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42話

「ここまで和風とはなあ」


 リルに渡された服も浴衣に丹前と完全に和服だったので、まさか、とは思っていた。

 ジューブル神がいるという神殿の入り口には鳥居らしきものがあった。銀色で光沢があるが金属という感じはしない。

 その下を何人もの人間が行き来している。そこには当然男もおり、リルの言っていた『男が加護を失った伝承』が正しい事を証明していた。ここでは本当に男女平等を謳っているらしい。

 奥に進むと岩壁があり、それを背に神殿があった。通行人はそこでお参りをしている。たくさんの人がいる前で罰を受けるのだと思っていたが、男は本殿の脇にある左の洞窟に入っていった。右にも同じような洞窟があったが、そちらからはいけないのかもしれない。

 完全に戻れなくなる前に、トオルは最後の抵抗を試みた。


「ねえ、案内人さん。私のような部外者がこんな所に入っていいのかしら?」

「ジュ―ブル様が呼ぶように言っているから問題ない」

「ランキは言葉が足りません。ジュ―ブル様は気さくな方、ネメス人がどうだとかは言わない」


 男はリルにランキという名を呼ばれても嫌な顔をしなかった。

 洞窟の中は舗装されていないものの綺麗で、神の住まう場所としてはぴったりだった。洞窟に入ってから10分ほど進むと、拓けた場所に辿り着いた。

 中には4人の少年少女がいて、最奥に暖簾で隠された場所があり、そこに神がいるのだろう。

 よく見ると、一人だけリルと同じ銀髪の少女がいた。リルだけがジュ―ブルで銀髪かと思っていたが違うらしい。

 ランキが跪くと、リルとマトイも跪いたので、トオルも倣う。


「ジュ―ブル様、お連れしました」

「うむ、ご苦労であった。して、その者が」

「はい。リルの連れてきたトオルという異邦人です」


 暖簾越しなのでわからないはずだが、トオルは神の視線を感じていた。

 緊張しているのか、胃が痛む。以前、ネメス神に見られたときに比べれば、幻聴もしないのでましだ。

 あの時は身の危険を感じたが、今回はそういうものはない。胸が燻るような、今朝田園風景を見た時に似た弱い痛みだけだった。


「なるほどな。リル、借りてもよいか?」

「もちろんでございます」

「すまないな」


 最後の声はリルから聞こえた。リルの口からジュ―ブル神の声がした。

 トオルは加速を瞬時に使う。どういう絡繰りでリルを操っているのかはわからないが、彼女を気絶させこの場から離れれば、支配は続かないだろう。

 こちらからいきなり襲ったりはしないが、襲われる可能性はある。トオルは真っ先に最悪のケースの行動計画を立て、ジューブル神の行動を待った。


「警戒されているようじゃな。わっちは、襲うつもりなどないというのに」


 2度目もリルの口からジューブル神の声がした。艶のある声で、リルの舌足らずの口調とは全く違う。同じ肉体を使っているのに声が変わるというのも変な話だが、そのような疑問は些細なことだ。

 考えを見抜かれている。思考を読んだという可能性もあるが、そうであればお手上げだ。それか、加護として認識されないはずの加速の発生を感じ取ったのだろう。どちらにせよ、神に歯向かうという考えは捨てた方がいいのかもしれない。

 今の発言で、周りにいた全員がトオルに敵意を向けている。神以前の問題だった。


「まあ、それも仕方なかろう。此方がリルを大切に思っていることは大変喜ばしい。わかったな、わっちはトオル様を許した。そなたらも剣を納めよ」


 一同は返事もなく姿勢も変わらなかった。トオルが気付けない僅かな動きで剣を取り、構えを解いたらしい。

 

「すまなんだ。まず、気を楽にしてもらいたい。今、視たが、わっちは此方にもリルにも罰を与えることはない」

「どうしてです?」


 マトイが立ちあがって訊いた。


「視た、と言ったぞマトイ」

「で、でも」


 マトイから視線を外し、この場にいる全員に聞こえるようジュ―ブル神は声を張った。


「わっちはトオル様へ向けた託宣をリルに授けた。リルも望んでいることだが、6柱からリルを外す。そして新たな任を与える」


 そう言って、ジュ―ブル神はトオルに抱き付き、キスをしてきた。

 トオルは跪いたときに、一番後ろにいたので、他の者が見えるのはジューブル神の後ろ姿のはずだ。であればキスをしたとはっきり見えることはないはずだが、容疑は間違いなくかけられる。それ以前に抱き付かれただけでも重罪だろう。

 もしかすると、これが罰なのでは?

