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22話


  

 大会も2日が終わり、2戦目まで消化している。バイル学園は全戦全勝だった。シャリオのいるネメス学園は1敗だけと悪くはない。全部で3戦なので、明日のネメス学園とバイル学園の勝敗次第で1位が並ぶ可能性はある。日程の関係で、同位が出てもそのまま表彰することになっていた。

 ネメス学園との勝負もほぼほぼ勝ちだろう。今日行われた試合で、リーリエたちはネメス学園が負けた相手に圧勝している。

 そう、リーリエとセネカ。2人があまりにも強いのだ。試合を見ていると、トオルは自分がセネカに勝てたのは本当に偶然だ、としみじみ思ったほどだ。

 セネカの戦法は盾で相手の加護による攻撃を封じ、得意の剣で相手を圧倒する。盾は守りだけでなく、足場や攻撃にも用いられ太刀筋が全く読めないトリッキーな戦い方だった。

 一方、リーリエの戦い方はシンプルだった。用いるのは剣一本のみだ。相手の加護による攻撃が飛んでこようと剣で打ち払い、切り裂き、消し飛ばす。真正面から飛ばして消されるので、当然次は四方八方から死角を狙って攻撃してくる。しかし、それらも全てリーリエは切り裂いた。彼女の加護には、加護を打ち消す能力と身体能力の異常な向上があるのだろう。

 この世界の人々は男性女性問わず、身体能力が高い。が、その点を踏まえても、リーリエは異常だった。恐らくそういった加護も持っている、と考えるのが自然である。

 人間は体が資本だ。いかなる力が使えても、それは変わらない。最も基本である身体能力の向上は汎用性の高い能力と言える。

 なので、セネカとのコンビネーションも抜群だった。リーリエも盾を使い、敵を翻弄した。必要とあらば盾を消すこともできるので、敵の邪魔になっても彼女の邪魔になることはない。

 個人の強さも秀でていたが、コンビネーションがここまで取れているチームがなかった。それが全戦全勝できている理由だろう。

 

 午前中に1試合。午後に2試合あってから戻るため、帰宅するのは夕食時だった。

 リーリエとセネカは気を抜くことはなかった。驕りもせず次の対戦相手への考察、自分たちの立ち回りについて、宿への帰り道に相談していた。

 トオルはそんな二人を見て、奥にしまっていた哀愁を呼び起こされていた。

 前世と比較することは律していなかったが、戻りたい、寂しいと思うのだけはしないよう心掛けていた。

 

 落ち着いているのではなく、落ち着かざるを得ないだけ。上辺だけの関係。

 宿に近づいたので、トオルは立ち止まる。議論が白熱していたので、夕食をどうするかなどの予定をまだ決めていなかった。


「夕食の前に戻りますか?」

「そうだね。荷物を置いてからにしようか」


 トオルの持つ鞄を見て、リーリエは言った。着替えやちょっとした救急道具ぐらいしか入っていないので、それほど大荷物ではないのだが、甘えることにする。

 荷物を部屋に置き、一息ついていると、リーリエが言った。


「明日は最終日だし、朝食も外で食べて気を引き締めようと思うんだ。セネカには私から言っておくから、宿の方に言っておいてくれないか?」

「かしこまりました」


 その方が気合が入る、という趣旨だろう、とトオルは思った。接待に疲れるのだろう。店主自ら、朝は見送りをし、夜は迎えてくれる。最高の宿にするためにここで寝泊まりしていると鼻息を荒くして言っていたのも覚えていた。

 4日も経てば、宿の店員たちの過剰な接待にも慣れたものだ。少年たちを利用しないと知った店主は焦ったのか、朝ごはんは採算に合わないほど豪勢だし、従僕ではなく自ら給仕をし、何かにつけてこちらとの距離を詰めようとしていた。

