48話
気づけばトオルはジュ―ブル神が祀られている神殿まで来ていた。
悩み事をするには持ってこいの場所かもしれない。
トオルは道の端にあった切り株に座り、大きく息を吐いた。
ステラの指摘は、ほぼほぼ正解であった。あと少し付け加えるだけで、説明できただろう。
だから、完全に落ち着いた。もう、独り言を吐き出す恥ずかしい真似はしない。心の内で済ます。
ああ、そうさ。俺は怖かった。自分を思ってくれる彼女らに、何も返せないことが。ただ不利益を与えている事実が。
そして何より、キスの効力がなくなって、自分の前から去って行くことが。
真の臆病者を、ステラの言葉は照らした。愛を甘受できない? そうじゃない。失うのが怖かっただけだ。だから、確実に得られる平穏だけを取ろうとしていたのだ。不確定な力に頼らず、生きていくためにと嘯きながら。
ああ、汚い。しかし、これはあくまで、胸に秘めていた思いをつまびらかにしただけである。
トオルが知りたいのはこれからどうすればいいか、だ。
「そういう時こそ神頼みではないかの?」
トオルは辺りを見渡すが、誰もいない。
が、幻聴だと思うこともできなかった。聞いた声は確かに、ジュ―ブル神のものだったからだ。神様であれば、姿を見せずに声を出す程度簡単にできるだろう。
「おやおや、思ったより驚かないんだ。まあ、いいや。わっちは、奥で待っているからおいで」
できれば断りたかったが、神様のご好意を無下にするのか、と怒られそうなので従う。
神頼み? 思い出してトオルは思わず鼻で笑ってしまった。見放された相手を頼るなんてバカバカしい。都合のいい神様なんていないことはよく知っている。
立ち止まって祈りを捧げる暇があれば、足を動かす。それがトオルの気づいたことだ。が、今はそうできていない。メリドに転生してからは活動し続けていたトオルの初めての停滞だった。
その理由がどう生きればいいか、なんてものだから余計に笑える。挫折から逃げていた結果だ。
奥に進むと、前回とは違い、銀髪の少女が一人だけ控えていた。
「お茶でもと言いたいところやけど、そういう気分やなさそうやね」
「よそ者を何度も呼んでいいんですか?」
「悩み事を解消するのも、神様の大事な仕事だからなあ。そう思うやろう?」
「ネメスではこんなフレンド、いえ親切じゃなかったです」
「ネメスはツンとしとるからなあ」
喉を鳴らしてジュ―ブル神は笑った。神様同士面識があっても不思議ではないのだが、いざそうだと知ると驚きがあった。
それほど、ジュ―ブル神とネメス神の印象が違うのである。同じ神様だと言われても説得力がない。
「さて、お悩み相談やったね。心配せんで、いいよ。わっちらの会話が漏れることはないから」
トオルが銀髪の少女に目をやると、ジュ―ブル神はまた笑った。
「神様の前やいうのに、疑り深い子やね。まあ、知ってたけど」
「知ってた?」
「リルの記憶を視たからなあ。だから、トオル様、いくらでも話してくれてええねんで。その子も口は堅いし。わっちは独りでおれんから許してや」
トオルには今一信じられなかったが、神様に向かって嘘ですね、と言うこともできなかった。
「その目は信じてない目やな。まあ、仕方ないわな。話してもらえたら嬉しいけど、無理に話せいうわけちゃうから」
「どうして、ジュ―ブル様は私のような人間にやさしく接してくださるのですか?」
「あ、やっぱりわからへんか。わっちの好みよ。人間も依怙贔屓? って言葉を使うじゃない?」
はぐらかされた気しかしないが、それ以外の理由が思い当たらないので、トオルは一先ず納得することにした。
「ジュ―ブル様」
「嫌やわあ、ジュ―ブル様やなんて。ジュ―ブルって呼んで下さい」
フレンドリーな神様にたじたじになりながらも、トオルはペースを握ろうとする。
ついつい、馴れ馴れしい態度を取っていたが、相手は神だ。節度を持って接した方がベターだろう。
「そういうわけにもいきませんよ。神様なんですから、敬われて当然ではないですか」
「嫌や嫌や。トオル様は意地悪や」
「わかりました。ジュ―ブル。これでいいですか?」
「ええ、ええ」
弾んだ声で言われるとトオルも苦笑いするしかない。
何が目的か、なんて疑っても意味がない相手だと思うことにした。世の中には一定数そういう人がいるものだ。神にいても不思議はない。
「さて、仲良くなったわけやし。トオル様がうじうじ悩んでることを切開しましょか」
ジュ―ブル神は面白おかしいという風に笑う。それが予兆もなく、ピタリと止んだ。
「君はどうしたい?」
と脳を揺らすような錯覚を覚える声でジュ―ブル神は訊いた。
次話で2部は一旦終了です。