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29話

 フィオーレの宣言にリーリエは青くなりながらも、トオルをクロたちの所へ向かわせた。

 クロとニクルが回復しなければ、フィオーレとジョゼットをもてなすことなどできない。それは、横柄な態度のジョゼットの前に彼女らを再度突き出すこととなる。

 損な役回りである。トオルは酷なことを強いなければならなかった。

 浴室に向かう最中で、着替えを済ませたクロに会った。


「ニクルは?」

「湯につからせてます。とても取り乱していたので」


 そう言ったクロは落ち着いていた。スラムで闇医者紛いなことをしていたから、ああいった事態にも耐性があったのだろう。


「中庭に戻ればいいですか」

「いいや、今は姉妹3人だけで話したいそうだ。クロも部屋で休憩しな。待ってて、ボクがお茶を入れてくるから」


 トオルはその場から離れようとしたが、止まってしまう。クロがトオルの服の裾を持っていたからだ。


「今は一緒にいてください」 


 細い声でクロは訴えた。裾から彼女の震えが伝わる。それでも、ジョゼットの前に立とうとしていたのだ。姉として、妹があれ以上虐められないように一人で。

 トオルはクロの頭を抱いてやり、髪を撫で、ジョゼットに足置きにされていた背をゆっくりと擦った。

 泣き声を洩らすようなことはなかったが、クロはしゃくりのような嗚咽を繰り返していた。それが収まるまでトオルはじっとしている。


「じゃあ、一緒にお茶を入れてからニクルと合流しよう」


 落ち着いてからトオルがそう切り出すと、クロはいつもの硬い笑顔で頷いた。

 それから二人は黙ったまま、お茶を入れ、それをトオルが持ち、ニクルがいる浴室に向かっていた。


「さっきの話、聞いてもらっていいですか」

「辛かったらいつでもやめるんだよ」

「ありがとうございます。でも話したいんです」


 そういって、クロは話し始めた。


「フィオーレ様とジョゼット様がお二人でいた時はあのような空気はありませんでした。それが急変したのは、フィオーレ様が神旗で飛んで行ったときです。ちょうどニクルがお茶のおかわり入れようとしているところだったので、私は慌てました」


 ニクルもおらず、一先ずは安心できるとわかったからか、クロは姉としての仮面を脱いでいる。そのせいでジョゼットの仕打ちを思いだして気分が悪くなったのか、クロが中々続きを話せないでいたので、トオルが話を継ぐ。話さなくてもいいとは言ったものの、ジョゼットの情報は極力知りたかった。


「直接的な原因が別にあるのに怒ったってことかな?」

「いいえ、そこでは何もなかったんです。ニクルは咄嗟にポットを机の上に置いてましたから、その時はこぼれていません。フィオーレ様が飛び立ってから、ニクルが気を失って倒れたんです」

「体調が悪かったの?」

「いいえ。もちろん寝不足でも過労でもありません。あれは加護によるものだと思います。そうでないとあまりにも不自然な」

「じゃあ、故意にということ?」


 クロは首を縦にも横にも触れなかった。よほどジョゼットに痛みつけられたのだろう。彼女にばれたら、という考えが動きを止めていた。

 

「ごめん。話を遮ったね。続けて」

「倒れたニクルの所に行こうとしたらジョゼット様に呼び止められて、服が汚れたって。ニクルはポットを倒れていなかったですし、机に置くときも乱雑に置いてなかった。私はまずは謝って、次にそのことを言おうとしたら、教育がなってないとジョゼット様は怒鳴って、転がっているニクルに紅茶をかけたんです。それから私は」


 クロは喉がつっかえて上手く話すことができなかった。それでも、言葉を紡ぐことをやめない。 


「私はただ醜態をさらすことでしかニクルを守れなかった」


 ジョゼットがニクルに紅茶をかけた時点で、クロは察したのだ。ジョゼットの暴走は解けない、と。白を黒と言わせることができる人間に、に何を言っても無駄だ。正論は、暴走の糧になるだけである。それでもクロは諦めなかった。絶望に落されても立ち上がり、己が身を差し出した。それでニクルの代わりに甚振られた。つまり、トオルもフィオーレが出てこなければ同じような目に合っていたのだろう。


「紅茶をかけられて目覚めたニクルの前で、服を脱ぎ、破廉恥な立ち方をし、背も高いし胸がないから男だろうと罵倒され、私の生い立ちを訊いてそれを悉く否定し、最後には物のように」


 クロはそこまで言い切って、膝をつき、声を殺して泣いた。涙は落さない。ただ悔しくて、辛くて、どうしようもなくて、感情がせり上がってくるようだった。でも、彼女はそのことも情けなかったのだろう。自分が落ち込んでいるのだと、突きつけられてさらに胸を痛めているように見えた。

 廊下の花瓶置きにお茶のセットを器用に置き、トオルはクロの顔を胸に抱き隠してやる。彼女が何を零そうとわからぬように強く。

 数分間そうしていると、クロがトオルの肩を叩いたので、手を離した。


「ありがとうございます。今もさっきも、あの時も、トオルさんに助けてもらってばっかりですね。本当に憧れます」


 全て誤解している。さっきのだって、ああするしかなかったのはクロと同じだが、トオルの場合、リーリエとフィオーレがいた。あそこまで謝罪すればどうにかなるという考えもあったが、彼女らが最悪止めるだろう、という保険があったからこそできた博打だ。

 なので、トオルはクロの感謝が痛かった。が、表情には出さず、いえいえ、などと謙遜する。嘘つき故に、言葉にして発すことのできない、君の方が強いんだよ、と言葉にせずとも伝わるように思いを込めて。


 トオルはクロとニクルとのお茶をすぐ切りあげ、中庭に戻ることにした。ニクルはクロにとんでもないことをしてしまった、と悔やんでいたので、クロが元気な姿を見せると次第に緩和されていった。トオルもクロも、事の発端をニクルが起こしたわけではなく、ジョゼットがやったのだとは言わなかった。彼女が愉しむために甚振ったであろうことも。

 クロとニクルにはまだ休憩してもらっているが、それもわずかな時間しかないだろう。今のうちに精神的に回復してもらわなければならない。

 中庭では3人が談笑していた。フィオーレが姉妹水入らずで、と言っていたので近づくべきかトオルは悩んでいた。

 が、トオルよりも先に、リーリエが小走りで近づいてきた。


「クロとニクルは?」

「平気というわけはないけど、何とかなりそうだよ。リーリエも後で顔を出してあげて」

「そうするつもりだよ、ありがとう」


 リーリエはオーバーな安堵の息を吐いた。よほど心配だったのだろう。

 そんな彼女が微笑ましくて、トオルは重い話だったのに笑ってしまった。


「む、私には重要なことだったんだがな」

「わかってるよ。クロとニクルのことを大事に思ってるってわかっただけ」

「それは違うぞ。クロとニクルのことで、私が安堵することはない。彼女らを傷つけたのは事実なのだから、悔やむべきだ」

「なら、なんでわかりやすく安心したの?」


 リーリエは顔を真っ赤にし、唇を口の中に隠した。トオルは何が何やら見当もつかない。


「まだ、リーリエと呼んでくれたことだ。不甲斐ない私を見て呆れられるかと」

「まさか」


 トオルが言葉を続けようとした時、ジョゼットがリーリエを呼んだ。


「そうだった。私たちはこれから町に行き、晩御飯を食べてくる。その間に準備を頼む」

「わかった。それじゃあ」

「ああ、本当にありがとう」


 


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