 リーリエはあしらいが上手かったが、セネカはたじたじであった。リーリエの提案に一番喜ぶのはセネカだろう。


「2階はすべて埋まっていまして」


 下へ降りようとするとき、そんな声が聞こえた。トオルは降りるのを止めて、その場で息をひそめる。


「じゃあ、空き部屋はないの?」

「そうなんです。大変申し訳ございません」


 受付の女性が頭を下げると、宿泊しようとしていた客は出て行った。2階はリーリエたちしか宿泊していない。空き部屋はあるのだが、いれないことで少しでも良く思われようという考えなのだろう。リーリエに報告するまでもないし、対応をやめるように言ってもあと半日もいないので文句は言わないでおく。

 トオルも、宿の対応もわからなくはないのだ。リーリエ以外には効果的な策だっただろう。

 少し待ってから、下に降り、朝食の件を受付に伝え部屋に戻った。

 首都で4日目の夕食となるが、行く場所は全て違ったが、どこも庶民向けの飲食店だった。リーリエのチョイスで、毎回、感じの違ったところに行っている。粗雑な店から、ジャンクフードまで範囲は広い。むしろ、リーリエが入らないであろう店を積極的に選んでいるようであった。豪華さであれば、宿の朝食の方が勝っている。

 店の外観も汚れているものが多かった。が、どこも外れということはなかった。

 今日はホットドッグに近い食べ物と、サラダの盛り合わせ、豆のスープという夕食としては最適のボリュームであった。店はそれなりに繁盛していて、空席がすぐ埋まっていく。大衆向けということもあって、ウェイターは男だったが、きびきびと働いていた。愛想も悪くない。

 トオルは運ばれてきた料理に早速、口をつける。


「あ、今日も美味しい」


 失礼な発言だが、トオルは本当にそう思った。彼女は自分が食通だとは思っていなかったが、ニクルの素晴らしい料理に舌が慣れているのにそう感じるのだから、相当の物だろうと確信する。


「そういえば、外れがないですね。毎回、大衆向けで大味の店を選んでますけど、雑さを感じないというか」

「調査済みだからだよ。食通の使用人からどこそこが良いって話を盗み聞きしていたんだ。そういうのを聞いていると。一度は行ってみたくてね」


 そう答えるリーリエは恥ずかしそうだった。こういう店に憧れていた事、盗み聞きして覚えているほど楽しみにしていた事などが原因だろう。が、トオルはそれが恥ずかしいとは思わない、とあえて言わなかった。こうした一面が、彼女の思うリーリエの良さだからだ。

 夕食を食べ、最終日ということで長々とシャボンの風呂を満喫した。明日は表彰式が終わり次第帰るので、イオネに会いたかったのだが、彼女を初日以外シャボンで見かけることはなかった。


 帰りが遅くなったせいか、リーリエはすぐ眠りに落ちた。元々、試合で疲れているのだ無理もない。トオルは応援だけなので疲労感はなかった。目だけは瞑って、頭だけ働かせていたが、何とか眠りに入った。

 トオルはふと目を開ける。それが何故かは彼女自身わからなかったが、次第にわかってきた。宿の2階は貸しきりのはずなのに、足音が聞こえる。

 微かな音だったが、スラムで夜襲に怯えて、一時間おきに目覚め耳を澄ましていたトオルには、眠りの中でさえ届く。

 宿の者だろうか、とまず思ったが、その数瞬後には刺客ではないかとも思った。

 どちらにせよ夜更けに来るということはそれなりの用だろう。そう考えたトオルは枕もとに置いてある短剣を握り、外に出た。

 廊下は僅かな月明かりで照らされているだけだった。いくつもある窓と窓の間には闇が広がっており、そこには何かが潜んでいるように思えた。それら一つ一つを見るが闇が蠢いているようにしか見えず、中に何もいないのか、何かいるのかはわからなかった。

 トオルは剣を抜き、構えながらいつ飛び出てきてもいいように闇に眼をやる。

 すると、大きく木の軋む音が鳴る。それはうっかり鳴らしたのではなく、あえて鳴らし威嚇しているような気がした。その証拠に、一歩一歩わざとらしく足音を立てて何かが近づいてくる。

 

