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30話

 早くにトオルは目覚めて、すぐ布団から出る。そして、洗面所へ向かった。いつもなら惰眠を貪るところだが、そういうわけにはいかない。

 町から帰ってきた後、ジョゼットは誰にもちょっかいを出さなかった。

 しかし、これからも、という保証はない。追及される隙を見せないようにしなくては。


「よし」


 トオルは小声で気合を入れ、暗い赤髪を頭頂部で縛り、顔を洗う。

 身だしなみを整えた後、定位置である中庭には向かわず、リーリエの部屋に入った。

 約束をしていたわけではない。昨晩、まともに話が出来ていないので、今後の対応について相談しておきたかったのだ。


「トオルです。いいですか?」

「ああ、入ってくれ」


 失礼します、とトオルは礼をしてから入った。中にリーリエ以外の人間がいないか確認してから、口を開く。


「1週間ご滞在というのは冗談じゃなかった?」

「ああ、姉様たちは本気だ」

「なら、気を引き締めて過ごすよ」


 トオルは笑って言った。本当はジョゼットの性格などの情報を知りたかったのだが、明らかに疲れている気迫のないリーリエにこれ以上負担をかけられなかった。下手をすれば、その責任もトオルたちが背負わされる。そうでなくても、彼女の口から身内の悪口が出そうになかった。焦って、リーリエの性格を忘れていた。

 

「それでは、ニクルを手伝ってきますね」

「待ってくれ、トオル」


 トオルは呼ばれたので立ち止まり、扉からリーリエの方へ体を向ける。

 リーリエは頭を下げ謝罪した。


「何かしましたっけ?」

「友に演技とはいえ、様づけで呼ぶことを強要している。それが申し訳ないし、情けないのだ」


 フィオーレやジョゼットの前では、様づけで呼んでいた。トオルが勝手に空気を読んだことだが、そのことを強要している、と勘違いしているらしい。

 が、訂正はしない。そうしなければならない、という状態の時点でリーリエは悔やむだろう、と思ったからだ。


「気にしないでください。呼称一つで心は変わるものじゃありませんから」

「そうか。うん、わかった。では、姉様たちの所へ行こう」


 トオルは本来の従者らしく、リーリエの後ろに付き従った。一緒に朝食は取らないし、談笑もしない。

 朝食後は昨日と同じく、中庭で話が始まった。初めはフィオーレがおらず、リーリエとジョゼットだけだったので緊張したが、何もなかった。

 フィオーレが加わっても、噂話や、周囲の近況など、とりとめのなく、幅広いジャンルだったが、聞いているだけだと暇だった。

 学園があれば、と思いながらトオルは欠伸をしないよう、背筋に意識を集中させる。


「贅沢な従者ね。騎士長の手ほどきなんて。そういえば、この従者、戦わせて決めたんでしょう?」

「そうです、ジョゼット姉様」


 トオルはいつの間にか自分の話になっていたので、気を引き締めた。意識が飛んでいたので、話の前後が全く分からない。

 必死に内容を類推しようとしていると、フィオーレが肩を叩いた。


「リーリエの従者、打ち合おう。木剣はあるのか?」

「はい。用意します」


 屈伸運動を始めたフィオーレを横目にトオルは木剣を取りに行った。やる気らしいが、剣の腕はどうなのだろう。接待として、負けた方がいいのか、とも思ったが剣を合わせるまで考えないことにした。

 フィオーレに木剣を渡し、すぐ打ち合いは始まった。

 トオルは開始早々、加速を使う羽目になった。それほど、速く、苛烈な連撃だった。フィオーレの細腕のどこからそんな力が出るのだろうか、とトオルは疑問よりも唖然とした。リーリエと同等かそれ以上の腕だ。速さだけでいえば、フィオーレの方が上である。それでも難なくついていけているのは、加速の性能が上がったからである。

 リルと戦った時に限界以上に酷使したせいか、持続時間が上がり、副作用の痛みもあるにはあるが、悶絶するほどではない。

 加速をただの鍛錬で使いたくないが、これは試験のようなものだ。一つでも気に食わないところがあれば、容赦なく叩かれるだろう。剣術大会で実績でも作っていれば別だっただろうが。