 トオルはジュ―ブル神を見たが、彼女は優雅に笑うだけだった。そして、突如、気を失った。


「トオルと共に生きよ」


 今度は暖簾の奥から声がした。気を失ったのはジューブル神がリルから抜けたということだろう。

 トオルはホッとしつつもすぐ気を引き締める。タコ殴りにされまいか、と慎重に辺りを見たが、少年少女たちは動揺しているようで、地面を見つめていた。


「わっちが伝えるべきことは全て伝えた。生きよ、トオル」


 ジュ―ブル神は優しい声音でそう言った。リルの言う通り、気さくな神様であったが、それ以上に親切すぎる。

 何か気に入られるようなことでもあったのだろうか、と考えてみたが何も浮かばなかった。

 

姉様(あねさま)、行きましょう」


 いつの間にか目を覚ましていたリルに引かれ、トオルは洞窟から出た。後ろ髪を引かれる思いだったが、それが何故かはわからない。だが、確かに心残りがあった。

 無事に地上まで抜け、リルは誰もついてきていないことを確認して、右の洞窟に入った。


「ここで説明します。私も混乱してますけど」


 リルは誰にも聞かれぬよう、トオルに密着して話し始めた。


「ジュ―ブル様の考えはわからないので、私が説明できるのは、6柱が何故口づけに気づかないほど脱力していたか、です」

「6柱ってそもそも何だ?」

「ジュ―ブル様に仕える6人のことです。ジュ―ブル様に謁見できるのは6柱のみ」

「リルもそうだったんだよな」

「はい。私たちを迎えに来たランキもそうです」


 リルがジュ―ブル国内で相当な地位であったことがわかり、トオルはたじろいだ。

 その地位を捨てさせたのだから。

 

「ジュ―ブル様自ら個人のために占ったところを私は見たことがありません。それは他の6柱も同じ」

「神様によそ者が占ってもらったという事に衝撃を受けていたってことか」

「その通りです。これで、この国では姉様に危害を加えようとするものはいなくなったでしょう。神の占いを授かった者は最上位の人間ですから」


 はたしてそうなのだろうか。特別扱いしてもらったら余計な厄介事を招くような気がトオルはしたが、わざわざいうこともしない。


「それで、どうしてここに?」


 今の話は他人に聞かせられないものであったが、わざわざ洞窟で話す必要がないように思えた。


「そうでした。託宣を伝えるためです。この洞窟は言い伝えがあって、滅多なことじゃ誰も入らないので」

「じゃあ、こっちはジュ―ブル神の元に通じてないのか」


 小さく頷き、リルは背伸びをした。


「託宣は映像として流れるので、言葉にするのは難しいのです。私が見たのは、姉様が他の国を旅するところと」


 口をもごもごさせて、リルが黙った。また危ない目にあう内容だったのか、とトオルは体を硬くしてしまう。


「姉様が色んな人と接吻していました」


 ぼそりと集中していなければ耳元でも聞き取れない声量だった。

 トオルは続きがあるものと思って黙っていたが、これで終わりのようだったので笑ってしまう。リルの占いの内容と結果に比べれば可愛いものだった。冷やかしか、任務失敗の責をリルに与えないために占ったとしか思えない内容である。

 神様の気まぐれが、無難なものでよかったと安心すべきだろう。


「何とも言えない占いだったな」

「ですね」


 リルは笑うものの、トオルから離れようとしなかった。

 何かあったのか、とトオルが注意深くリルを見ると、どことなく顔色が悪いように見える。


「もしかして、ジューブル神に体を使わせたせいで疲れているのか?」

「え、多少は」

「じゃあ、体調が元々悪かったのか? 顔色が悪いぞ」

「姉様は意地悪です」


 そっぽを向いて、リルは頬を膨らませた。

 