「そこにいるのは誰だ?」


 トオルは声を張り上げた。とにかく、宿の従業員か刺客か、はたまた猫かはわからないが、何かはいる。そうであれば、最悪の想定をするのがトオルだった。刺客であれば、トオル一人で対処できる保証はない。それよりも、リーリエとセネカを呼んだ方が安全なのだ。つまり、牽制と助けを呼ぶ行動だった。

 が、大声に応えるのは足音だけだった。トオルはもう一度、誰だ、と叫ぶ。


「宿の従僕です。リーリエ様にイノ家から急ぎの文が」


 そう言って、月明かりの届く範囲に少年が出てきた。俯いているせいで顔は見えなかったが、声変わりのしていない甲高い声と、小さい体躯に汚れた格好はあの少年たちのものだった。


「叫んで悪かったな。リーリエ様を起こしてくるから、そこで待っていてくれ」

「わかりました」


 少年が返事をしたので、トオルは背を向けようとする。その前に、ふと思ったことがあったので、半分ほど回転した状態で止まった。

 

「ところで、君たちは兄弟なのか? よく似ているなあ、と思っていたんだけど」


 初日に荷物を運ぼうとしてくれた少年たちの顔はよく似ていた。あの時は話すことができなかったので、何となく気になっていたのだ。今は一人しかいないようだが、もう一人は本来の仕事でもしているのだろう。

 が、少年は答えなかった。無駄話をしないように教育されているのか、言っている意味がわからないのか。

 そう思った時、トオルは大きく息を吸った。


「リーリエ、セネカ!」


 絶叫に近いボリュームで二人の名を呼び


「あんた、さっさと構えたらどうだ?」


 と従僕を装った誰かに向かって静かに声を掛ける。トオルの声に驚いたのか少年は手に持った紙を落した。

 リーリエが従僕を使わないと知ってから、店主は自ら動いていた。彼女は日頃は知らないが、リーリエが宿泊している間はずっとここで寝泊まりしている。なら、これほど重要な仕事を従僕に任せるだろうか?

 そして、トオルの問いかけに答えなかった。答えられなかったとしたら。

 あくまで悪い妄想だ。が、メリドではその妄想が現実になる可能性は大いにあった。それ故に、トオルは眠りが浅くなっていたのだ。

 何より、様々な危機に直面してきた彼女の直感が告げている。あそこにいる何かは敵である、と。

 少年はゆっくりと屈み、紙を拾い上げようと右手を降し、左手を腰に回す。彼の手が紙に触れた途端、左手でトオルに向かって何かを投てきした。

 トオルはそれを剣で弾く。彼女は構えた段階で、加速能力を細切れに、そして断続的に使っていたので対処できた。

 加速の力を持っているのだから、警戒するのは当たり前だ。

 

「リーリエ!」

 

 叫びに答える者はいない。

 起きないのか、それとも起きられないのか。もし、起きられないのであっても、助けに行くことはできない。トオルは目の前の敵で手いっぱいだ。

 今も攻撃は続いている。少年はナイフのようなものを投げ続けていたが、それではトオルが仕留められないと悟ったのか、両手にナイフを持って迫ってきた。


「応援はこねえのかよ」


 弱音を吐きながら、トオルは少年の猛攻を往なす。背の低い彼が、姿勢をさらに落し走ることで急に迫ってくるような錯覚に襲われる。それに手間取っていたら殺されるという訳だ。

 幸い、その戦法はトオルの能力と相性が良かった。加速していれば攻撃を受ける前に回避行動を取れる。が、そのことに勘付かれ、トオルが攻勢に出ることはできなかった。

 足で駆け、手で方向を転換することで、少年は咄嗟の動きに対応してくる。それを追うのは、封を取った風船を捕まえようとする好意に等しい。足でのステップであれば動きは読めるが手を使われると難しかった。

