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39話


 それは夢であった。

 ただただ恐ろしい夢。脳はそれを執拗に繰り返す。夢の主はトオルであるはずなのに、彼女を苦しめるように何度も。

 夢は短い。いつも、リーリエの元から引き離され、トオルを引いているジョゼットがこう言う所から始まるのだ。


「これもお前が悪いのよ。強情だからいけないの。混濁剤だけで済むと思っていたけれど、自白剤まで使わないと何も吐かないなんて意地を張るから。混濁剤を飲まされた時に大人しく私の元に下っていれば、嘘が暴かれることも、こうやって痛めつけられることもなかったのに」


 そう言って、ジョゼットはトオルの首筋に口をつける。引きずりながら器用なものだ。


「あらら、可愛く鳴いてくれないの。もう壊れちゃったわね。残念だわ。私は本当に、お前が欲しかったのよ。憎んでいたはずなのに、いつの間にか魅了されていたわ。ふふ、リーリエもこういう気持ちだったのかしら。それなら尚更まずかったわね」


 ジョゼットはトオルが聞いたこともない甘い声で言った。そして、リーリエたちを前にするより楽しそうであった。

 が、トオルにはそれを突破口に変えることはできない。今でさえ、ジョゼットの言葉に何の感慨もなかった。


「まさか、リーリエがあそこまでお前を信用していただなんてね。でも、それ故に脆かった。友という言葉を妄信しているからね。私があれさえ言わなければ、トオルに加護がなかろうと関係ないと言ってたでしょうけど」


 トオルの顔を窺ってから、ジョゼットは言葉を続けた。


「リーリエとの関係がもう少し強固であれば結果は変わっていたわ。もしくは、リーリエが友情というものが徐々に築き上げるものだとわかっていたらね。今はどうなんだ、と言えなかったこと。私の質問が、その時、と指定しなければならないことに気づけなかったリーリエの負けね」


 そう言ってしばらくすると、ジョゼットはケタケタ笑い始めた。


「あははは、そういえば私、初めてリーリエに勝ったわ」


 そのまま笑いながら、ジョゼットはトオルを引き、スラムの入り口までやってきた。

 路地裏にトオルを置き、最後に彼女の暗い赤髪を撫で、額に口づけして離れていく。


「でも、私の負けでもある。お前の命を奪うようなやり方でしか、勝てなかった。失策も失策よ。リーリエには勝ったけれど、お前には負けたのね、トオル」


 その言葉を最後に、ジョゼットはトオルの前から姿を消した。

 そして、トオルの意識も途絶えた。




 気付いた時、あまりにも音痴な鼻歌が聞こえてきた。どうにかして止めさせたかったが、聴覚以外の感覚を感じられなかった。熱さも寒さも痛みも感じない。どこかに浮いていて音という情報だけキャッチしているような気さえする。

 が、それはない、と断定できた。自分の名はトオルである、ということをハッキリ思いだしていたからだ。

 しかし、すぐ訂正する。もしかするとマイクか何かに転生したのかもしれない。2度あることは3度あるというし、異世界に行ったのだから今度は無機物に宿る可能性もあるだろう。


「その前に、自分はまた死んだのか?」


 声には出ないし、答えも返ってこなければ浮かびもしない。トオルは途方に暮れる前に意識を手放すことを選択した。

 マイクに寝るという機能があるのかは知らないが、意識を消すことには成功した。

 それからというもの、例の鼻歌が聞こえるたびにトオルの意識は浮上した。初めのころは眠りで逃げることが出来たのだが、いつの間にか鼻歌が聞こえる限り意識を保たなければならなくなっていた。不便極まりない。


「これは天罰か何かだろうか?」


 心の中で――死後も心があるのかはわからなかったが――そんなことをぼやいていたトオルだったが、いつの間にか音痴な鼻歌に慣れてしまった。身の毛がよだつ旋律に乗っかる始末である。

 が、鼻歌の主は音楽を正確に覚えることもできないのか、毎回少しずつ、しかし致命的に音がずれていく。トオルはその度に微調節していたのだが、段々我慢ができなくなってきた。

 しっかり歌え、と。

 元の音源が狂えばセッションもコーラスもできやしない。ドラマーはスティックを放り投げるだろう。心で感じろというのは、音楽経験が義務教育の授業だけというトオルには厳しい話である。

 

「む、苦しんでおられる。また悪夢でしょうか。トオル姉様、大丈夫ですか? い、今すぐ歌いますからね」


 と言ってまた音痴な鼻歌が響く。今の声の主が鼻歌を歌っているらしい。

 トオルはダメもとで文句を言う。


「大丈夫なわけねぇだろ、タコ」

「ト、トオル姉様!」


 トオルの体に衝撃が走った。その瞬間に、匂いが、音が、痛みが、トオルの中を駆け巡る。

 そう、体という実感をトオルは覚えた。

 意識して目を開ける。眩しくてたまらないが、それでもゆっくりとこじ開ける。

 トオルの視界には腕らしきものと、茶色の天井が見えた。状況がわからないが、次に銀髪を見たことで繋がる。


「リルか?」

「はい。リルです。リルはここにおります」


 そう言ってリルはさらにトオルを締め付けた。

 体に痛みが走るが、それよりも驚きが勝った。


「どういう状況だ?」

 

全話でアナウンスするのを忘れていましたが、今回から2部です。

今書いているところなので何話になるかはわかりませんが、このお話がひと段落したら、以前お知らせした首都編とジョゼット編の間の話を書きます。

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