24話
バイル学園とネメス学園の勝負は、バイル学園の勝利で終わった。今回は連携など取らず、リーリエはシャリオと、セネカはおかっぱの子と対戦したが、どちらもバイル学園が勝った。
彼女たちの試合が最後だったため、すぐに優勝学園への表彰式が行われる。トオルはそれを見ずに、ネメス学園の控室に向かった。
トオルがノックをして入ってくると、シャリオは怪訝な顔をして立ちあがった。
「ごめん、コルトン。席を外すわね。先に見といてくれていいから」
相方のコルトンにそう言い、シャリオはトオルと二人して黙って、バイル学園の控室に移動した。
「ご主人様の表彰式見ないわけ?」
控室に入った途端、シャリオが言った。
「ああいうのは退屈だからね。1時間もあるだなんて信じられない」
「優勝者は表彰式の後、ネメスの騎士長との対戦があるからね」
だから、他の出場者が表彰式に出れないらしい。1位の表彰はあっても、2位の表彰式はない等、4組しか出ないとはいえシビアな話である。
「何、完敗だったな、って馬鹿にしにきたの?」
「いや、いい試合だったよ。謙遜じゃなく」
「そうかもね。あんたのおかげで吹っ切れたから」
「そりゃあよかった」
トオルがそう言い黙っていると、シャリオは顔を前に出し目を細めた。
「まさか、本当に無駄話をしに来たの」
「そうだよ。これが終わったらすぐ帰るからね。シャリオと話せるうちに話したいだろ?」
「リーリエが憶測もなく、友達だなんて言えるようになったのはあんたのせいね」
「どうだろう? そういえば、リーリエ様といつ知り合ったの?」
「長くなるわよ?」
「大歓迎」
シャリオは唇を曲げて笑った。
「リーリエの姉であるフィオーレ様がイノ家に関わりのある貴族の子供たちに礼節などを教えていたの。だから、イノ家にはリーリエと同世代の子供たちが良く集まっていたわけ。その子供たちはリーリエに親切だったわ。彼女もそのことに喜んでいた。でも、ある時気づいたのよ。それはリーリエ自身ではなく、彼女の価値を見ていることに」
シャリオの言葉はあらかじめ用意されていたかのようにスラスラと出てきた。
「それもそうよね。月に1度あるかないかの礼節会でしか会わないんだもの、肩書から判断するのは不思議なことじゃない。関係なんて徐々に深めるものなんだから。まあ、子供のころからそんな風にしか接してもらえなかったのは同情するわ」
突き放したような台詞だったが、シャリオの声には隠しきれない暖かみがあった。リーリエのことを何度も考えたのだろう。
なのに、という言葉が思わずトオルの頭をよぎってしまった。
「とにかく、子供だったリーリエは自分を見ない人々を友とは思わなかった。彼女もそういう人には外向きの態度で接し続けたから、仲良くなることもなかった。だから、彼女は貴方に会うまで、物語に書いてある友情こそが友達の全てだと思ってたの。身分を超越した関係みたいなものをね。その詳しい定義を知るために調べものをしたりして。次第にイノ家はリーリエを他人に会わせないようにしたから、その癖は拍車がかかったみたい」
シャリオは終わり、と手を叩いた。が、トオルは追及をやめない。
「それでシャリオとの関係は」
「やっぱり聞くのね。わかったわ」
白々しくため息をついてから、シャリオは話し始めた。
「私もフィオーレ様の礼儀会に参加していたの。そして、イノ家に仕えていた元騎士の方にリーリエと一緒に剣を習っていた。私はリーリエがイノ家の人間であることよりも先に、彼女の剣の腕に惚れたの。だから、リーリエを睨むことすらあったわ。何故、勝てないのかと思ってね。それが、リーリエにとってはよかったみたい。彼女の望む対等の関係だった。でも、私たちは友達、って言われなかったし、言えなかったのが気になってたらしいの。変な話よね。熱心に友達について勉強したからこそ、友達だと言われないと友達だと思えなかった。物語みたく何でも書いてあるわけじゃなく、本当は自然に曖昧になってるものだと知らなかった」
昔からリーリエとシャリオはお互いを見て育った。恐らく、シャリオがリーリエのことをこれだけ話せるように、リーリエも話せるだろう、とトオルは思った。
「あんたもわかるでしょ。あの子ってば凛々しく振る舞っているくせに、いざとなったらウジウジしてるの。それでいて不器用なんだから救われないわ。自分の持っているものを誇らず、ただひた向きに進むなんてことをずっと続けられるくらいだもの」
「そうだね。でも、私はそこが良い所だとも思うよ」
「そうね。私も今なら認められるわ。今更、というべきかしら」
シャリオはトオルから視線を外し、拳を握りしめた。トオルは何も言わず、ただ待っている。ここで抱きしめたり、頭を撫でたりするのが恋愛ものの王道だが、シャリオに手を出す気にはなれなかった。心情的にもそうだし、トオルはリルにキスしてから能力に疑問を持っていた。
トオルが考え込むと、シャリオが謝ってきた。彼女のせいで、顔を曇らせていると勘違いしたらしい。訂正はせず、曖昧に笑っておく。
「それで、リーリエは友達になるきっかけを探してたの。その時、私が彼女に剣で勝ちたがっていると聞いて、わざと負けた。喜ばれると思って。キラキラした顔で、これで友達か、なんて訊いてきたわ。当然私は怒った。こう言ったわ。あんたなんか友達じゃない、ってね。だって、そうでしょう? 私たちの間を結んでいたものを、私の思いをズタズタにしたのはあの子なんだから」
シャリオの慟哭が響く。トオルはこれをリーリエに訊かせてやりたかった。君はこんなにも思われているんだ、と教えてやりたかった。そして、巡り合わせの悪さを憎んだ。なあ、神様、どうして見えるところにいるのに働かないんだい?