 加速で取れるアドバンテージは少ない。使用するたびに負担がかかるので、既にトオルは少年の動きを捉えるだけで精一杯だった。それほど少年はすばしっこい。

 そして、加速の維持時間は減ってきている。

 もしもの話ではあるが、初撃から近接戦でも状況は大差ない。なぜなら、コンディションが優れていたとしても加速が保てるのは最長で数秒だからだ。

 攻勢に出て躱されでもしたら、加速が切れた後、副作用のダメージに悶えるという隙を作ってしまう。少年のような手練れにその隙は死を招く。

 だから、トオルは深追いできずにいた。 

 どちらも決定打に欠ける。少年はナイフで斬りつけようとするが、外すとすぐに下がる。トオルはその場に立って、少年の攻撃を回避するだけだ。

 しかし、トオルの方が焦っているはずだ。少年は明らかに訓練を受けた動きなので、持久戦になってもしくじらないだろう。が、トオルは加速による副作用で痛む体と気を張り詰めた状態が続いて、今にも吐きそうだった。 


「いつでも、勝負に出ないと駄目か」


 トオルはそうぼやく。声こそ、やれやれ、といった具合だが、その言葉は彼女の心に火を灯した。

 菊池トオルとしての生を賭け、ようやく掴んだ心持ち。戦わなければ得るものはないという道理。それを言葉にするというのは、トオルのスウィッチだ。

 少年が駆ける。トオルが腕をだらんと下げ、棒立ちで立っているのだから、無理もない。決め手がないのは少年もだ。チャンスがあれば、罠を承知で飛び込んでくる。

 トオルはまだ動かない。自身に迫る影をただぼおっと眺めている。その遠い目と虚脱した姿勢は、見たものに諦念を表現している様だ。

 が、そんなことはない。それは最もトオルから遠いものだ。何が何でも生きていたい。そう思う人間でなければ、とうに命を捨てている。

 至近距離に迫られ気づいたことだが、少年は少女だった。銀の髪は月明かりによく映えていて、まだ丸い頬っぺたが子供らしい。が、目は人殺しのそれだった。暗闇と比較するのが馬鹿馬鹿しくなる無。これほどまでに黙っている目を見るのは、スラムで絶望に暮れていた人々の目を見てきたトオルでさえ初めてだった。

 少女はまず左手で身を起こしながら右へと腰を捻って、逆手に持ったナイフでトオルの右足を切り裂く。それにより、トオルはよろめき剣を落した。少女は止まらず、そのまま立ちあがりつつ、背が足りないからか爪先立ちで、捻った腰を戻しながらナイフの刃を内に向けトオルの首を狙う。

 その動作は本来流れるような、一瞬の出来事だった。が、そこで時間を稼ぐ。加速による数秒の間。できることは多くない。そんなことはトオルもわかっている。故に、備えをしてあった。

 足を斬られた時点で、トオルは右足を半歩後ろにずらしていた。すると自然に、腕も後ろにいく。それは、半歩下がった距離だけ勢いを込めることが出来る、ということだ。


「っは」


 息を一気に吐き、渾身の一撃で少女の頬を殴りつける。加速を使用した状態での打突なので、勢いも増している。そして、爪先立ちだったからか空の段ボール箱みたいに吹っ飛んだ。トオルは拳を突き出した勢いのまま走り、地面に転がった彼女に 馬乗りになって組伏せ、素早く腕を膝で拘束する。

 そこでトオルは大きく息を吐いた。油断はできないが、一段落ついたといっていいだろう。 

 賭けは見事に成功した。

 勝因は二つだ。少女が機械的に急所を狙ってくるので、ある程度動きが読めたこと。

 そして、トオルが自信をもったことだ。

 トオルは自分の力量に自信が持てないでいた。が、セネカとリーリエは剣術大会で圧勝している。つまり、自分の剣の腕前だけは卓越しているということだ、と気づいた。

 だから、少女が急所を狙っている、という推論を信じ、行動に移すことができた。


「問題はここからだ」


 この少女の目的がなんであるかを聞き出さなければならない。

 拷問、という物騒な単語が浮かぶ。殴りつけておいてなんだが、小学生に見えなくもない少女を甚振るのは心が進まない。他に手だてがないのか、とトオルは考えたが一つしか思い浮かばなかった。

 トオルは少女の腕を膝から肘で押さえつけ、手で顔を固定し、そのままダメ元でキスをした。

 



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