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5話


 リーリエの従者を決める大会には64人参加した。これは中等部3年の半数以上を占める数である。既に進路が決まっているものは応募できないので、進路が決まっていないほぼ全員が参加したのだろう。それほど、リーリエの人気があるのだ。

 1日目は3回戦がすべて消化したところで終わった。トオルは無事に勝ち進んでおり、明日の4回戦の相手はセネカ・ローウェルだ。

 3回戦までの戦法は全て同じだ。いきなり、神旗を纏い、銃を突きつける。彼女は3回、全て1分に満たない勝負だった。

 決勝を含むと、あと3戦。だが、次の4回戦のセネカとの勝負が実質の決勝とトオルは捉えていた。

 ほかの参加者は神旗を持っていないし、神旗にあらがえる技量も加護もない。

 従って、敵ではなかった。

 次の試合は時間の関係で、明日の昼からだ。まだ1日、時間がある。

 肉体的疲労はなかったが、精神的には疲れていた。滅多に食べない砂糖菓子を口にし、トオルは立ちあがりぼやく。

 

「毎回毎回、ハードモードは辛いっすわ」


 試合までの時間で、まず、セネカの情報を集めることにした。

 闘技場に残っている生徒たちに近づいて声をかける。


「ねえ」

「あ、トオルさん」


 ある生徒がそう呟くと、彼女の近くにいた人々がトオルの方を見た。

 トオルは転校してきたばかりということで、変に注目を集めてしまい作業は捗らなかった。質問する前に質問されてしまうのだ。

 名字もない平民が神旗を持っているのがよほど珍しいらしい。

 無理もない話だ。神旗は非常に高価なもので、一流貴族の象徴とも言える。貴族であっても全員所有しているわけではなかった。絶対数が少ない物なのである。


「女子中のノリは慣れねえな。さて、博打を打ちに行きますか」


 トオルは生徒たちの輪から抜け出し、口汚い独り言をぼやきながら、唯一獲得した情報を活用することにした。

 セネカは貴族だが、学園の寮住まいという情報だ。

 端から神旗や加護について聞き回るつもりはなかった。そんなものを知って対応できる策はまずないし、メリドの人々は神から授かったものを吹聴するような真似はあまりしない。トオルに必要な情報は相手がどこにいるかである。

 寮の中でセネカの部屋を聞きだし、ノックした。


「どうぞ」


 女性にしては低い声。冷たい印象を受けるが、拒むような調子ではなかった。

 トオルが入ると、セネカは目を鋭くし、机に立てかけてあった剣を手に取り、いつでも抜刀できるよう構えた。


「何をしにきた?」

「少しお話を」


 トオルは両腕を上げ、笑いかける。その間、横目で部屋の観察をしていたが、これといって面白いものはなかった。つまり、殺風景な部屋である。机とクローゼットにチェスト、あとはベットだけという質素ぶりだ。


「リーリエ様を踏み台にするのを聞いたか?」


 思わぬ情報の開示にトオルはほくそ笑みながら、手を振って否定した。踏み台の件は興味深いが、すべきことがある。


「違います違います。提案です」

「提案?」


 話が出来る相手で助かったと、トオルは弛緩した。神旗を持っていて警戒されていたら詰みだ。


「はい。今回の参加者でジンキを持つのは私たち二人だけ」

「その通りだ」

「ジンキで戦えば、間違いなく、どちらも傷つく。次の試合で使えるかどうかは怪しい。ですから、どちらもジンキを使わずに次の戦いをしませんか?」

「なるほど。良い提案だ。最大の敵を倒し、消耗して結果、他の相手に負けるというのは本末転倒だからな。私もあなたとの対戦が最大の障害だと認識していました」


 セネカは構えを解き、トオルに笑いかけた。

 笑っていても、二重瞼ではあるが目が鋭いままだ。辛うじて耳が隠れるほどの髪の長さで、背が低いので可愛らしく刺々しい。いつも無表情、もしくは怒っていると勘違いされそうな容姿である。

