4話
トオルとリーリエは同学年なので、あと一年で卒業となる。その後の進路は決まっていない。
なので、リミットギリギリの1年かけてリーリエを攻略しようとトオルは計画していたが、入学して1週間後にチャンスがやってきた。
リーリエの従者を募集し始めたのである。前任の従者が不手際を起こしたらしい。
無論、トオルはこのチャンスを逃さないつもりだった。これほど楽にリーリエに近づけるチャンスはもうないだろう。
が、従者の募集は試合で行われるのだ。刀剣の類はもちろん、観客に被害がでなければ爆薬も使える。危険性はあっても競争率は高い。その証拠に、試合は今日と明日の2日行われる。一日で消化しきれないのだ。
行われる場所は、中等部に併設されている高等部の闘技上だ。
楕円形の建物で、中央の空間を取り囲むように観客席がある。千人は有に収容できる観客席の7割ほどが埋まっていた。
トオルの初試合は最後のほうだったので、ライバルとなる選手の観察に徹していた。
「やはり、加護頼みの戦闘だ」
神に祝福されている証である加護。その能力は様々だが、一言でまとめてしまえば、超能力になる。
ファンタジーのような話だが、菊池トオルにとってはもう現実の話だ。
今、戦っている生徒たちは両方とも加護を駆使して相手を倒そうと躍起になっていた。
炎が生き物のように舞う。それを迎えるのは盾だ。火の進行を止めようと、幾つもの盾が虚空から出現し宙に浮き、主人を守ろうとしている。
「一回戦でこれだもんな。銃火器じゃ相手にならない」
トオルのぼやきは至極当然なことであった。男が社会的地位を失っているのは神の超常現象に科学が勝てないからだ。
この世界では神が視認できる。トオルも遠目で見たことがあった。
神々は、一人の男がある女神を誑かした罪として、男から加護を取り上げたらしい。
これは何百年も昔の話だそうだ。
故に、男は女に隷属するのは当たり前で、反抗なんてものは滅多にない。
そんなことは不可能なのだ。超能力を持つ集団にちゃちな武器では太刀打ちできない。
が、神の力を宿す武具は別だ。
盾で守っていたばかりの生徒が、腕を掲げた。瞬きの間に、その少女は鎧を纏っている。
「神旗」
観客席からそんな声が幾つも漏れる。
加護を持つものしか扱えない神の武具、その総称を神旗と呼ぶ。これが女性の権力そのものだった。
火を操っていた少女は神旗を所有していないらしく、刃向かうことなく棄権した。
超能力を操る人間に、戦車が与えられたようなものだ。能力だけで拮抗していたのなら、勝てるわけがない。
火の少女は賢い選択をしたと言える。
「せめて、神旗の性能ぐらいは見たかったんだが、仕方あるまい。盾女、名前はセネカ・ローウェルね。神旗を所有しているぐらいだから、苗字はあって当然か」
トオルには苗字がない。それだけで社会的階級はずいぶん下だ。苗字があるということは国から与えられた職に就いている家の子供という証左だ。セネカはそれなりに裕福な家なのだろう。
苗字がないというのはメリドでは珍しい話ではなく――スラムにいるような人間は大体そうなのだが――平民街にいる人々の半数がそうだった。彼女らは親が貯めた金で入学したか、優れた加護を持っているかのどちらかだ。
その優れた加護の力をトオルはどれほどのものか知らなかった。スラムでは加護を見ることは滅多にない。だから、しっかりと目を働かせるのだ。
トオルは自分の番まで戦いを観察していたが、セネカ・ローウェル以外に神旗を使った者はいなかった。つまり、目下の敵は彼女となる。
リーリエの従者募集もそうだが、一部の権力を有する少女たちに隷属するため、平民はこの学園で学ぶのである。彼女らに逆らって生きていくことはできないのだ。そのため、従者か家来となり庇護を受けるのが平民や没落貴族の生存戦略だった。
前世の感性で見れば、就職活動に近い、とトオルは思った。
平民たちにとって、この学園が有望な人材を育成する場なので、コネではなく能力だけで従者や士官になる唯一の方法といってもいい。
貴族の子はそうした自分好みの人材を選ぶために学園に通っている側面もある。
そうすることで、貴族は優れた人材を使ってより繁栄し、平民はそれに貢献することでおこぼれを頂く。その次に、貴族に仕えていない平民、そしてスラムにいる人々という順序でメリドでの富は回っていた。
だからこそ、まだ1回戦の終盤という時点で、神旗を持っている者がセネカ以外いないだろう、とトオルは推論を立てた。
そもそも、就職活動に勤しまなければならない地位の人間は、神旗などまず持っていない。セネカが例外なのだ。
もし仮に持っていたとしても、セネカのように使ってしまう。神旗を使わず温存できるような才と実力がある人間は希だ。
なぜなら、彼女らは加護を使った戦闘をほとんどしたことがない。高等部ではさかんに行われているが、中等部では学問が主で、戦闘訓練は施されていなかった。
なので、加護だけであれば生徒たちの実力はほぼ拮抗している。加護の相性次第で勝敗が決まると言っていい。それを崩すカードを切らないという選択ができるほど、まだ若い少女たちはプレッシャーに強くなかった。
それなりに裕福な彼女たちには。絶望にまみれたことのない少女では。目先の勝利を求めてしまう。
「だから、使わなかった。イコール、神旗なんて持っていない、というのは滅茶苦茶な考えか?」
トオルは控室で呟いた。今行われている戦いが終われば彼女の番だ。
ほどなくして、勝者を決める鐘が鳴り、闘技場の真ん中へと歩いていく。
神旗を温存する重要性をトオルは理解している。それでも彼女は初戦が始まった途端、ジンキを纏った。
「降参するよね?」
そう言い、人の腕ほどある銃口を対戦相手に向け、トオルは微笑んだ。