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23話

 少女は意識がないのか、力が出ないのかキスされている間も抵抗しなかった。トオルが恐る恐る舌先を入れてみても噛んでくる気配がない。

 唾液を多く流し込んだ方が効き目がよくなるので、トオルは少女の舌を絡ませたり、口蓋や歯の裏も舐める。水温がするのもお構いなしに貪り続けた。

 加速の使い過ぎで胸が痛み、呼吸のために口を離す。唾液を交換したから、唇から糸が引いていた。


「効果がなかったら、絶対口をきいてもらえないな」


 トオルはそう言って、顔を上げ体を戻した。

 キスをされた少女は目を大きく見開いていた。焦点が合っていなかったが、不気味ではなく、ミステリアスで惹かれるものがあった。よく見てみると、戦っていたときより目に生気が感じられる。

 なので、途端に罪悪感が湧いた。警戒は怠らないが、膝で腕を抑えつけていては痛かろう、と手でつかむ。


「さて、お嬢ちゃん。知ってることを喋ってもらおうか」

「お嬢ちゃんじゃないです。リルだ」


 舌足らずで幼い声で自己紹介した。これだけではキスの効果があったのかわからないので、話を深める。


「リル。何をしようとしていた?」

「リーリエ・イノの誘拐です。出来ないようであれば殺してもよい、と言われました」

「言われた?」

「訂正します。依頼された。しかし、本来の任務とは異なるものを受けた理由はわかんない」

「わかんない?」

「はい。その経緯を思い出せないのです。私はジュ―ブルの人間で、ネメスの世情を調査していたのですが、いつの間にかこの依頼を受けていた」


 不穏な雰囲気を感じ、トオルはつい追求をやめ、話を変えてしまう。


「なら、誰に依頼されたのかはわかるな」

「はい。シャリオ・イグニス」


 トオルは盛大なため息をついた。


「リル、シャリオの元まで案内してくれるな」

「ご命令とあらば」

「じゃあ、頼む。それと、腕は縛らせてもらうぞ」

「どうぞ」

 

 トオルは一度、部屋に戻り、縄と救急道具に外套を取ってきた。その間、リルはトオルに組み伏せられていた状態で仰向けのまま寝転がっていた。

 リルは縛りやすくするためかうつ伏せになり、手の甲をくっつけた。幼い子が自分から縛られに来るのでトオルはいかがわしい気分になる。

 そのまま縄で手を拘束し、トオルはシャリオの頬に貼れに効く塗り薬を塗ってから、寝間着のまま外套を羽織って外に出た。

 縄が見えないようにリルの肩にも外套が届くようにして、彼女の案内の元、歩き出す。


「シャリオ・イグニスは私の部屋で待機しています。ご主人様、リルは捕まったふりをしていればよいのですね?」


 ご主人様という呼称と、やけに物わかりがいい態度は、トオルに疑心暗鬼を生じさせた。リルが従順なのは、キスの効果ではなく、彼女の策なのではないか。

 そういう考えもあったが、トオルには警戒を怠らないことしかできない。

 罠かどうかようりも、シャリオが犯人かどうか判別するほうが重要だ。


「ああ、そうしてくれると助かるな」

「かしこまりました」


 リルは頭を左右に振って鼻歌を奏でながら路地を歩いていく。動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねるように移動していた。

 首都ということもあって、夜中でも街はそれなりに明るかったが、リルは奥まったところに行くので、月明かりのみが頼りだった。

 月明かりに彼女の銀髪は輝いて見えた。思わず触れたくなるが、トオルは何とか手を引っ込め、シャリオの元へと急いだ。

 首都のはずれにある居住用の建物の前でリルは止まった。


「この地下が私の住まいです。ここで、シャリオ・イグニスが待機しています」


 トオルは腰に差してある短剣の位置を確認して、リルに扉を開けさせた。

 

「やあ、シャリオ。貴方の計画は失敗だよ」


 そう言って、トオルはリルの縄を見えるようにし、地下室に入った。シャリオは奥にある椅子に座っていたので、トオルもそちらに近づく。

 地下室はトオルやシャリオが辛うじて頭が付かないほどの天井高で、ここで剣を振り回すのは難しそうだった。なので、シャリオの向かいにある椅子にトオルは座った。立っているより、圧迫感がなくて済む。リルは演技のためか、椅子に座らず地面に座った。

 シャリオはただ椅子に座っているだけで、何も言わない。それもそうだろう。神旗持ちを襲ったという罪は極刑に等しい。

 ネメスにも法は存在はしているが十全な機能をしているとは言えない。神との制約が法の上にあるため、神旗の制約上と言えばほとんどまかり通る。そのため、法は同レベルの地位の人間同士で問題が起きたときにしか使わない。

 今回の場合、神旗を持っている者に、持っていないものが刃を向けたというだけで重罪なのだ。法を適用するまでもない。

 

「何がしたかったんですか、貴方は」


 長きに渡る沈黙のあと、シャリオは口を開いた。


「私は正しくないって、間違ってるって言いたいの?」

「いいえ、私は正しさなんてものはないと思いますから間違っているとは言いません。今日は失敗しただけです。残念でしたね。次回があればもっと倫理から外れた戦法を選ぶべきです。やるなら徹底的にですよ」


