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35話

「それじゃあ、行ってこようかな」


 トオルがついていこうとするのをリーリエは笑って首を横に振ることで止めた。


「こんなところまで手伝ってもらうわけにはいかないよ」

「わかった。ジョゼット様も私がいるとやりにくいだろうし」

「そうかな?」

「そうだよ」


 相変わらず抜けているリーリエに苦笑する。また笑ったな、とリーリエはトオルを小突いて、ジョゼットを探しに行った。

 トオルは見送ったあと、自室に戻った。まだ寝るには早いが、誰かを訪ねに行く時間でもない。リーリエの幸運を祈って眠りについた。


 翌朝、トオルがリーリエたちの食事を運ぶと、リーリエがもう1つ分持ってきた。トオルも一緒に食べろ、ということらしい。

 いくらなんでもやりすぎては、と横目でジョゼットを伺うと、彼女は小さく首を振った。


「リーリエの屋敷だもの。私がとやかく言うことじゃないわ」


 口には出していないはずだが、ジョゼットは答えた。そこには刺々しさが見え隠れして別人に成り代わったわけではないのだと、トオルは安心した。

 とは思ったが、せっかくの料理の味が半減するのは事実だ。マナーに気を配らないといけない。これなら、クロとニクルと食べた方がよかった、とトオルは思った。

 何のおとがめもなく完食し、トオルが仕事に戻るとするとクロが小走りでやってきた。


「トオル様にご客人が」

「誰だろう?」

「名乗られる前にお帰りになりました。言伝だけ頼まれて、アルーリで待っています、とだけ」


 アルーリについて思い出すには、トオルは何のことだろう、と落ち着いて考える必要があった。滅多に使わないものをどこにしまったのか忘れた感覚だ。1つ1つ戸棚を開け、ようやくそれが合図だと思い出す。

 ステラに教えていた連絡用の暗号だ。用があるから、屋敷に来て欲しい、という内容である。

 ステラがこの合図を使ったのは初めてだった。あまり頼るということをしない女性なのだ。並大抵のことなら1人でどうにかしてしまう。そんなステラが呼んでいる、ということは一大事に違いない。

 トオルは急ぎ、リーリエに外出許可をもらって、ステラの屋敷に向かう。

 トオルがリーリエの従者になってからというもの、ステラは自分が会いに行くことで迷惑をかけると考えているようだった。誤解だと何度も言って聞かせたつもりだったが効果はなかったのだ。いつも誘うのはトオルからだった。そんな彼女が呼んでいる。

 なので、余計に不安に駆られる。ステラの従僕たちを前に装うこともせず、ステラの元へ案内してもらう。


「ステラ!」


 トオルはステラの自室の扉を勢いよく開けた。

 そこにはいつもより僅かに目を丸くしたステラとリルがいた。二人は同じソファに座っていて、ステラの膝と膝の間にリルがちょこんと挟まっている。どう見ても子供と過ごす親にしか見えない。ステラはまだ若いが、落ち着いた雰囲気があるので違和感がなかった。


「すいません、トオル様。街でトオル様を大声で探していたので、ご連絡を」

「ああ、ここに来てこいつをみて、まさかと思ったことが的中したよ。ありがとうな、ステラ」


 トオルはリルの目の前まで行き、彼女を見下しながら言った。


「おいおい、隠密はどうした」

「む、それを言われると痛いのです。でも、心配だった」


 占いのことをリルは真剣に心配しているらしい。占いなど縁遠いトオルは、いい結果なら素直に信じるが、悪い結果なら当たらないだろうと思う典型的なタイプだった。リルが言うまで忘れていたほどである。

 そう言われるとリルが来てくれた事には文句はないのだが、砂糖を口いっぱいにつけて言われても説得力がなくなるというものだ。


「ステラ、数日でいいから見てやってくれないかな」

「構いませんよ」

「ありがとう、ステラ姉」


 リルはそう言って、ステラに抱き付いた。ステラは嫌がる素振りを見せず口を拭ってやる。

 トオルが、何かあればステラを訪れるように、とリルに言っていたこともあるが異常な懐きようである。


「リル、すっかり懐いているな」

「流石、トオル姉様の信頼している人なのです。とっても優しいから」


 リルは唇を尖らせてそう言った。

 これなら、こっちは上手くやれそうである。問題はジョゼットの方だ。


「悪いな、迷惑かけて。仕事を抜けてきたからすぐ戻るよ。えっと、ステラ、なにかいいことでもあったのか?」


 ステラがいつにも増して嬉しそうなので、ついトオルは気になった。表情の少ないステラが隠しきれない笑みを湛えている。


「トオル様が駆けつけてくれたことがまず嬉しかった。それと」

「それと?」


 ステラが言葉を濁すので、トオルは訊き返した。


「娘が出来た気分で。私とトオル様の」


 はにかみながらステラはそう言った。

 それだけでトオルはステラを抱きしめたい衝動に駆られたが、よろめくことだけで抑える。


「そうか。なら、近いうちに3人で街でも出かけよう。じゃあ、またな」

「はい。お気をつけて」

「本当に気を付けてくださいね、トオル姉様」


 トオルが急ぎスラムから帰ってくると、ジョゼット、クロ、二クルの3人で楽しそうに談笑していた。

 初めは何かの見間違いかと思ったが、10分もそうだと信じるしかあるまい。

 だが、純粋に喜ぶことはできず、何かの罠では、と思うトオルであった。

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