43話
リルの言う通り、村人からの態度は変わった。
昨日の散歩のときは誰とも目が合わなかったが、今はじろじろと見られている。背が高く、髪色も違う人間のことが気になるのだろう。昨日は何を仕出かすかわからないということで目を逸らしていたのだ。
ここでも神の影響力というのは凄まじい。
トオルはいつまでもニートのままいるわけにもいかないので、リルの仕事を手伝うことにした。彼女は6柱として、ジュ―ブル神の仕事を遂行するのと並行して、村の仕立屋として生計を立てていたらしい。
これからも穀潰しとして生活していくわけにもいかないし、借りを少しでも返すためにも働きたかったのだ。
初めは渋っていたリルだが、意外にも賛同してくれたのはマトイだった。しかし、今でもトオルを睨む癖は変わらないので、よほど人手不足なのだろう。
といってもトオルは衣類の製作を直接手伝うことはできないため、単なる雑用だが。
なので、絶え間なく仕事があるわけでなく、窓の外を眺めるぐらいの余裕はあった。
「ほんと、ネメスとは大違いだ」
リルたちが住まう村は、ネメスとの国境沿いだが、戦の気配はない。あくまで友好関係を築こうという考えが村人に浸透している。ネメスと対照的だ。
ぼけっとしていると、マトイから容赦ない睨みが向けられるのでトオルは手を動かした。
ジュ―ブルは小国で、小人族と呼ばれるほど大人も子供も男性女性問わず背丈が低い。なので、和服であればサイズ変更がほとんどなく、各々の家庭で用意しているそうだ。が、他国の服は作成方法がわからず、複雑な構造のため、職業として成り立っているのだ。趣味として着用する需要がほどんどらしい。
誰でも趣味を持てる国なのだ。
トオルの目から見て、ではあるが、ネメスより経済的に栄えているわけではないが、文化的にはこちらのほうが優れている。義務教育があるため、識字率も高い。
ジュ―ブルは外観だけでなく制度も、ネメスよりかは日本に近い国であった。
「リル姉ちゃん!」
声がしたと同時に子供たちが仕事場に雪崩込んできた。10人近くはいるだろう。男女比は、ほぼ半々である。
「久しぶりね、いらっしゃい」
そう言って、リルは菓子とお茶を人数分用意したお盆を、子供たちの所へ持って行った。
「なあ、マトイちゃん、あれは?」
「リル姉の日課よ。子供たちにお菓子を振る舞ってあげるの。私があげてた時より元気だわ」
そう言って苦笑するマトイだったが、その表情は晴れ晴れとしていた。
リルと仕事に関する話題であれば、マトイはトオルの話でも応えてくれる。
「私はちょっと忙しいから、お菓子食べててね」
「えー、遊ぼうよ」
1人の子供がそう言うと、何人か賛同する子がいた。
「リル姉ちゃん、久しぶりのお仕事だから忙しいんだよ。めいわく、ダメ」
と窘める子もいる。上手くバランスの取れたグループらしい。
が、言って聞く子供ばかりというわけもなく、数人がリルの所へ行こうとする。それを未然に防いだのはマトイの投擲だった。
ちょうど子供の足元に雑巾を飛ばし、にっこりと笑む。そりゃあ、懐かれないわけだ、とトオルは納得した。
「リル姉は忙しいけど、食べ終わったらそこのトオルお姉ちゃんが遊んでくれるって」
「え?」
トオルはリルに助けを求めようとしたが、マトイが体でその視線を遮り、こう言った。
「私たちの役にたってくれるんでしょう?」
「かしこまりました」
愛くるしい見た目からは想像もできない凄んだ声だった。
「そりゃあ、懐かれない」
「な、なんですって?」
「さ、行こう。今日は晴れているし、外でね」
わーい、と子供は喜んで外に散らばった。小さい村だが、ここが居住区ではないこともあるのか、建物と建物の間は結構空いていて、マンションの公園などより広い場所がある。木々や薪や肥料を保管する小屋もあり、子供の遊び場には十分だろう。
鬼ごっこや隠れんぼという定番の遊びは既に考案されていたので、まだ知られていない缶蹴りを教え遊ぶ。
缶はないので、軽い木の枝を砂に立てて代用した。まずはルールの説明も兼ねて、トオルが鬼をし、把握が終わってからもう一度初めから行う。
トオルも15歳のため、まだまだ子供のはずだが、2週目で遊び疲れてしまった。体力というよりかは精力的なことだろう。やっている間は楽しいのだが、どこか一歩引いた所でしてしまうのだ。遊びに全力というのも難しい。
「早く遊ぼうよ」
「待って、水だけ飲ませて」
なら早く飲め、と言わんばかりに子供たちはトオルの手を引いて井戸まで走る。
数人は先に行き、親切にも水を汲んでくれていた。休憩時間はくれないらしい。
「どうぞ」
「ありがとう」
トオルは水を受け取って飲もうとしたが、遅れてやってきた子供が後ろからぶつかってきて、水を零してしまう。
「濡れてないか?」
トオルの周りに子供たちがいたので、かかっていないかと確認したが誰もかかっていないようだった。トオルにはばっちりかかってしまっている。
急いで丹前を脱いでみるが、時すでに遅く、浴衣もかなり濡れていた。
「こりゃあ着替えないと風邪を引いちまうなあ」
トオルのぼやきに誰も反応を示さなかったので、子供たちの方を見ると、全員トオルを注視していた。皮肉のつもりだったがここまで見られると申し訳ないものがある。すぐに大丈夫、と言おうとしたが改めた。
子供たちが見ていたのはトオルの胸だったからである。
前から平均レベルではあったが、半年間眠っている間にサイズアップしていた。男性器が消えた代わりかもしれないなあ、と呑気にトオルは考えていると、一人の少女がトオルの胸を鷲掴みにした。
「ひ、ちょ、お前ら」
変な声が出たが、トオルは止めようとする。が、子供たちの好奇心は止まらなかった。
次から次へと突かれたり、時には揉まれたりする。トオルは男性としての感覚があったので、今まで胸を見られることにそこまで抵抗がなかったのだが――昨日の公衆浴場では隠さないほど――今は心臓が止まりそうなくらい恥ずかしかった。何のプライドか胸を完全に露出させないよう、浴衣の襟がはだけないよう抑えるだけで精一杯だった。
なるほど、女性が声を上げられないというのも分かる気がする。
「ちょっと、あんたたち!」
トオルはマトイが駆けつけるまで、子供たちにもみくちゃにされるがままだった。
解放されたトオルは、マトイにしがみついて震えていた。情けないが足腰に力が入らないのである。
「全く、珍しいのはわかるけど、トオルお姉ちゃんに酷い子としちゃだめでしょ?」
「ごめんなさい」
子供たちはしおらしく謝った。指摘にも好奇心にも素直なのはいいことである。
「ほら、そろそろ帰りな。時間だろう?」
トオルがそう言うと、子供たちは帰っていった。
「全く情けないわね。さっき連絡があって、あんたに御客人よ」
「客人?」
トオルが訊くと、何故かマトイが嬉しそうに答えた
「ステラ姉よ!」