「ごめんよ」


 トオルは謝ってから、リルの額に口をつける。そうすることで、期待に満ちた瞳で自分を見上げたリルの唇を奪った。

 顔を話してから、リルの頭頂部からもみあげを撫で、頬を優しく押してやると、彼女は表情を軟化させた。


「帰ろうか、リル」

「はい、姉様」


 手を繋ぎ、家に戻っているとリルが、あの、と言った。


「早いですがお風呂を済ませましょうか。託宣を受けると、汗がすごくて」

「へえ、そういうものなんだ。やっぱり最中って意識がなくなるものなのか?」

「いえ、あるにはあるんです。眠たくなってる感じだ」


 トオルはリルの小さな手を揉んだり、擦ったりして遊びながら聞いた。


「じゃあ、さっきの洞窟は? あそこには何があったんだ?」

「あそこにはいずれ来る使者のための神旗が奉納されているんです。使者は異邦人だって、何百年も前の託宣に出ていて、ずっと祀られてる。異邦人じゃない私たちは入ることがない」

「ネメスなら敵国の神旗(じんき)だって破壊しかねないな。あ、もしかして、あれが公衆浴場か?」

「はいです」


 行きにも通っていた場所なので、トオルは大体の察しはついていた。

 それなりに大きい規模で、質素な造りではあるが、スラムのものと比べものにならないくらい綺麗だった。

 公衆浴場の女風呂に入り、脱ごうとしたところでトオルは自分の体について思いだした。

 両性具有の状態で、風呂に入るのは無理だ。周りを見ると、肌着を纏わず入っているので、ジュ―ブルでは裸で入るのが普通なのだろう。

 脱衣所も独特で、盗まれるという意識がないのか、貴重品を持ち歩かないのか、脱衣所は仕切られた鍵のない棚しかなかった。

 これなら、万が一ばれても、スラムのように危険はないが、間違いなく注目は浴びてしまう。託宣の効果が失われるかもしれない。


「姉様、もしや服が脱げませんか?」

「脱げるよ。いや、そうじゃなくてさ」


 リルはトオルの言わんとすることがわからないらしく、頬を膨らませ小首を傾げていた。

 意識がなかった間はもちろん、昨日も体がまともに動かないトオルに変わって、リルが風呂の代わりにお湯で濡らした布で拭いてくれたのだ。それどころか、排泄も手伝ってもらっている。なので、トオルの特異性には気づいているはずなのだが、慣れすぎて可笑しくなっているのかもしれない。あるいは、ジュ―ブルでの男の扱いのように、こちらでは両性具有がタブー視されない可能性もある。

 が、トオルは直球でそれらのことを口に出せなかった。

 排泄を手伝ってもらってから、この手の話題をリルに出すだけで体が熱くなってしまうのだ。


「ああ、向こうでの公衆浴場と少し勝手が違いますからね。任せてください」


 リルがトオルの帯を取り、棚に入れる。浴衣の前が開き、下着があるとはいえ股間部が曝け出された。

 が、曝け出されたことよりも、驚くべきことがある。存在しているはずのものが、股間になかった。

 具体的に言うと、男性器である。

 そういえば、目覚めてから一度も、トオルは自分の股間に気をやったことがなかった。

 今朝は意識を違う所に集中していたし、昨日はリルに任せていて流石に直視できず目を瞑っていたため、トオルは今まで体の異変に気付かなかったのだ。

 それにしてもなければ感覚的にわかりそうなものだが。

 まあ、いいや、とトオルは切り替える。起こってしまったことは仕方ない。だが、それが何故起きたのかは知っておくべきだろう。 


「リル、昨日体を拭いてくれた時、ボクの体、変じゃないか? というか何か変化があったか?」

「わかりませんけど、何かありました?」


 リルが気付かないとなると、半年前から消えている、ということになる。トオルの最後の記憶ではきちんとあったはずだが、空白期間に何があったか定かではないので何も言えなかった。

 ネックとなっていた男性器が消えたのは喜ぶべきことなのかもしれないが、これで完全に女性になってしまったと思うと複雑な気分であった。


ずっとルビを忘れていましたが、リルがトオルのことを姉様と呼ぶのは、ネエサマではなく、アネサマです。

リーリエがジョゼットやフィオーレを呼ぶときはネエサマです。

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