 何とか失態を見せずにフィオーレとの打ち合いを終えた。


「リーリエが見込んだだけはある。私も欲しくなったな」

「フィオーレ姉様」


 怒鳴ったリーリエを見て、フィオーレはにやっと笑った。


「冗談だ」

「お姉さま、そろそろ昼食にしませんか」


 まだ笑うフィーレに、ジョゼットが提案した。このままもう一戦と言いかねない雰囲気だったので、トオルは内心ほっとする。


「そうだな。クロとニクルの料理は旨そうだ」

「フィオーレ姉様、料理はニクルが担当していますよ。彼女の料理は本家のラーファにも負けません」

「ほお、リーリエにそこまで言わせるとは」


 2人は話しながら食堂に歩いていく。となると、残されたジョゼットは2人の後を追う形となり、仲間外れにされ怒っているでは、とトオルは思ったが、彼女の横顔を見る限り違うらしい。優しい目で、二人を見つめている。残虐なことばかりする少女ではないようだ。

 トオルが勝手に抱いていた、癇癪持ち、小心者という認識を変えなければならない。

 食事中もそれは同じで、とても仲が良かった。


「そういえば、ラーファから伝言があったんだ。何だっけな」

「リーリエの好物のジャムがそろそろ出来上がるから持ってくるという話でしょう?」

「ジョゼット、それだそれ」

「剣も見たいと言っていたわ。ラーファ、張りきってたわよ」

「む、屋敷ではなくバイル学園でした方がよさそうですね」

「当たり前よ。お屋敷が壊れちゃうわ。そろそろ学びなさい、リーリエ? 彼女は規格外なの」

「違いない。リーリエに会えなくて、ラーファも溜まってるからな」


 食事中のマナーを厳格に守りつつ、会話は繰り広げられる。

 意外にも3人揃うとジョゼットがまとめ役になっていた。フィオーレとリーリエは好き勝手話題を提供し話していて、彼女らの会話のフォローをするという形である。しっかりした性格なのだろう。

 容姿もジョゼットは2人にはあまり似ておらず、背は女性の平均ほどで、胸も平均ほどだ。全体の雰囲気は、凛々しい少女ではなく、可憐である。髪色も金髪ではなく、彼女だけ桃色だ。

 それでも、姉妹だとわかる。彼女たちの間には共通した空気が漂っていた。

 

 3人昼食を終えた後、トオルはクロと交代し食事を取るために厨房にいた。

 クロが心配だが、食事をとらないと集中力が欠け、失敗を招くこととなる。


「お待たせしました」


 ニクルが食事を運んでくれる。昨日は顔色が悪かったが今日はそうでもない。どちらかと言えば元気そうだが、無理をしているようにも見える。


「平気?」

「はい」


 キョトンとした顔でニクルは答えた。本当に何とも思っていないようである。なら、しつこく訊くのも野暮だ。

 トオルは違う話題を振ることにした。


「リーリエ様とフィオーレ様はそっくりだね」


 それを聞いてニクルはコロコロ笑う。


「そ、そうですよね。私たちも今朝、お話ししたんです。そっくり、でした」

「どんなところが?」


「お話しされている時も、そうですし、私たちのような者に頭を下げられたり」

「フィオーレ様が謝りに?」

「はい。朝食の後、昨日はすまなかった、と。それからリーリエ様の昔話を聞かせていただきました。気さくなところがそっくりです」


 ニクルが笑って言う。彼女は器用な性格ではないので、作り笑いは下手だ。だから、今のが心から笑っていたことがわかる。

 今の彼女には、ジョゼットへの恐怖より、フィオーレへの信頼の方が強いのだろう。たった数十分の会話でそれを成し遂げたフィオーレは、リーリエの姉というべき似た素質を持っている、と言っていい。トオルの感じたそっくり、という印象は間違っていないのだ。

 当面の問題はやはりジョゼットか、とトオルは食事を取りながら再確認した。

 食後のお茶を飲みながらも考えは止まらない。ジョゼット攻略の糸口は掴めそうになかった。


「お疲れですね、トオル姉さま」


 ニクルがトオルの肩を弱く掴み、そう言った。何をするのだろう、とトオルは身構えたが何も起こらない。

 どうしたのか、と訊く直前、ニクルの意図がわかった。彼女の控えめな肩への掴みはマッサージのつもりらしい。今も押すというより、擦るような力加減で指が動いていた。

 ニクルは力を込めるため、前傾姿勢になる。そうすると、彼女の胸が当たる。トオルはそっちの方が嬉しかったりしてしまう。

 が、一生懸命、自分のために頑張っているニクルの可愛らしい息遣いが、何よりトオルを癒していた。



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