 トオルがそう言うとシャリオは軽蔑の目を向けた。彼女からすればトオルの姿は、死をチラつかせながら、ニヤニヤとお道化てくる下種にしか見えないだろう。


「それは皮肉のつもりかしら。それとも本気で言っているの?」

「両方です」


 よりシャリオの目はきつくなる。嫌悪と物騒なことをいうトオルの報復に怯えているのだろう。

 それを気にもせずトオルは話を続けた。


「今ので万が一成功していたとしても、貴方は笑っていられない人だった、というのがわかりましたけど」


 反論しようとするシャリオより先にトオルは言葉を継ぐ。


「だって、失敗してほっとしてますよね?」


 今度こそ、シャリオは言葉を返せなかった。正しくない。それはシャリオが自信が何よりわかっている。許されざる行為に手を染めたことを呑気に考えられる少女ではなかったのだ。だからこそ、トオルは口をとめない。


「これは情けないんじゃないでしょうか。中途半端な覚悟で人を殺めようってのは」


 未遂とはいえ、シャリオはリーリエを殺そうとした。それは揺るぎない事実だ。だが、トオルはそのことよりも――。


「もっと情けないのは、自分では勝てないと負けを認め、喚き散らすようなやり方を肯定した事ですよ。貴方の試合を見れば、どれだけ研鑽を重ねてきたかはすぐわかります。自分を信じない、研鑽を根本から否定する行為ですからね、これは」

「わかってる。わかってるわよ」


 シャリオが初めて取り乱すように叫んだ。


「あれだけ努力したのに近づくどころか遠ざかってる。私の何が悪いのよ。何が正しかったのよ。どうやったら届くのよ」


 シャリオの言葉に偽りはない。彼女の剣の腕を、可愛らしい少女に不釣り合いの血マメが潰れた手を見ればわかる。

 リーリエと肩を並べたかった。シャリオはその望みのために、剣の腕を磨き、剣術大会を目指したのだ。

 が、蓋を開けてみれば、リーリエはもっと強くなっていた。

 よくあることだ。どれだけ努力をしても、願いが叶わないというのは珍しくない。絶対という言葉はありはしない。

 だが、戦わなければ何も得られない。

 戦うことを諦めたことがある人間だからこそ、トオルにはシャリオの気持ちがわかるような気がした。


「何が正しいのかなんてわかりませんよ。どうやったら、望んだ未来が得られるか、なんて神様にでもならないとわからない。でも、進まないと。止まっていたら遠ざかるばかりです」


 トオルの言葉は、正論であり、暴論であった。努力しても勝てないと嘆いている少女にかける言葉ではなかった。

 勝てないだけでちゃんと剣は上手くなっている。他に活かすこともできるし、次は勝てるよ、などと言うべきだ、とトオル自身思った。

 だが、彼女はシャリオに甘い言葉をかけにきたわけではない。リーリエを殺そうとしたことに少なからず怒っている。

 しかし、シャリオを傷つけるつもりにもならない。

 人の道理から外れている方法は許されないが、それを迷いながらも良しとするほど、勝ちを求めた姿勢にトオルは憧れた。

 シャリオに立ってほしい、と思うほどに心が震えた。

 だが、慰めではどうにもならないという実体験とシャリオには意味がないとわかっていたから、甘い言葉はかけられなかった。今の言葉はトオルの考えをそのまま述べただけであった。真摯な告白に応える方法はこれしか知らないし、何かを教えてやれるほど偉くない。

 何より、彼女も気づいているのだ。恐らく、リーリエには勝てない、と。シャリオの剣の腕はリーリエと差はほとんどない。あるとすれば、加護だ。

 それは圧倒的な差で、覆すのは限りなく難しい。そう、気づいたからこそ魔が差した。

 勝てないと言いきれないが、愚直に鍛錬を続けてもどうにかなる相手ではないと認めてしまった。それでも、シャリオは勝ちたかったのだ。

 その想いをトオルは尊重していただけのこと。往生際が悪いとは言わなかった。ひた向きに何かを求める子供の心を摘むような真似はしたくなかった。

 自分では道を正すほどの力がないとわかっていたから、シャリオ自身が変わることを望んだ。


「過ちは覆りません。なら、次をどうすべきか考える。こんなことをしたくないなら、次はどう戦うんですか?」

「次?」

「勘違いしていませんか? この件を私はリーリエ様に報告するつもりはありません」

「どうして」

「好敵手は友と同義である、って私の生まれ育った町では言いますからね」

「そんなことじゃなくて」

「わかってますよ。どうして罰を与えないのか、ってことですよね」


 トオルは言おうとして止めた。言えなかったのだ。様々な感情が入り混じり、説明できない。ただ共通していることは一つ。トオルはシャリオが今後もこのようなことをするとは思っていなかった。

 無論、トオルがシャリオを告発しなかったのは、ひた向きな姿勢に胸を打たれたからではない。今後このようなことをしない、と信じたいが対策しないほど能天気でもなかった。

 大事にすれば悪目立ちするからだ。事情も複雑である。他国の間者が関係しているというのも厄介だ。

 そして、恐らくシャリオとの戦いを楽しみにしているリーリエをがっかりさせたくなかった。彼女に汚いものを見せたくなかったのかもしれない。

 トオルは、シャリオに誓約書だけ書かせて告発はしなかった。誓約書の内容は、今後リーリエに危害を加えないこと、リーリエに貶める策を他者と共謀しないこと、というものだった。


「それじゃあ、早く帰れよ。私もさっさと寝ないと明日が辛くなる」


 あくびをしながらシャリオに言って、トオルは宿に戻った。


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