見していました。


「じゃあ、どういう事情なんだ?」


 と言ってトオルは私を真っ直ぐ見る。青い目はどこまでも透き通っていて、海のように綺麗だ。

 私は真剣なトオルに対し、胸をときめかせていた。それではいけない、と気を張り、説明を続けます。


「実は騎士長が来るのです。稽古をつけに来てくれるそうで」

「へえ、それはいい機会だね」

「はい。もちろん、恵まれているとは思います。騎士長の好意でしていただいていることですし」

「もしかして、騎士長が苦手なのか?」

「流石はトオルですね。その通りです」


 私は落ち着くために水を飲む。そうやって気を配らないと、冷静でいられる自信がなかったのだ。


「私の姉は前の代の騎士長でした。姉が死んだことで、騎士長の座が空位になったところを、今の騎士長が座ったという形です。それにより、私たちローウェルは没落しました。その原因が騎士長にあるとは思っていません。でも、彼女を前にするとそのことを忘れてしまうのです」


 私の恥部を語っても、トオルは笑わなければ同情もしませんでした。変わらず、真っ直ぐ見つめている。彼女の目は、こう問いかけているように思えた。


『それで?』


 挑発めいたものではない。ただ純粋に続きを促している。

 トオルは余計な口出しをしない。ずっと黙っているわけではないけど、しっかり話を聞いたうえで、彼女の意見を述べてくれる。それは何かの意図を以って私を説得しようとかそういうものではない。彼女はただ思ったことを口にする。

 だが、今回はそんな苦労をかけるわけにはいきません。

 この問題は私の中では過去なのだ。まだ完全に拭えてはいないが、過ぎたことなのだ。


「私は彼女を超えたい。そのために、稽古をつけてもらうのが最短だとわかっています。でも、私が冷静でいられる自信がないんです。いつ、騎士長に暴言を吐くか、それどころか剣を向けることさえあり得るかもしれない。私は私の中の憎悪がおぞましいのです」


 だがトオルがいれば別だ。彼女は私を見ていてくれる。手を差し伸べてくれる。何より、セネカ・ローウェルがトオルに呆れられたくないから、しゃんとできる。


「自分勝手な頼みだとは思いますが、私はトオルといると自分をしっかり保てるんです。冷静でいるために、私はあなたが必要なのです」

「ネメスの騎士長も気になるし、私としては受けたいんだけど、リーリエ次第かな」


 トオルはそう言ってくれた。私は椅子から立ちあがってしまいました。


「私からもお願いしてみますので」

「いや、今日帰ったら相談するよ。ごちそうさま。また明日ね」

「はい」


 剣の稽古までトオルとリーリエとも会うことができず、件の賛否が気になって仕方なかった。

 断られたら、どう説得しようかとリーリエを待っていると、彼女が走ってやってきました。


「私もいいだろうか?」


 と興奮気味にリーリエは言ったのでした。 

3部のスタートです。この部はセネカ視点で話が進みますが、次はいつも通りです。ここでは夏休み編とトオルがいなくなってからの話を書きますので、1.5部と2.5部のような形ですね。今回からサブタイトルをつけてみました。実はタイトルつけるの苦手で避けていたのですが、これも練習していきます。

1/12日-キャラクターの名前が間違っていたので修正しました。

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