 トオルもわざとらしく目を大きく開き、手を合わせてみせた。


「では?」

「ええ、その提案受けましょう」


 二人はトオルが用意していた誓約書を交わした。

 内容は、次の試合で両者は神旗を使わず、勝敗を決するというものだ。

 トオルの思惑通り、事が運んでいた。


 迎えたセネカとの試合。その試合も1分も満たない時間で勝敗がついた。

 トオルは開始早々セネカに一撃を与え、剣を抜く間もやらなかったのだ。

 その後の試合は全てジンキを纏い、降参させ、無事優勝した。

 あまりにも呆気ないように見える試合内容だったが、危険な賭けであった。そうするしか、優勝はできなかったのである。


 数年前、トオルは加護を宿していない、という結果が出た。正確には検査から外れた加護を二つだけ持っている。

 だが、それでは神旗を操ることはできない。

 神旗はその神に属する加護を宿していないと装着することすら叶わず、使い続けるには神との制約を守る必要がある。

 トオルは神を遠目に見ただけであり、加護もない。女尊男卑の社会を成り立たせている要の力を有していないのである。

 つまり、彼女の持つジンキは神旗ではなかった。

 全くの別物である人騎だ。

 人騎には、神旗が持つ運動性は変わらないが、女性の権力の象徴がなかった。

 絶対的な力である神の武具としての能力がないのだ。よって、トオルの人騎はパワードスーツと変わらない。

 そう、トオルが持つのは人騎という人の手によって作られた神旗擬きだった。

 元々、人騎は男性労働者のために作られたものだ。誰でも装着できる。なので、女性に刃向えるほどの力はない。

 ただ力が強くなり、飛べるようになっただけで、戦闘に向いた加護の持ち主であれば、人騎など相手ではない。トオルが加護を併用しても五分五分の戦いとなるだろう。

 そこまでのアドバンテージにはならない、ということだ。

 つまり、トオルは神旗を持っているという虚勢で勝ち進めた。

 虚勢を成立させたのは、社会の歪みだった。

 人騎は男が使うもので、女が使うという発想がなかったのだ。なので、鎧を纏うことで勝手に人騎を神旗と誤認したのである。

 セネカにそれを信じ込ませるために――この世界には嘘を見抜く加護もあるので――トオルが慎重に話を進めたことも成功の要素だろう。


「ジンキ」


 言葉の発音だけではどちらであるかわからない。つまり、トオルがジンキを神旗と人騎の両方を指す言葉として使えば、嘘を見抜くことはできない。そして、セネカは初めからジンキと言われて神旗と認識していた。だから、トオルの提案を呑まされたのだ。一方的に不利になる条件を。

 使うことを封じたのは神旗だけなので、人騎は使えたのだが、そうすると今後の戦いで嘘が露呈することになる。

 なので、トオルは彼が持つ加護の一つである自己加速で開始早々攻撃したのだ。もし、あれが躱されていたらなりふり構わず人騎を使っていたかもしれないが。

 それほど杜撰な策だったのだ。ただの言葉遊びこそがトオルの武器だった。


「嘘も立派な武器だ」


 トオルは人を騙したこと、蹴落としたことに罪の意識を感じていなかった。

 日本で生きていた頃、何度か妄想したことのある異世界転生と現実の転生は全く条件が違った。

 強いスキルを有しているわけでもなく、家柄に恵まれもしない。何より、男ではなく女として転生している。

 そして、この世界には科学があり、現代技術など役に立っても無双はできない。

 菊池トオルとしての人生経験だけが、僅かな転生特権だった。それも年齢が経つにつれ薄れつつある。

 だからこそ、早いうちに平穏を得るために、リーリエを篭絡する必要があった。

あらすじ詐欺になりそうですね。キスで成りあがってません……。でも次回あたりから使い始めるので、少々お待ちください。

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