34話
リーリエのトオルを擁護する台詞をジョゼットは呑み込めないようだった。ハッキリと突きつけられた反論に打ちのめされている。
姉妹の中で与え、与えられて循環していた愛。その想いが、初めて届かなくなったのだろう。
たった数日過ごしただけとはいえ、フィオーレとジョゼットがどれだけリーリエを大事に思ってきたかなど、説明されずともトオルにはわかる。その愛にリーリエが応えてきたことも。
「トオルの能力がなかったとしても、私の中では、フィオーレ姉様とジョゼット姉様と比べることが出来ないほど、トオルは大事な人なのです。それはクロとニクルも同じです。だから、私の新たな友を、家族をどうか悪く言わないでください。そのような様を見ているだけで、私が我慢ならないのです」
リーリエは純粋にお願いした。彼女には、ジョゼットを論破して傷つけようという気持ちはないはずだ。少なくともトオルはそう思った。今のも皮肉ではなく、本当にそう考えているのだと伝わる声と態度だった。
他人から見れば、建前抜きに自分の意見をぶつけてくる行為は癪に障るものかもしれない。が、ジョゼットはリーリエの姉だ。姉として、リーリエの純真を好ましく思っているのだ。
トオルの推論を証明するように、ジョゼットは信じられないというような目でリーリエを見、トオルに怨嗟の念を飛ばした。
そして、その場から走り去った。それを誰も追う者はいなかった。
完全にジョゼットが見えなくなってから、リーリエはトオルの肩にもたれかかって顔を置いた。
「思ってたより、すんなり言えたよ」
声こそいつもの調子だが、密着するリーリエの体は震えていた。
「実を言うと、姉様たちに刃向かうという発想がなかったんだ。私はつくづく狭い世界に生きていたんだな」
「そんなことはありませんよ。さ、リーリエ様」
そう言って、トオルはリーリエの脇を持った。今の状態を目撃されたら、ジョゼットにトドメを刺すようなことになりかねない、と考えたからだ。姉妹の仲が壊れてしまう。
そのままリーリエを起こそうとする。が、リーリエの手がトオルの口を覆って、その驚きで止めた。
「私は私だ。姉様の言いなりではなく、やりたいようにやる。だから、様づけなんてしないでくれ。いつもと同じように呼んでくれないか?」
懇願と強要との区別がつかない言葉だった。従者は主人の注文に絶対服従が原則である。このように簡単なお願いなら頷く以外あり得ない。
が、トオルは誠意を持って受理した。主人としてより、友として重きを置き、返事する。
「わかったよ、リーリエ」
「ありがとう。弱い私を受け容れてくれて」
「弱い?」
トオルは思わず聞き返してしまった。自分のために姉と対峙してくれた少女に何の非があるのだろうか。ただの姉妹喧嘩で済めばいいが、下手をすればリーリエはイノ家の後ろ盾を失う可能性もあるのだ。
「トオルは以前、呼称一つで心は変わるものじゃないと言ってくれたけれど、私は信じられなかったんだ」
「何をです?」
「不甲斐ない私を見て、トオルが遠ざかってしまうんではないかって。愛想をつかせてしまうんじゃないかって、ここ数日不安でどうにかなってしまいそうだったんだ。トオルは言わないだろうと思ったよ。そんなことはないと知っていても、そう思ってしまう心はどうしようもないだろう?」
「そうですね」
「絶対わかってないだろ。今の返事の仕方は」
声だけは拗ねた風だが、怒っているわけではない。このやり取り自体遊びだった。リーリエが望んでいた友との親交だろう。
しかし、トオルは意識して言ったわけではなかった。リーリエが望んでいるから言ったわけではなく、主人としての距離感を意識しなくなったら出ていた。
「ばれましたか」
「わかるよ、トオルの声なんだから」
リーリエはトオルの肩で笑った。そうすることで彼女の体が揺れ、接している乳房や、髪が強く当たる。特に耳を適度の力でくすぐる髪と今まで聞いたこともない甘えた声はトオルの背骨の機能を半減させていた。なので、トオルはリーリエを支えるので精一杯だった。
しばらくそうしていたが、先に離れたのはリーリエだった。彼女は照れた表情ではにかんでいたが、急に顔を引き締めた。
「謝るのがまだだったね。今回は私の見立てが甘かった。ジョゼット姉様があそこまで怒っているところを見たことがなかったんだ。クロとニクルに酷い事をしたのも気の迷いだと思っていたし、フィオーレ姉様と仲良くなれたトオルなら任せられるだろうと思って判断を誤った。これからはジョゼット姉様に気を付けるよ」
「リーリエの言葉ならきっと届くよ。今回がダメだっただけさ」
「なら、いいけどね。まあ、その前に仲直りをしないといけないけど」
そう言ってリーリエは苦笑いしながら、頬の端を掻いた。姉妹喧嘩も初めてだ、と。