「次に会った時に訂正しようと思ったけれど、遅かった。私よりもリーリエが先に非礼を謝って、私に外向きの目をしたわ。そのことを悲しんだし、怒った。でも、私も子供だったから、今更、発言を撤回するのも嫌だった」
リーリエが悪いだけでなく、自分も幼かった、とシャリオは非を認めている。誰かさんのために理路整然と話す準備をしていたのだ。彼女は何度もリーリエとの思い出を思い返し、後悔し、そのことを糧に剣を振るいながら。
その想いがくるりと反転してしまったが、そのことはトオルとシャリオだけしか知らない。
ひた向きな努力の結末が、敗北であったとしても、挑み続ける。それがリーリエに見えるシャリオの姿なのだ。
そう、シャリオは諦めていない。勝てないことであっても、諦めるつもりはないらしい。それは件の反転への負い目かもしれないし、それとは関係なく目指そうとしているのかはわからない。でも、彼女の目がまだ挑戦すると告げていた。
「だからこそ、勝って、仲直りしたかった」
そう言った声は小さかった。できれば、トオルに聞かせたくなかったが、つい漏れてしまったかのような声量だった。
トオルはわざわざ反応せず、シャリオの言葉を飲み込んだ。
「全部吐き出しちゃった。悪いわね、色々と」
「じゃあ、私たちは友達だ」
「当たり前でしょ。リーリエみたいな事、言わないでよ」
シャリオは喉を鳴らして笑った。気さくな少女である。
「ところで、どうしてリルのことを知ってたんだ?」
「リル?」
「夜中の子だよ」
シャリオは考え込むように黙った。
「わからないの。私がどうしてそんなことを知っているのか。昨日のリーリエの試合を見て焦って、気づけば依頼していた。リルって名前も知らなかったし、私は彼女を見た記憶は一度しかないの」
記憶の欠落。これはリルにも共通していたことだ。催眠のようなことができる加護があるのかもしれない。
仮にシャリオとリルが他者に操られていたとなると、危機はまだ去っていないことになる。イノ家を狙う輩がいることを肝に銘じておいた。
突如、会場が揺れるような歓声が響く。
「そろそろ、終わりみたいね」
トオルは控室でリーリエらを待つので、シャリオを控室の出口まで送り、扉を開けた。が、シャリオは扉の前に立ち、すぐ外に出なかった。
「最後になって格好悪いけど、ありがとう。私は貴方に感謝しているわ」
「どういたしまして」
そうトオルが言うと、シャリオは振り返って扉からトオルへ視線を移した。
「謙虚ね。リーリエの所が首になったなら、うちに来なさい」
「ありがとう。そうならないように努力するけどね」
「頑張りなさい。それって、結構難しいから。それじゃあ、またね」
シャリオは今度こそ、控室から出て行った。
数分して、リーリエとセネカが帰ってきたので、汗を拭うタオルと水を渡す。礼を言って椅子に座ったきり、2人の顔が険しかったので、結果はすぐわかった。
「流石はネメスの騎士長ですね」
「ああ、二人がかりで簡単にあしらわれるとは」
リーリエの言葉に、トオルは驚かないようにするので必死だった。それほど強いとなると、姿が浮かばない。
まさか、二人がかりで負けるほどの相手だとは思っていなかった。てっきり、一人ずつ戦うものだと、トオルは思っていたのだ。
リーリエは悔しそうであったが、どこかさっぱりとしている。勝負自体が楽しかったのだろう。
が、セネカは吐きそうな顔をしていた。表情だけでなく、目もどんよりと曇っている。怪我をした様子はないから、よほど精神的にくる負け方をしたのだろう。
「あれが今の騎士長」
セネカはそう言って、膝に顔を置いた。
優勝したのに陰鬱な雰囲気のまま、ネメスを後にすることとなったバイル学園であった。
次回で首都編も終わり、次々回からシリアス章です。本当は間にもう一つあるのですが、似た展開で面白くないかなあ、と思い先にそちらを書きます。間の話は人称を変えて公開したいと思います。