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3話

 恙無く(つつがな)一日が終了する。トオルにとって学園での勉強は簡単だった。それは日本での知識が原因である。が、この世界では日本での知識は加護に匹敵する力にはならない。制度こそ古めかしいが、科学とは違う技術がメリドでは発展している。学問も然りだ。

 地球での知識は役に立つが、それで出し抜くことが出来る、というものではなかった。それは前世で学んだものがお粗末だったから、ともいえる。


「それでも俺は、いや私だな。そろそろ直さないと」


 菊池トオルではなく、トオルは諦めることはできない。平穏を勝ち取るために戦い続ける。彼が学園に通うのは、勉学のためでなく、リーリエが主目的であった。

 初日ということもあり、リーリエに近づくことは叶わなかった。が、焦る必要はない。仲良くなるためには、まずはお友達からだ。

 そんな風に気を落ち着けつつ、トオルは帰路につく。バイル学園からスラムの間には平民街があるので、それなりの距離があった。

 そのせいもあってか、ついため息が漏れる。

 メリドでの生を受けてから、神様がお膳立てしてくれることはない、と体感していたトオルだが、一言も話せないと目標の遠さに気がめいる。

 リーリエと話すことが出来なかった理由は従者だ。リーリエにピタリと張り付き、彼女に近づこうとする者を威嚇する。黒の三つ編みで、リーリエと同じくらい背が高く、丸眼鏡を掛けた少女だ。

 誰かと視線が合うと、リーリエは微笑んで見せるのだが、その暖かな態度と間反対の鋭い視線が従者から飛んでくる。お前たちのような下々の者がコミュニケーションを取ってはならない、とでも言いたいらしい。

 バイル学園に在籍している生徒の過半数は平民で――もちろんスラムの人間はトオルを除いて一人もいないだろう――貴族は2割にも満たない。その2割の生徒の中でもトップの地位を持つのがリーリエ・イノだった。地位で見合うものは学園にはいない。

 成果のなさに気が滅入るし、昨夜はステラに報酬を与えていたのでトオルの肉体的疲労もピークに達していた。

 明日も朝早くにステラの家に行く必要がある。ボロボロのタウンハウスに戻って休息をとらなければ。


「その前にお着換えっと」


 トオルは適当な物陰に入り制服から私服に着替えた。綺麗に櫛で梳かした髪を乱雑にかき乱し、視線を下に向け、俯きながら部屋を目指す。サイズの大きい服を着ているが、膨らんできた胸を誤魔化すためだ。スラムにいる間は男でいた方が都合がよい。

 何故誤魔化すのか。その理由の一つは学園の誰かにスラム出身であることを知られては面倒だからだ。スラムに入るところを見られるのは問題ないが、寝泊まりしていると知られるのはややこしい。

 平民街を抜け、スラムに入る。トオルが部屋に向かう最中、バイル学園の生徒を何人も見かけた。

 彼女らは、スラムに遊びに来たのだ。

 平民街にも男を扱う店はあるが、少々高い。スラムの方が安価なのだ。それに、彼女らが住まう地域ではお目にかかれないほの暗さがいいのだろう。

 明日の生死もわからない男たちの元にうら若き少女が放り込まれても襲われることはない。男には加護がないからだ。

 一応、スラムも地区に分かれており、それぞれに管理者がいる。ステラはその一人だった。男どもが暴れれば、管理者に始末されるのがオチだ。

 男たちの仕事は様々だ。女性の衣食住を支えるための労働力になる、というのがスラムで一番真っ当な仕事だった。

 他にも、男は学園生に傅き、彼女らを愉しませるために働く。そうやって働く男から金を巻き上げる等々。

 男の仕事を挙げれば切りがないが、その全てに共通していることがある。加護を持つ女の命令には逆らえないということだ。

 バイル学園の生徒が立ち入る場所はスラムでもましな地域で、それより奥に行くほど治安は悪くなる。

 ましな地域であるスラムの商店が立ち並んでいる筋から一本奥に入ると、居住区がある。狭い場所に家が密集しているので、路地は迷路のようで風通しは悪い。衛生面などもちろん配慮されていないし、密集さ故、火事が起こればひとたまりもない。

 トオルはそんな居住区に住んでいた。

 

「ただいま、っと」


 トオルの住まうタウンハウスはまだましなほうで、成人男性が立ちあがることができる。スラムの居住区の多くは3、4階建てで男なら立ち上がることも難しい天井高だ。

 机に置いてあった毛布を取って、その代わりに荷物を置き、椅子に座って目を瞑る。それがトオルの考え事をする姿勢だった。

 メリドでは女性の同性愛で子を授かることが出来る。それ故に同性でキスするのが難しいのだが。

 同性愛で子を授かるには神に認めてもらう必要がある。神に謁見できる人間は必然的に高い地位の人間しかいない。なので、多くの市民は男と契りを交わす。が、それは極力したくない選択なのだ。女尊男卑が根付いているメリドでは、女性同士で結ばれることが神聖視されていた。

 そのせいか、神の許可を得ずに女性同士で愛しあえば加護を剥奪される、と考えられている。

 

「ほんと、面倒で不公平な神様だよ」


 そのため、女性同士でのキスでさえタブーとされていた。しかし、トオルと何度もキスしているステラは加護を失っていない。教科書にさえ書かれている知識らしいが誤りだろう。

 誤りであっても、世界はそれを信じている。神が視認できるため、神の裁きも実在しているのだ。その良い例が男性である。加護を失った女は男よりひどい目に合うものだ。なので、キスをしようものなら必死に抵抗してくるだろう。加護のないトオルでは強引にキスすることができないので、策を講じる必要があった。

 

「それはわかってる。でも、前提にリーリエと仲良くなれた状態で考えてたからなあ。キスさえできれば後はどうにでもなるのに」


 まずはリーリエの従者だ。標的を決めたトオルは床に毛布を引いて眠りについた。余計な体力を使うわけにはいかないのだ。

 



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